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天照大御神のご利益を受ける術を公開!あなたが天帝になる物語

こんにちは。
西炎です。
今回は天照大御神をテーマにしたいと思います。
いうまでもなく伊勢の中心的神様であり、日本の神様の中ではトップクラスに有名であり、人気のある神様です。
天照大御神にはご利益が多数あるのですが、今回はそれを神社参拝なしで自宅で余すところなく受ける術を公開したいと思います。

天照大御神と伊勢神宮

天照大御神と伊勢神宮は、切っても切れない深い関係にあります。
伊勢神宮は、天照大御神を祀る最高位の神社であり、日本の信仰の中心地とされています。

皇室の祖先神
天照大御神は、日本の皇室の祖神であり、国民の総氏神として崇められています。

太陽神としての力
太陽を司る神であり、その光はあらゆる災いを祓い、生命の恵みをもたらすと信じられています。

八咫鏡(やたのかがみ)
三種の神器の一つである「八咫鏡」は、天照大御神の魂が宿るとされ、内宮の御神体として祀られています。

伊勢神宮は、皇室の祖先神である天照大御神を祀る場所として、他の神社とは一線を画す特別な存在となっています。

天照大御神と豊受大御神

伊勢神宮では、天照大御神が祀られる内宮と、豊受大御神が祀られる外宮が対になって存在しています。
これは、神話に基づいています。
天照大御神が「食事を一人で摂るのは心細い」とのお告げを出したため、丹波国から食物の神である豊受大御神を伊勢に招き、食事を捧げる役割を担わせたと言われています。
このことから、天照大御神が国家の平和と繁栄を、豊受大御神が人々の生活を豊かにするという役割分担がなされています。
両方の神を参拝することで、より広範囲にわたるご利益が得られるとされています。

この豊受大御神とはある重大な関係性があります。
天照大御神とセットで伊勢に鎮座されていますが、それにはある理由があるわけですね。
これも後述したいと思います。
またここの仕組みを知らないと天照大御神経由での開運が難しいわけですね。


天照大御神と天皇家

天照大御神は、日本神話において天皇家の祖神とされています。
この関係性は、天皇家の正統性と日本の信仰の根幹をなす、極めて重要なものです。

天照大御神は、高天原を治める最高神であり、太陽を司る女神です。

神話によれば、彼女の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、地上の世界を治めるために高天原から降り立ちました(これを「天孫降臨」といいます)。
そして、この瓊瓊杵尊の子孫が、初代天皇である神武天皇(じんむてんのう)であると伝えられています。
この系譜により、日本の天皇は天照大御神の子孫、すなわち神々の血を引く存在であるとされました。

この神話上の関係は、単なる物語にとどまらず、天皇の権威と日本の統治の根拠となってきました。

伊勢神宮
天照大御神は、日本で最も神聖な場所とされる伊勢神宮の内宮に祀られています。
歴代天皇は、この伊勢神宮を特別に崇敬し、自らが最高司祭として儀式を行ってきました。

国家神道
戦前・戦中は、この神話が天皇は神であるという国家神道の中心的な教えとなり、天皇の神聖性が強調されました。

国家神道についてはともかく、今も皇族の方が伊勢参りをするのは祖先に参っているという扱いになります。
天皇家には三種の神器との重要な関係があるとされますが、これはどういう意味かご存じでしょうか?
三種の神器にはそれぞれ意味や能力があります。

八咫鏡(やたのかがみ)
天照大御神が天岩戸に隠れた際、彼女を誘い出すために作られた鏡です。
この鏡には天照大御神の御霊が宿るとされています。
現在の伝承では伊勢神宮の内宮に御神体として祀られていると伝えられています。

草薙剣(くさなぎのつるぎ)
須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際に、その尾から見つかった剣です。
後に日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の際に使い、草を薙ぎ払って火を消したという伝説からこの名がつきました。
現在の伝承では熱田神宮に御神体として祀られていると伝えられています。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八咫鏡とともに、天照大御神を天岩戸から誘い出すために、アメノウズメノミコトが身につけた勾玉です。
魔除けや生命の象徴とされています。
現在の伝承では皇居に安置されていると伝えられています。

これを見るとわかりますように、鏡は映すという能力、剣は祓いの能力、そして勾玉には魔除けといった精神の安定のような効果があります。
この3つを持つことを完全体の人間というわけです。
歴代の天皇はこの三種の神器を持っていたというわけです。

ちなみに三種の神器は物質的に持つことが重要でなく、精神的な能力として持つことを古神道では修行として推奨されます。
私もこの修行も一応かつて行いました。
真澄の鏡の能力は特に能力アップに飛躍的な効果がありますね。
また剣による祓いは昭和の偉人でも達人がいて、本来剣道とはこの草薙剣の能力を極めることを目標としていたという説もあるほどです。

