シュバルの理想宮の旅(フランス恋物語58)
8月1週目のある日。
Hauterives
私と親友のミヅキちゃんは、パリから南東に約600kmの町、Hauterives(オートリーヴ)に来ている。
1泊2日の旅行で、昨日は中継地点のリヨン観光を経て、夜にはオートリーヴ入りした。
2日目の今日行くのは、この旅行一番の目玉でもある”Palais idéal du facteur Cheval”(シュバルの理想宮)だ。
私たちは5月にSNSで知り合った時から、このマニアックな観光地に行きたいねと話していて、3ケ月後、やっと実現したというわけだ。
【Palais idéal du facteur Cheval】(シュバルの理想宮)
1879年、フランス南部の片田舎であるドローム県オートリーブにおいて郵便配達夫であるフェルディナン・シュヴァルは、ソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまづいた。
その石から何らかのインスピレーションを得たシュヴァルは、以降、配達の途上石に目をつけ、仕事が終わると石を拾いにいき、自宅の庭先に積み上げるという行為を続ける。
1912年、33年の月日を経て宮殿の「建設」は終了。
村人達からは変人の所業として白い眼で見られたが、徐々にマスコミに取り上げられるようになり、見物客が訪れるようになった。
シュヴァル自身は、この宮殿には居住せず、地下に墓所を造り、家族と一緒に「エジプトのファラオ」のように埋葬されることを望んでいたが、教会や村人たちの反対で断念。
村営墓地に、理想宮に似た小規模な墓所を造った。
シュヴァル没後、シュールレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンが「宮殿」を称賛、詩を作成。
現在、フランス政府により国の重要建造物に指定され、修復も行われている。
私たちは朝10時にオートリーブのホテルをチェックアウトすると、シュバルの理想宮に向けて、徒歩で向かった。
やっと憧れの地に行ける喜びから、私のテンションは上がっていた。
「ついにこの日が来たね~。
ガイドブックにも載ってないのに、よくここまで情報集めたよ。
ネットで探した日本人の旅行レポート、かなり重宝したよね。」
ミヅキちゃんの顔も嬉しさで上気しているがわかる。
「私たちが泊まったオートリーヴにある唯一のホテルの存在とか、知らなければ断念してたかも・・・。
丁寧にサン・ヴァリエからオートリーヴまでのバスの時刻表を載せてる人もいたし、こういう親切な日本人の情報のおかげで、私たちは旅行計画を立てられたんだよね。
そう思うと、本当にありがたい。」
私たちは、親切な先人たちや、発達したネット事情に感謝した。
Palais idéal du facteur Cheval
シュバルの理想宮はひとつひとつの装飾が凝っていて、これを一人で作ったのかと思うと、気の遠くなるような思いがした。
様々な動物の彫刻がユーモラスで温かみがあって、実はシュバルって可愛らしい人なのかも・・・。
特に内部の貝殻で作ったシャンデリアはとても綺麗で、自然の物をうまく使っているな~と感心せざるを得ない。
「オートリーヴは近くに海がないから貝殻はなかなか手に入らないけど、マルセイユに住む妻の甥が集めて送ってくれたんだって。」
事前にネットで情報を仕入れてきたミヅキちゃんが説明してくれる。
「6月に観光したバルセロナのガウディも、自然が大好きで建築のデザインに活かしてるんだよね。
そういった点で、シュバルとガウディは傾向が似てるかも。」
私が言うと、ミヅキちゃんが反応した。
「いいな~。バルセロナ!!
私も日程が合えば行ったのに・・・。
そういえば、現地で出会ったガイドといい雰囲気になったんだよね?
超羨ましい!!」
・・・そういう恋愛エピソードをしっかり覚えているところは、さすが肉食女子だ。
さらに内部をしっかり観察していると、シュバルが刻んだと見られるフランス語の文が見られた。
私もミヅキちゃんも筆記体が苦手なので、読む気がしない。
でも、何て書いてあるか気になる・・・。
私たちは、近くにいるフランス人観光客に、その文を読み上げてもらうように頼んだ。
彼が読み上げた言葉は、こんな内容だった。
1879~1912年
作業日数:10000日
作業時間:93000時間
33年間の苦難
私以上に辛抱強い人にしかできない苦行。
「・・・深いね。
シュバルの強い意志を感じる。」
私が言うと、ミヅキちゃんも感想を述べた。
「シュバルの生存中は周りに認められなくて変人扱いされていたけど、今は世界中の人々がここを訪れて、みんな感動して帰るようになって、本当に良かったね。」
シュバルの理想宮を出てからは、1kmぐらい離れたところにある、彼が眠るお墓へ向かった。
そのお墓は”シュバルの理想宮の小さい版”という感じで、一目で解った。
シュバルのお墓を前に、「素敵な物を作って、私たちを感動させてくれてありがとう」と、私たちはお礼を言った。
Lyon
オートリーヴを出ると、サン・ヴァリエ経由でリヨンに戻った。
昨日は回らなかった市庁舎の辺りに行き、オペラ座や教会や街並みを散策した。
風が心地よい中庭にあるカフェで休憩をしていると、あっという間に夕方になった。
私たちはSNCFに乗り、パリに戻ることにした。
de Lyon à Paris
リヨンからパリまでは2時間かかるが、お喋り好きな私たちにかかると、そこまで長く感じるものではなかった。
女子トークを続けていると、ニコラからメールが届いていることに気付いた。
ボンソワール。今夜は何時頃パリに着くの?
