学術研究に税金を投入しなくていいこれだけの理由
下記ツイートに対する諸々の反応についての覚書をまとめておく。学術研究に税金を投入する必要はない、という説得的理由は、少なからずというか結構ある。※最後まで読んでなさそうなリアクションが多いが、「将来がない人が増えたので《将来のため》という説得が効きにくい、彼らは将来投資を必要としていない」という話が最後に来るので最低限これに反論してほしい。
「研究は無駄が命なんです!仮に無駄になると分かってても研究に投資してください!」と言ってる人たち、「何で?」と聞かれてちゃんと答えられる?
— トアニ(年金は景気に悪い)(避難所) (@mimi2345_1) September 5, 2025
「その研究が人類の叡智に」とか「技術が進歩するかも」と言われても、「その金を俺たち日本人が出す意味ってあります?」としかならない訳で。
まず
かみ合ってない使い古された回答
基礎研究の意義を説くときに、よく「裾野の広さと山の高さ」とか「宝くじを当たりくじだけ買うのは無理」といったようなことはよく言われる。だが元々の質問は「高い山を必要だと思わない」「宝くじを買うのは全てが無駄」という主張である。そういう主張なのに脳死で「いつもの」を返すというやり取りが散見された。
質問者:公費で宝くじを買う意味あるの?
回答者:当たりくじだけ買うことはできません
質問者:だからそもそも宝くじを買う意味があるのかって聞いてるんだけど
これ、10年ほど前にシータ先生があげてたら図がすごい的確なので無断で貼ります https://t.co/F1nhdoRT2K pic.twitter.com/gIFYuUQyL8
— PICTOMANCER (@pictomancer) September 7, 2025
程度問題という当たり前の回答
「学術研究に公費を投じるのは当然である」という主張に対して、一番分かりやすい返しは「程度問題だ」ということになるだろう。まずダイアローグで示すが、これ以降の「質問者」は私が設定した仮想的なものであり、元のトアニさんがそういう発言をしたわけではないことはご留意いただきたい。
質問者:なぜ学術研究に予算を投じるのですか?
回答者:学術の発展はそれ自体素晴らしいからです
質問者:なるほど!それでは素晴らしい学術のために、福祉予算を全部切り捨てて学術研究に振り向けましょう。知の価値に殉じるため、痴呆症の老人は全員安楽死させて医者を大学に戻して研究させましょう。
回答者:え、ちょっとさすがにそれは……
極論を出すなと言われそうだが、学術研究のためにほかの全てを犠牲にしてよいと考えている人はまずいないだろうし、多かれ少なかれ程度問題であって、どこに線を引くかという問題に帰着される。
なお現在の日本政府の歳出のうち社会保障は3割超、低利の借り換えである国債費を除いた真水部分で見れば4割に達する。これは文教予算(教育+学術研究の総額)の6倍で、学術予算を圧迫している最大の要因が高齢化に伴う福祉予算の自然増であることは疑いがない。これは極論やまぜっかえしではなく単純に事実である。「コンクリートから人へ」の流れ同様に「研究から人[福祉]へ」の流れもあるのである。

間接的すぎて意味がないメリット
基礎研究については、直接的ではないが間接的メリットがあるとか、下手すると全人類のための事業である、という説明のされ方もあるが、これはさすがに迂遠すぎて有権者一人一人の心を動かせるとも言い難い。
質問者:学術研究に予算を投じて私に何の利益があるのか
回答者:直接的にはないが、将来新しい産業ができれば国益になる
質問者:知的財産は基本的に一握りの人に利益をもたらし、一般的労働者への利益は限られている。金持ちがもっと金持ちになり私には何にも利益がないことを「国益」と呼んで支持する気にはならない