天照大御神の御札

天照大御神といえばよく神社で御札が販売されていると思います。
これは一般のお守りと作り方が違うわけですね。
お守りというのは祝詞などで特定の効果を封入しています。
一方で天照大御神の御札(我々は神札といいます)は天照大御神自体に入ってもらい、その神体を抜いていないことを意味します。
そのため文字通りに自宅に神を招くというためにあるわけです。

天照大御神の御札は、神棚にお祀りするのが正式な方法です。
神棚がない場合でも、いくつかのポイントを押さえることで、失礼なくお祀りできます。

設置する場所
御札は神様の宿る場所と考えられているため、家の中でも最も清らかで敬意を払える場所に設置することが大切です。
人を見下ろすことのないよう、必ず目線よりも高い場所に設置します。
また太陽が昇る方角である東、または最も光が当たる南に向かってお祀りします。
これは、御札を拝む人が北向き、または西向きになるようにするということです。
さらに常に清浄を保てる、静かで落ち着いた場所を選びましょう。

設置してはいけない場所
逆に、以下のような場所は避けるべきです。
・トイレや浴室、台所など水回り。
・部屋のドアの上や、人が出入りする場所の真上。
・直射日光が当たりすぎる場所。

神棚がない場合
神棚がなくても、壁に簡素な棚や専用の神札立てを設置してお祀りすることができます。
直接壁に貼り付ける場合は、セロハンテープなどではなく、画鋲やテープを裏側に付けて見えないようにする配慮も大切です。
仏壇と同じ部屋に設置する場合は、神様と仏様が向かい合わないように配置しましょう。
同じ壁に並べるか、違う壁にお祀りするのが良いとされています。


天照大御神と天岩戸隠れ

天照大御神というと天岩戸隠れが有名です。

天照大御神は、太陽の神であり、高天原を治める最高神でした。
しかし、彼女の弟であるスサノオノミコトは乱暴な振る舞いを繰り返し、天照大御神の神聖な田畑を荒らし、機織りの部屋に皮を剥いだ馬を投げ入れるなどしました。

弟のあまりの蛮行に悲しみと怒りを覚えた天照大御神は、天岩戸と呼ばれる洞窟に隠れてしまいます。

太陽の神が隠れてしまったことで、高天原も地上の世界も、永遠の闇に包まれました。
闇の中で、作物は枯れ、様々な災いが次々と起こり、八百万の神々は途方に暮れてしまいます。

そこで、神々は天安河原に集まり、どうすれば天照大御神に外へ出てきてもらえるか、知恵を出し合いました。

彼らは、常世の長鳴鳥を鳴かせ、神聖な木に玉や鏡を飾りつけ、大きな祭りを開くことにしました。
そして、アメノウズメノミコトという神が、桶を叩きながら滑稽な踊りを披露しました。

神々はその面白さに大笑いし、高天原全体が騒がしくなりました。

外の騒がしさが気になった天照大御神は、「私が隠れて世界は真っ暗なはずなのに、なぜ皆は楽しそうに笑っているのだろう」と不思議に思い、岩戸を少しだけ開けました。

すると、アメノウズメノミコトが「あなた様よりもっと素晴らしい神様がいらっしゃいます」と答え、鏡を差し出しました。
鏡に映った自分の姿を「素晴らしい神様」だと思い、天照大御神がさらに岩戸から顔を出したその瞬間、タヂカラオノミコトという力の強い神が岩戸をこじ開け、天照大御神を外へ引きずり出しました。

こうして再び世界に光が戻り、平和が訪れたのです。

この話にはいくつかの教訓が隠れています。

・祭りの意味
・笑いの力
・鏡の隠れた能力

天照大御神を引き出すために祭りを開催していますね。
現在の祭りといえばただ騒ぐだけの道具に成り下がっていますが、本来はこの話にもあるように神を招く行為だったわけです。
大阪で有名なだんじりも乗って騒ぐことはどうでも良くて、9月の収穫時期に神を乗せただんじりを街に引き回し、神に感謝することが趣旨です。

そして笑いの能力ですね。
笑いに誘われて神が寄ってくる、つまり運が良くなるという教訓も含まれていますね。

この教材で無意識に起きる笑いという天機を掴むことで人生の道を開くことができるということはすでに述べましたね。

最後に鏡の能力です。
神社ではよく鏡が設置されていますね。

これは自神拝をするためであるという説もあります。

鏡の能力についてこのnoteではまだ触れてはいませんが、神道と古神道では相当に重要な意味を持ちます。

・反射する
・映す(コピーする)
・自分を映し自分を意識する

という3つの機能があります。
鏡は三種の神器の1つでもありますし、真澄の鏡といった非常に奥深い奥義も存在しますが、これらの鏡の3つの機能を利用しているわけですね。
反射するので、人の悪意などのマイナスをはじくということに使えます。
また映すということは人の良い面をコピーして自分のものにするということにも使えます。
こうした広範囲な能力を持つ鏡の機能に古来賢者は気づき、それを自分の能力としていたわけです。

