見出し画像

生きる意味がわからない?最後の解をあなたに伝授

こんにちは。
西炎です。
今回は生きる意味をテーマにしたいと思います。
現代では本当にいろいろな事件が毎日のようにあります。
自殺、子が親を殺したりというように悲惨な事件があるわけですが、そもそも地球は非常に原始的であって教育もまともな状態ではないと思われます。
かくゆう私も若いころはずっと生きる意味について考えてきた人間でありますが、それなりの教育を受けてもその答えにたどりつくことはできませんでした。
しかし卒業後にある師に出会うことで氷解するようにその解に出会うことになりました。
そのあとはずっと力強く、そしてずっと意味を果たせる人生になったと思っています。

アドラーの生きる意味

心理学者である有名なアドラーには生きる意味という本があります。
もし興味がある人は手にとってほしいですが、結論としては

・人類に貢献しないと死んだら何も残らない
・そのため貢献するのが生きる意味

という内容となっています。
考察の跡はあるものの話が表層的な気もします。

生きる意味は愛?

生きる意味は愛であるというのはよく聞く言葉です。
人を思いやり、人を愛すること、これもすごく表層的です。

・地球人のいう愛はすぐに憎しみに転換されることがある
・「愛」を失うとすぐに苦しみに変わる

という現象はよくあります。
結論からいいますと地球人の意味する愛というのは所有欲です。
恋人から連絡がこないと不安になったり、時に憎悪などに転換するのはなぜでしょうか?
それは相手の立場にたって考えていないためであり、自分の主張を押し通しているためです。
真の愛とはそういうものでなく、心を超えた本当の自分のレベルでの理解であり、相手から別れを告げられようと腹は立ちません。
真の愛は一切変化してはいけないのです。
愛とは相手を束縛することでもなく、相手を独占することでもありません。
不快、不愉快に転換してしまうものはすべて嘘のただの感情でしかありません。
地球人のいう愛にはこの手のものしかないわけです。
宇宙はそもそも最初はある1つの存在が自己思考し、自己振動をはじめました。
存在としては完璧でしたが、経験がありませんでした。
そこで自分を分裂させて、自分とまったく同じ能力を持つ存在を創りました。
それが人間だったというわけです。
ですので生きる意味とは経験を積むことなんですね。

生きる意味を失うことは何が間違えているのか?

生きる意味を失うという人も地球人には非常に多い現象で閉口してしまいます。
そもそも生きる意味を失うことはありえません。
たいていの地球人は手段と目的とを勘違いして生きています。
地球人は

・お金を稼ぐ
・良い仕事につく
・良い相手と結婚する
・良い物を入手する

といったことを目的にしているわけですが、人間の目的とはただ生きて経験することにほかなりません。
稼ぐことができなくなったというのは意味である生きるということへの手段を失ったことにしかすぎません。
ですので仕事を失っても、災害ですべてを失っても生きる理由や意味は厳然と存在するわけです。
それは生きる手段を失ったにしかすぎません。
他の惑星の賢い住人たちは災害の直後に災害に遭ったことを忘れ、あたかも何事もなかったかのように生きることを続けます。
私もとても同じ人間ではないようにさえ思いますが、そのレベルを目指す毎日です。

病気、障害、独身、一人で生きる意味はあるのか?

病気、障害、独身などだと生きる意味はあるのかとやはりよく考えてしまうかもしれません。
しかし人間である限り、生きる意味を持ち存在していることに違いはありません。
病気、障害は生きにくくなり、人生がハードモードになりがちです。
苦しい思いをすると余計に生きる意味を見出せなくなります。
しかしだからこそより普通の人よりも生きる意味を強く持つわけです。
それは普通の人がしない経験をしたり、違う感情を持ったりするので特殊な経験値を積めるということです。
どういう人生でも人間である限り、生きているという段階で宇宙を創造した存在からの生命エネルギーを受けているわけで、創造からは自分の分身として認識されていることを意味します。
生命エネルギーとは注意集中によって届きます。
たとえばみなさん20年以上前に好きだった人はいるでしょうか?
いなければ学生時代に仲の良かった人でも構いません。
その人はそのときにはあなたの心の中にいました。
ですが会わないようになり、あなたの心や意識からいなくなりました。
ふと思い出す程度の存在になったということです。
この現象を分析すれば明らかなように、

