安克昌『心の傷を癒すということ』第3回振り返り(NHK100分de名著2025年1月)
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第3回では精神科医の安克昌さんが実際に行ってきた心のケア活動を通して、「心のケアが目指すべきもの」について考えていきました。
その1つとして紹介されていたのが、阪神淡路大震災で子どもを失った親たちが集まる自助グループへの参加です。
地震で長女を亡くした中北富代さんはその参加者の1人でした。会に出席していた安さんについて中北さんは「この場では本当に何を言ってもいいんだよ」という表情で「ただただ私たちの心の叫びのようなもの」に耳を傾けていたと振り返っています。彼らの心に優しく寄り添う安さんの姿勢は、震災で傷ついた人たちとの向き合い方を考える上で重要なヒントになり得ると思います。
様々な心のケア活動を経た安さんは、次のような考えに至ります。
もう二度と、心的外傷を受ける前のもとの自分に戻ることはできない。心的外傷から回復するために、自分は変わらざるを得ない。社会に復帰する前に、そういう新しい自分との折り合いをつけてはじめて、社会への復帰が可能になるのである。
心的外傷から回復した人に、私は一種崇高ななにかを感じる。外傷体験によって失ったものはあまりに大きく、それを取り戻すことはできない。だが、それを乗り越えてさらに多くのものを成長させてゆく姿に接した時、私は人間に対する感動と敬意の念を新たにする。
そして、回復に向けて懸命に生きる人を、敬意をもって受け入れる社会を作ることも〈心のケア〉の重大な意義ではないかと私は思う。
ここで思い起こされるのが、NHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」の第3回に登場する小学校の校長先生のことです。前回の記事でも述べたように、震災で妻を失った彼の心は深く傷ついていました。
その状態から立ち直れずにいる男性に変化の兆しが見られたのは、第3話の後半部分です。ある日、仮設住宅の隣に住む女性から男性はいかなごの釘煮をおすそ分けしてもらいます。お隣さんが去った後、彼の目から涙がこぼれ落ちました(後ろ姿が映し出されただけで表情まではわかりませんが)。
このシーンで示唆されていたのは、他者の何気ない優しさに触れた男性が「心的外傷から回復していく」きっかけのようなものだったのではないでしょうか。
次回の投稿では、安さんが実践してきた心のケアや『心の傷を癒やすということ』に込められたメッセージがどのような形で継承されていったかを中心に振りかえっていく予定です。