最後の部分についてはリンク先「グローバル化の必然の帰結としての不平等」を読んでほしいが、新しい特許が開発されたとして、末端の労働者の待遇ややることは結局変わらず、増えた利益はだいたい出資者と特許開発者が取っていく。新しい産業ができた効果は多くの人にとって実感できないし、本腰入れてリターンを計測したら赤字ということも多かろう。
加えてグローバル化によって「全世界共通の"上流"と世界各地のあまたの"下流"」という構図になり、国民ならだれでも受け取れるリターンとしての"国益"はますます小さくなっている。学術研究は国税ベースの政府予算でやるのではなく、金持ちが私費でやれというムードになってもおかしくないだろう。
"将来"を持たない人に将来の意義を説いても意味がない
この手の公益的な話になると「人類の未来」的な言葉が時々出てくるが、少子化が著しい先進国においてもはやこの言葉は説得力を持たないだろう。
質問者:学術研究に予算を投じて私に何の利益があるのか
回答者:あなたには直接の利益はありませんが、全人類の偉業のためです
質問者:少しなら出してもいいけど、今の予算は多すぎる
回答者:人類はずっと続くんですよ。歴史の一幕です。
質問者:今は無子率4割だ。4割の人間にとって人類の未来は実感がない
この問題は環境問題などでも同じで、子孫の繁栄を願わないものにとって、自分が死んだあと100年で人類が滅ぶことへの恐れや将来の人類への責任感と言ったものが実感として出てくることはあまりないだろう。"将来のために"と言われても将来がなければ気にすることはない。社会から疎外されたと感じるものにとってはグレートリセット願望からポピュリズム政党に投票するのは世界的な流れであり、自分が見る限り女性の反出生主義者など「我が亡き後に洪水よ来たれ」マインドの持ち主は多い。
正直、現在の学術研究予算を削って少子化対策に回したほうが、遠い未来を含めた学術界全体の予算は増えるのではないだろうか。もっともそれは今アカデミアにいる人たちにとってはデメリットだけかもしれないが。
当初の質問者の意図
かのように学術研究に予算を投じない理由がなんぼでも出てくる中、投じさせる動機のなかでナショナリズムが大きな地位を占めていたのではないか、という主張が当初の質問者(トアニさん)の意図であろう。
よく言われる通り、アポロ計画などのロケットレースは、当時の米ソ間の軍事競争(ロケット技術が核戦争用の大陸間弾道ミサイルの開発に端を発するのは常識だろう)のほか、有人月面着陸などの直接軍事と関係ない巨額予算を支えたのは、正直ナショナリスティックな対抗心だろう。冷戦が終わった現在、技術は進歩しロケットはより安くなったが、アポロ級の巨額予算を組んで人類を月以遠に飛ばそうなんて話は出ていない。今の有権者が許しているのは、安く行き来できる地球の大気スレスレの宇宙ステーションでの実験くらいである。
アポロ計画は多くのレガシーを残したと言えど、投資とリターンという枠組みで考えたら普通に赤字だろうし、ナショナリスティックな熱狂だけがその予算を許したというのは事実ではないかと思う。そのあたりは、日本でノーベル賞を国威発揚的な宣伝をしたほうが科学予算の理解が得やすいという構図と一緒だろう。
アポロ宇宙計画は、連邦政府こそが大きな課題を解決できるし解決すべきだと米国民が当然のように考えていた時代の絶頂期を象徴するものだった。 同計画の費用は250億ドルに上った。 これは国内総生産(GDP)に対する比率からすると現在の6000億ドル(約64兆9000億円)に相当する。
身も蓋もない指摘
なお後から指摘が入ったのだが、「常識的に考えて研究者は価値ある研究から手を付け始めるだろうが、研究者が多すぎて『価値ある研究』の種を速攻で取り尽くし、多くの研究者が碌でもない部分で戦ってる」ゆえに納税者の理解を得られなくなったという研究を紹介された。
基礎研究を「国益」的な観点からとらえるならば、国間の「使えそうな研究の掘り下げ競争」が過当競争と化しても止められない囚人のジレンマに陥っている、と表現することができるだろう。