・よく会うとは注意集中がその対象に向かうことを意味する
・会うたびに注意集中が強化される
・そのため日常でもその対象を何度も考える

ということで対象があなたの中に存在することの正体とは注意集中というわけです。
宇宙の中であなたが存在するとはある巨大な存在の注意集中があなたに常時届いていることの証拠というわけですね。
もし一瞬でもその集中が切れればあなたの存在は瞬時に消滅して永久に復活もしないでしょう。
よく自然を観察すればこの宇宙を形成する自然法則を見極めることが可能となります。

才能がない人の生きる意味

才能がない人も生きる意味を見失いがちです。
天才という言葉が地球にはありますが、この言葉は嘘ですね。
天から与えられるものはチャンスだけであり、あとはすべて自分で開拓しなければいけません。
地球人も本当の自分が誕生してからの年数が短いという意味で若い人が多いのですが、それでも何度も何度も転生して生きているわけです。
その長い転生によるすべての前世での経験が才能としてこの現世に現実化するわけです。
ですので他の誰かが持つ才能は将来的にはあなたがすべて獲得しなければいけないものであり、また獲得できるものであったりします。
ですので才能がない人ほど生きる意味がより強くあるわけであり、人と比較しないという主張も地球には多いようですが、むしろ比較して自分の足りない部分を確認し、それを練習するほうが生きる意味を満たすわけです。
才能がない、むしろそれが普通であり正常なことなのです。
逆にすべての才能を持つのであればこの原始レベルの地球に生きていないでしょうし、もはや肉体さえ持たない存在となっているでしょう。

子孫を残すのは生きる意味を満たすのか?

子供を持たない人も生きる意味を見失いがちです。
地球ではなぜか子孫を残すことが生きる意味を果たすことであるという価値観もありますし、特に儒教の影響の強いアジアである日本ではそういう価値観に染まっても不思議ではありません。
たしかに種の保存という意味では子供を作る人がいなくなると人間が絶滅するので、創造としての役割を果たせなくなるので重大な問題です。
しかし現代は下の記事でもすでにこれからどうなっていくのか書きましたが、子供を作ること自体が罪な行為となります。
特に地球がおかしくなってきている現代では子供を作ることは禁止行為でもありますので特に気にしなくても良いでしょう。
子供を持たない人が正しい道を歩んでいるとなります。


生活保護と生きる意味

生活保護の人も生きる意味があるのかと悩む傾向があるようです。
自立できていないという意識があるのかもしれませんが、上でも触れましたが、生きる意味とは

・考えること
・手を動かすこと
・脳を使うこと
・感じること
・そして行動すること

です。
手を使うとは、手と直接神経でつながる脳を使うことを意味し、生きる意味を果たせているわけです。
生活保護であっても

・家事をする
・仕事を探す
・散歩する
・人と話す
・勉強する

など何かしていれば十分に生きる意味を果たしているといえます。
ですのでずっと寝ているだけということでなければ何も問題はないでしょう。

生きる意味と働く意味

生きる意味と働く意味ともリンクされやすいのが現代です。
生きるとは働くことであるとも間違っていわれてしまうのですが、そうではありません。
そもそもまだ人口が少ない原始時代は働くという概念もありませんでした。
狩りをしたりして生きることが最優先だったわけです。
しかしそのあと人口が増えて社会が分断されたりして、貨幣が出てきました。
その貨幣を稼ぐ手段として今は人に使われて働くというようになっています。
ですがこの貨幣の流れに真理はありません。
たとえばプロスポーツはいわば必要な作業ではありません。
なくても地球は回りますし、人々の生活に支障もありません。
しかしスポンサーがつくので一般の職業よりも高額報酬となっているだけで、それだけの理由です。
生きる意味という観点では、考え、体を使うだけで果たせるので、有名プロスポーツ選手であることに価値はないということです。
もっといえば生活できて、自分の指を使うことがあるのであれば、働く必要もありません。
私にはむしろ貨幣を稼ぐためだけに満員電車に乗って非効率的に体力と時間を使い移動して、集団組織で「働き」毎月の給与で生活するほうが奇異にうつります。
自宅で稼げれば移動する意味こそありませんね。

ハエ、虫、植物の生きる意味

人間は考える生き物です。
しかし動物、植物には無意識だけがあり物質意識がないので考えません。
ですので生きる意味について悩むこともありません。
悩むのは人間だけというわけです。
星は今日は悩みがあるので回りませんとはいいません。
柳も風が吹くと逆側になびきます。
今日は気持ちが重いのでなびけないとはなりませんね。
虫も同様です。
ただ自分の使命に従い、自分の行うべきを毎日行います。
たとえ寿命が種族的に7日しかなくてもその使命を全うするのです。
それは人間が暮らせる環境を用意するためです。

人間は考えるので間違い、そして痛みを経験します。
その痛みこそに意味があり、自分の意識上のミスを誘発する脆弱性に気づき解消するチャンスを得たわけです。
その痛みというチャンス1つにも星、虫、植物といった数えきれない存在があってこそというわけですね。
人間も正しい瞑想をすると痛感しますが、最奥は植物や自然と同根であり、故に自然の法則の元にただ生かされているだけです。
そこを経験すれば、生きる意味は白日の下にさらされます。
ただ生きること、それのみが生きる理由というわけです。

毎日が繰り返し、生きる意味はあるのか?

