ギブミーチョコレート9:港町・釜山で知った味
ある時、福岡に行く機会があった。せっかくだから、福岡でしかできない寄り道を企む。
船で、向こうの半島に渡ってみたくなった。
ソウルは2回行ったことがあるから、今回は違う街を見てみたい。
そう、プサンだ。
筆者が韓国に興味を持ったのは、映画『シュリ』を観てからだ。
シュリは、南北朝鮮を隔てる38度線の両側に生息する魚で、分断された国を象徴しているという。
スクリーンの中の俳優達が、日本人に似ていることに驚いた。
近い容姿、近い表情。
それなのに言葉は全くわからない。ただ、彼らの声に心地よさを感じた。
それ以来、本場の焼肉のおいしさとあいまって、
韓国は何度でも行きたい国となった。
相当昔の話だが、初めてのソウルでは「おや、日本の街にそっくりだな」と思った。
京都(古都)や北海道(アイヌ文化)ではなく、本州のアメリカナイズされた感じ。
プサンを歩くとすぐに、「あれ、福岡の中洲の屋台とそっくりだ」と思った。
福岡からプサンへ行く際に、私の利用した船クイーンビートルは対馬を通った。
「え、こんなに韓国寄りなんだ」と実感し驚いたが、
福岡とプサン自体がそもそも近い。所要時間は、二時間半ほどだった。
昭和の終わり、筆者が中学生の頃に、叔父の家に泊まった。
夜遅く、ラジオのチューニングをあわせたら、
ノイズに混じって、かすかに韓国語らしきものが聞こえたことを思い出した。
あの体験が、筆者を海の向こうへと駆り立てている気がする。
(挿絵の下に続きます)

プサン行きを決めたとき、名曲「帰れ釜山港へ」も思い出されたが、旅の予習として映画「国際市場で会いましょう」を観た。
家族愛の物語で、冒頭では長男ドクスがドイツの炭鉱に出稼ぎに行く場面が描かれていた。
日本人がブラジルの農園に移住した話とどこか重なって、胸に響いた。
(そういえばドイツの駅で助けてくれたのも、韓国の子だったな。)
旅では、映画のタイトルでもある観光名所・国際市場に足を運んだ。
一角に、ドクスが守ろうとしたお店の跡があった。
あまりに感動的な作品だったから、「ここがポックンの家!?」と心の中で叫んだが、実際は「コップニネ(コップンの店)」だった。ポックン(炒め物)じゃなかった(笑)
昔の韓国がわかる作品だから、臨場感あふれる字幕版での鑑賞をお勧めしたい。劇中のテレビ番組は、子供の頃に見た日本のものにも似ている。
ここからは食の話になる。
どこかの夜に、焼肉を食べた。
筆者は、韓国の甘いタレが大好きだ。
何軒かで尋ねたところ、お店も家庭も手作りだから、レシピもそれぞれだという。
この味は、幸いに日本でも遭遇できることがある。店主は朝鮮半島から来た方たちだ。
それから本場では、パンチャンと呼ばれる、キムチやナムルなどの小皿料理がテーブルいっぱいに並ぶから、とてもわくわくする。
ある朝は、龍頭山公園のふもとの「チョンギワケミチッ」という店に入った。
青い看板が目印だ。
鍋の中では少し細めのタコの足がぐつぐつと煮えている。
港町の朝は豪快だ。
店で働くお母さんたちが「昨日から、日本人が多いね?」と日本語で尋ねる。
筆者は「日本は今、連休なんです。」と答えた。
秋分の日、つまり秋のお彼岸の頃だ。
その時韓国では、チュソク(中秋)と呼ばれるお盆の時期だった。
どちらもお墓参りのシーズンだ。
お母さんたちとのこうしたやりとりで、プサンの町がぐっと近く感じられた。
宿泊は、東横インを利用した。
日本国内ではビジネスマンにお馴染みのホテルである。
部屋の感じは日本と似ていたと思うが、緑色したドアがちょっとだけ斜めで、閉めづらくて笑えた。
ソウルをどこか日本ぽい(今思うと大阪風か)と感じたり、プサンの屋台で「めっちゃ福岡」と思ったのは、偶然じゃない。
ひとりのただの旅人として、歴史を確認する。
清(中国王朝)に勝利した日本は台湾を手に入れ、やがて朝鮮半島にも深く関与するようになった。
1910〜45年、日本は朝鮮半島を統治していた。
港町プサンも、当時の日本の都市計画で整備され、建物や道路の配置に共通点がある。
第二次世界大戦の末期、アメリカとソ連は連合国として日本と戦い、北緯38度線を境に進軍。
日本の降伏と同時に、北はソ連、南はアメリカが占領し、35年間の植民地支配が終わった。
(一般的に知られている範囲であり、立場や主張を示すものではありません。)
ソウルでもプサンでも、サービス業の方々は、KPOPアイドルのように流暢な日本語で対応してくれるが、おばあちゃん世代の中には、筆者の名前を漢字のままで読める人もいる。
かつてパスポートなしで行き来できた時代の、生き証人だ。
筆者が旅した2019年頃は、テレビで見る限り、日韓関係がひどく緊張した時期だったのに、現地で反日感情を向けられることはなかった。
観光地だからかもしれないが、人々の温かさのほうが印象に残った。
日本といつも近い国・韓国。いにしえの渡来人のことも思い浮かぶ。
昔からずーっと、交流して来たのだろう。
けれど、ひとつだけ「まったく別物」と感じたものがあった。
屋台で買った、向こうのトウモロコシだ。
粒ごとに色が違う。黒、茶色、白が一本に混ざっていてかわいらしい。
噛むと、もち米のようにムニムニ。
日本のトウモロコシとはまるで別、そこだけは確かに「異国」だった。
港も道も、話し方も、どこか似ている。
その「似ている」は、歴史の名残でもある。
それでも、お母さんたちの笑顔と、あのトウモロコシとタコ鍋は、確かにプサンの味だった。
行ってみて、自分で確かめてみてよかったと思っている。
釜山にちなんだ昭和の名曲🎤
釜山出身のメンバーが二人いますね🐟
お読みいただいてありがとう!
コンテストにも応募しました(短縮バージョンです😆)
