衝撃の結末(フランス恋物語67)
別れの予感
ニコラ(38歳)はジョージ・クルーニー似の不動産経営者のセレブで、結婚相手には申し分のない人だった。
実年齢以上の包容力があり、私の言うことを笑顔で何でも聞いてくれる、優しいお父さんのような人だった。(※やや変態的嗜好はあったが)
しかし、8月下旬、一緒に行ったギリシャ旅行の最終日に、前妻・ジョセフィーヌとの深刻なしがらみを知り、ドン引きした私は別れを考えるようになっていた。
親友・ミヅキちゃんのアドバイスを受け、「ジョセフィーヌと完全に縁を切るのなら交際を続けるけど、できないのなら別れる」と、ニコラに言うことにした。
もうこの時の私は半分以上別れるつもりでいて、ニコラ宅で話をしたら、自分の荷物を持って帰るつもりだった。
dans la voiture
約束の日の夕方、ニコラは車で私のアパルトマンに迎えに来た。
一応挨拶のキスはしたが、それすら疎ましく思うようになっている。
私を車に乗せると、ニコラは機嫌を取るように言った。
「今日は会ってくれてありがとう。
もう会ってくれないんじゃないかと心配したよ。
ディナーは何が食べたい?
食べたい物、何でも言ってごらん。」
私は不愛想に答えた。
「ごめんなさい。今、食欲がないの。
申し訳ないけど、ニコラの家に直接行ってくれる?」
ニコラは大人しく私の意見に従った。
「わかったよ。
じゃ、ディナーは僕がうちで用意するよ。」
ここまでイヤな態度を露骨に見せるのはこれが初めてかもしれない、と私は思った。
話し合い
ニコラのうちに着くと、私たちはダイニングルームに入りテーブルを挟んで座った。
もうディナーという雰囲気でもなかったので、先に話し合うことにしたのだ。
私は、単刀直入に交際を続けるための条件を話した。
「私は今後あなたといることでジョセフィーヌとの電話を聞かされたり、あなたが彼女の家に行くのを見送ることはしたくないの。
交際を続けたいというのなら、引っ越して電話番号も変えて、今後彼女と一切関わらないようにしてくれない?
それが無理なら、私はあなたと別れる。」
極端な条件にニコラは驚いたようだ。
「そんなこと、僕にはできないよ。
わかるだろ?
彼女は死ぬかもしれないんだ。」
予想通りの回答だ。
「そうだよね。
じゃあ、別れるしかないね。
あなたはそのままずっとジョセフィーヌの面倒を見てたらいいんじゃない?」
我ながらひどい言い方だと思うけど、本当のことなんだからしょうがない。
ニコラは私を見つめると、悲しそうな顔をした。
「イヤだ。僕はキミを失いたくない・・・。
ジュセフィーヌのことも考えてみるよ。
だから、僕と別れるのだけはやめてくれないか。
レイコのことは、再婚したいと考えるほど本気なんだ。」
もう私の気持ちは決まっていた。
「何を言っても無駄よ。
私は今から自分の荷物をまとめて帰る。
帰りは送らなくていいから。
今までありがとう。」
ニコラの返事を待たず、一方的に会話を終わらせた。
最後の願い
私は寝室に移動し、自分が持って来た荷物の片付けをしている。
ニコラは何も言わず、ずっと何かを考えているようだ。
私が荷物をまとめ終えて帰ろうとすると、ニコラは最後に信じられないことを言ってきた。
「わかったよ、レイコ。
そんなに君が言うのなら、別れていい。
その代わり、お願いがある。
最後に1回抱かせてくれないか。」
えぇ、そう来る!?
私は目が点になった。
今まで友達の別れ話で聞いたことがあったが、自分がそのセリフを言われるのは人生で初めてだ。
さすが好色なニコラ。
彼らしいといえばそれまでだが。
どうしようか?
本当にそれで別れてくれるのなら応じてもいいが、万が一火が点いて、「やっぱり別れたくない」と言われても困る。
ここは許すべきなのか否か・・・。
ニコラはそれを”黙認”と勘違いし、私を抱き上げるとベッドに押し倒した。
あぁ、また始まってしまうのか。
私は目を瞑り、「でもこれが終わったら、引き止められても絶対帰ってやる」と心に誓った。
ニコラが私に覆いかぶさり、キスをしながら私の服を脱がし始める。
すると、
「ピンポーン」
インターホンの鳴る音が聞こえた。
ニコラは無視して続けようとしたが・・・。
「ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン」
インターホンは執拗に鳴り続ける。
ニコラは忌々しげにベッドから起き上がると、玄関に向かった。
ここのアパルトマンは旧式のインターホンで、モニター付きではない。
こんな時間に誰?
・・・もしかして、ジョセフィーヌじゃないよね?