毎日が同じで繰り返しという感覚も生きる意味を見出しにくいですね。
人間というのは集中力がないとこのような感覚に陥りやすいです。
しかし毎日が同じということはありません。
たとえばこの記事を開けたあなたはもういません。
そのときと細胞の状態が変わっているある意味では別人でしかありません。
座禅では毎日見るものをはじめて見るようにするという訓練を行います。
棚1つでも瞬間ごとに状態は変わっているので変わらないというものは宇宙には存在しないわけです。
それを意識の能力が低いと変わらないとするのでおかしくなってくるのです。
どの瞬間も不完全な人間である我々は

・考える
・行為をする
・失敗する
・失敗から学ぶ

というサイクルを必要とします。
ですのでなるべくいつも行うこと、いつも見ることでもはじめて見るようにして意識を保ち、そして新しい気分で過ごすことが重要なのです。
そのほうが人間としての進化が早くなり、一層意生きる意味を果たせるわけです。

禅で生きる意味を見出す

生きるのは苦しいこともあります。
本を読むのも1つです。
昔私は師匠には人生を良くするには勉強するしかないといわれましたし、そのときにハッとしました。
生きるとは死ぬまで勉強であり、座学だけでありません。
経験し、失敗すればいいのです。
失敗から痛みを感じ、そして痛みから次の善後策が出て人間は賢くなります。
このサイクル以外に人間の生きる意味などないのです。
私が生きる意味を見つけるおすすめの方法として推奨するのは禅ですね。
お寺に勉強しにいくのも1つですが、

こちらで方法は紹介していますので、興味のある人はやってみてください。
厳しいのですが、人間の生きる意味とは瞑想をしなければ真の意味では絶対に果たせません。
集中のことは少し触れましたが、意識内に非常に速い速度で通過するインパルスなどは集中がないと見切れません。
ですので思考も行動もやったきりで進歩できないわけです。
それが地球の現在のレベルだったりします。
瞑想をするとお金持ちにもなれるのでおすすめですね(笑)。

生きる意味と死ぬ意味

どうせ死ぬのに生きる意味などないと考える人もいるでしょう。
私にもそういうように考えるときもありました。
しかし死とは生でもあります。
私も昔この哲学用語を数年考えていたこともありますが、ようやく少しわかってきました。
死によってエーテル状のカーテンで区切られた向こうの彼岸に移行します。
移行するのは本当の自分の領域だけです。
そこで3年ほど経験の整理が行われて、整理された後に3年後に新しい肉体に転生します。
そのときに前世の記憶は通常ありません。
これはネガティブな記憶があると最初から苦手意識があり進路をゆがめるためだろうと思います。
たとえば前世で剣道でさんざん殴られた記憶があって残っていると剣道をしたくなくなるような感じです。
すべての前世は星のようにアカーシャ・クロニックに保存されて次移行の人生で知識として使われます。
そしてその知識量が多いほど人生は楽になり、やがて宇宙を回す側に回り、そのときには肉体を持たない存在となります。
それが本来の太古に自己決定した決定内容だったりします。
その本当の源流のふるさとに戻ることがすべての人間の生きるたった1つの意味です。
死は次の生への移行にしかすぎず、別の部屋に移動するという程度にしかすぎません。
死で終わるものはなく、自殺は無意味かつ有害であり、次の人生を苦しい同じ時点からスタートさせる最低の行為といえるでしょう。

生きる意味を見出すと本当の人生がはじまる

生きる意味に悩むこと自体が生きる意味を果たしているということだと思います。
この点で頭を使ってます。
私も物心がついた時点からこの悩みがあり、師匠の本に出会い解けるまで20年以上もかかりました。
生きる意味に悩んでいても、生きている時点で勝者です。
負けは自殺のみです。
生きる意味に悩む人は真面目なのでお金持ちになれる可能性も高いです。

そこまでに至る情報や技はすでにいくつか公開しています。
ぜひ納得いくまで考え、そして解消し、成功者になるようにしてください。

いいなと思ったら応援しよう!