天照大御神と瀬織津姫

天照大御神と瀬織津姫の関係性について、日本神話の公式文献である古事記や日本書紀に直接的な記述はありません。
しかし、神道の世界では両神の間に深い関係があるという説がいくつか存在し、多くの研究者や信仰者の間で議論されています。

最も広く知られているのが、瀬織津姫は天照大御神の「荒魂(あらみたま)」、つまり荒々しい側面や分身であるという説です。

天照大御神の性格
天照大御神は、太陽のようにすべてを照らし、穏やかで平和をもたらす「和魂(にぎみたま)」の側面が強く描かれます。

瀬織津姫の性格
一方、瀬織津姫は急流や水の勢いを司り、穢れを根こそぎ祓い清めるという、力強く荒々しい性質を持っています。

この対比から、瀬織津姫は天照大御神が持つもう一つの側面、「荒々しい側面」を別の神として切り分けて祀った存在ではないかと考えられています。この説は、伊勢神宮の内宮の荒祭宮に天照大御神の荒魂が祀られていることなど、各地の神社の祭祀とも関連付けられて語られます。

一般的にはこう言われるのですが、

このページでも少し触れましたが、瀬織津姫はマイナスを除去する機能が非常に強いです。
というよりも私の体感ではトップクラスに強力な能力だと思います。
一方で天照大御神は逆にプラスを加える能力が逆にトップクラスに強い神様です。
マイナスを取るのと、プラスを加えるのとでまったく逆の方向性であることがわかります。
正弦波と余弦波のように同じ神であるものの、位相が少しずれていて別の能力のように感じられているというのが正直なところではないかと思いますね。


天照大御神と月読命

天照大御神と月読命は、日本神話において、太陽と月を司る兄妹神です。
この二柱の関係性は、弟神であるスサノオノミコトとの関係性とは異なり、決定的な別離の物語として語られています。

両神は、父神イザナギノミコトが黄泉の国から帰還し、穢れを祓い清めたときに誕生したとされています。

天照大御神
イザナギが左の目を清めたときに生まれ、高天原を治める太陽の神となりました。

月読命
イザナギが右の目を清めたときに生まれ、夜の世界を治める月の神となりました。

イザナギは天照大御神に高天原を、月読命に夜の世界を、そしてもう一人の弟であるスサノオノミコトに海原を統治するよう命じました。

さて神話を普通に読むとこのようになります。
しかしここで重要なことは月読命が夜の世界を統治したという箇所です。
これは潜在意識を統治するという意味です。
ちなみにこれは私が適当に言っていることでなく、西洋魔術では月が潜在意識と関係することを千年以上も前に看破し、月を使い潜在意識のリーディングなどを行う魔術も存在します。

太陽神である天照大御神は顕在意識を、月読命は潜在意識の神といっても良いわけですね。


天照大御神と願い事

よく伊勢神宮ではお願いをしてはいけないといわれます。
聞いたことのある人もいるかもしれませんね。
この理由は諸説あり、まず一般的な話から行います。

これは厳密には個人的な願い事(私欲)は慎むべきという意味合いで、広く知られています。
その背景には、伊勢神宮が日本の最高神である天照大御神を祀る、特別な場所であるという考え方があります。

伊勢神宮は、個人的な幸せを求める場所ではなく、日々の生活や日本の平和、国民の繁栄に感謝を捧げる場所とされています。
個人的な願い事を私欲と捉え、それを最高神である天照大御神に伝えることは、畏れ多いことだと考えられているのです。
この考え方は、神道における祈りのあり方にも関係しています。

祈り: 感謝や決意を神に伝えること。
・願い: 神に自分の欲望や要求を求めること。

この二つを区別し、伊勢神宮ではより高次元の祈りを捧げるべきだ、という教えなのです。

一般的にはこういわれるわけですね。
しかしよく考えると私欲については難しいとされる理由は他にも考えられます。
その1つに、プラスを加える太陽神としての特性上、不足を伝えても意味はないということですね。
先ほどもいいましたが、瀬織津姫がマイナスの除去を担当していました。
ですので例外なく不足を伝えるものである私欲については瀬織津姫に伝えたほうが効果があり、天照大御神にはプラス転化をした状態で伝えないと効果がないという意味ともいえます。
つまり伊勢神宮には達成した人が達成できたことを感謝しにいく場所であるということになりますね。

あなたが天照大御神になる術を公開します

それでは前置きはこの程度にして天照大御神の術を紹介したいと思います。
世間的には神社仏閣を参拝して写真をインスタにアップして喜ぶ風潮があるようですが、そういう行為に意味はありません。
参拝して卑屈に神仏にご利益を求めても無駄です。
神仏とは人間が通るべき通過点を示す存在であり、あなたが神仏にならないといけないのです。
今回はあなたが天照大御神になる術です。
では公開していきます。

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