悪魔降臨
ニコラがドアを開けると、あの声が聞こえてきた。
「ニコラ、入れて!!」
第一声から叫んでいて、やはりその様子は尋常ではない。
私は玄関を覗きたかったが、新しい恋人の存在を知られたらきっと激昂するだろうと思い、寝室から聞き耳を立てるに留めた。
ジョセフィーヌが家に入れないところを見ると、チェーン越しに話しているようだ。
「ジョセフィーヌ、落ち着いて。
うちには上げられないけど、ここで話を聞くから。」
ジョセフィーヌは必死だ。
「イヤよ。うちに入れて。
さもないと、私は今ここで手首を切るわ。
本当よ、ナイフも持ってきているんだから!!」
うわ~、これはかなりやばいやつだ。
私は服を整え、押し倒された時に抜け落ちたサンダルを履き、荷物を持っていつでも逃げられる準備をした。
「ここは2階だし、いざとなったら窓からでも逃げられるかな?」と窓の外を見て、足場を探したりした。
すると、玄関のドアが勢いよく開く音がした。
どうやら、ニコラがジョセフィーヌを家に入れてしまったようだ。
「私、知ってるのよ。
あなたが新しい女を連れ込んでいること。
どこにいるの!?
ほら、出てきなさい!!」
その声は近付き、こともあろうに私がいる寝室のドアが開いた。
そこには・・・血相を変え、両手でナイフを持った女が立っていた。
私はジョセフィーヌと対峙しながら、合気道の先生の言葉を思い出していた。
「こんな時は、持っている荷物を相手の顔目がけて投げつけて、逃げなさい。」
私が荷物を投げようと身構えたその瞬間・・・。
「レイコ、逃げるんだ!!」
後ろからニコラがジョセフィーヌを羽交い絞めにして倒すのが見えた。
私はその横をすりぬけると、一目散にPassy(パッシー)駅に向かって逃げた。
dans le métro
地下鉄に乗ると、私は胸を撫で下ろした。
危なかった・・・。
あんなのを相手にしたら、命がいくつあっても足りない。
でも、助かったから良しとしよう。
合気道習ってて、本当に良かった・・・。
さて、これでニコラと別れるのは決定した。
荷物も持って帰れたし、もう思い残すことはない。
あ、そうだ。
フランス語レッスンのアンナ先生の契約解除と、日本語教師の資格の受講費の件、どうしよう。
またニコラから連絡があるだろうし、その時に話せばいいか。
そんなことを考えているうちに、私はあることに気付いた。
全くニコラに未練がないということは、初めから彼のこと、そんなに好きじゃなかったのかも・・・。
そして、こんなことも考え始めていた。
もう、フランス生活も、フランス人の彼氏と付き合うのも疲れちゃった。
日本語教師の仕事も稼げないし、ニコラと別れたら、またお金の心配をしなくちゃならない。
ワーホリ期限は年末まであるけど、帰国を早めようかな。
8月の終わりのパリは、もう秋と言ってもいいくらい涼しすぎた。
寒がりの私はそれすらもイヤになり、東京の残暑を懐かしく思い出していた・・・。
Le nettyage
数日後、ニコラから携帯にメッセージが届いていた。
Bonsoir, Reiko.
この間は、君を危険な目に合わせてごめん。
あの後、ジョセフィーヌと話し合って、一緒にカウンセリングに行くことにしたよ。
彼女とやり直すつもりはないけど、病気が治るまでは責任を持って治療に付き合うことにした。
私はこう返信した。
私はもう大丈夫。
ジョセフィーヌの病気、早く治るよう祈ってます。
ところで、アンナ先生のレッスンの中止のお願いと、日本語教師の資格の受講費の返済をしたいんだけど、どうしたらいい?
ニコラは彼らしい返答をした。
レイコがパリにいる間はアンナのレッスンを受け続ければいいよ。
日本語教師の受講費も返さなくていい。
君には成長し続けてほしいし、僕の応援したい気持ちは変わらない。
その気持ちはとても嬉しいが、別れた後も”アンナ先生”という、共通の知人が介在することに私は抵抗を感じていた。
じゃあ、日本語教師の受講費はありがたくいただきます。
でも、アンナ先生のレッスンはもう不要です。
短期間でもだいぶ効果があったし、私は早めに帰国することも考えてるから。
ニコラから、最後の返信があった。
わかったよ。アンナには僕から伝えておく。
レイコは早めに帰国するんだね。
僕はいつまでも君の幸せと健康を祈っているよ。
Adieu, Reiko.
”Adieu”(アデュー)というのは、「もう二度と会わない」という意味の込められた「さようなら」だ。
私はこれ以上、メッセージは返さなかった。
今後の計画
帰国を早める決意をした私だが、パリでやり残したことはまだある。
それは、フランス国内とイタリア北部の旅行だった。
そして、「フランス語が話せても英語ができないと意味がない」と痛感した私は、ヨーロッパ圏内で短期の英語留学も考えていた。
そのためには、10月末まではパリにいた方がいいだろう。
私は、帰国の期限を当初の予定より2ケ月早めることにした。
もう暦は9月に入ろうとしている。
「パリにいる間は、恋愛はお休みして、仕事と旅行に集中しよう。」
・・・そう思っても、何かと出会いがやってくるのがラテンの国なのであった。
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