良かったら、友達も一緒に駅からうちまで送ってあげるよ。
ニコラには予定を聞かれていたので、今日旅行から帰ってくることを伝えていた。
ミヅキちゃんにその文面を見せると、彼女も乗り気のようだ。
「いいじゃ~ん。
送ってもらおうよ。
疲れてるから助かるし、ニコラがどんな人か、私が見てあげる。」
私は、ミヅキちゃんに相談した。
「この間エリカちゃんと遊んだ日も、一緒に送ってもらったんだよね。
それ以来、アッシー作戦で私と会う機会を増やそうとしているみたい。
毎日『会いたい』って熱烈なメールが来るし、このままだと彼のペースに飲み込まれて、付き合うことになっちゃいそう・・・。」
それを聞いたミヅキちゃんは感心していた。
「フランス人の中でも、すごく押すタイプだね。
お金持ちだし、日本で言うとバブル時代の男みたい。
または、その執念深さは”シュバル級”かも!?
そこまで尽くしてくれる人なかなかいないよ~。
いいんじゃん、そのまま付き合っちゃえば。」
あれ!?昨日言ってたのと違う。
「え~、だって昨日相談した時は、『”繊細なミカエル”に決定』って言ってなかったっけ?」
驚く私に、ミヅキちゃんはこう付け加えた。
「だって、ミカエルは遠くに住んでて、なかなか会えないんでしょ?」
今日リヨンでお茶した時に”ミカエルの追加情報”を伝えたのだが、そこで贔屓の対象が変わったようだ。
「恋人なんて、会って愛し合ってナンボだよ。
付き合っているのに、あんまり会えないのなんて意味ないじゃん。
とりあえず、セレブなニコラと付き合いなよ。」
遠距離恋愛反対派の私も、彼女の意見には大いに同意できるが・・・。
「でも・・・どうしても、ミカエルのことが気になっちゃうの。
毎日”Tu me manques.”(君がいなくて寂しい)ってメールくれて、私のためにそんなことを言ってくれると思うと、キュンとするんだもん。」
すると、彼女はとんでもないアドバイスをした。
「じゃ、ミカエルはキープしておけば?
黙ってたらバレないんだし。」
・・・さすが肉食系女子、言うことが違う。
「さすがに、純粋すぎるミカエルを裏切ることはできないよ。
もし、ニコラと付き合うことになったら、正直に話して、諦めてもらう。」
気が付けば、なぜか『ニコラを選ぶ』という結論で、私の恋愛相談は終了していた・・・。
とりあえず、ニコラにはパリ到着時間を伝えて、送ってもらうことにした。
dans la voiture
パリに着くと、ベンツに乗ったニコラが私たちを待っていた。
「うわ、本当にジョージ・クルーニーだ!!」
ミヅキちゃんは彼を見てつぶやいた。
そして、ニコラと初対面の挨拶をすると、開口一番に「Can you speak English?」と尋ねた。
「フランス人の彼氏ができて、だいぶフランス語ができるようになった」と言っていたミヅキちゃんだが、やはり英語の方が得意なんだろう。
少し驚いたニコラが「Yes,sure.」と答えると、そこからミヅキちゃんは英語で話し始めた。
車中では、ニコラとミヅキちゃんの英会話が繰り広げられ、私は「ここは英語圏か!?」と勘違いしそうになった。
「外国人相手にも不動産ビジネスをしている」と話していたニコラは、きっと英語も堪能なのだろう。
私はその会話を聞くことに集中せず、「今夜ニコラを部屋に上げるかどうか」についてずっと考えていた・・・。
ミヅキちゃんがうちに送り届けられると、私とニコラは車中で二人きりになった。
さっき帰宅したばかりのミヅキちゃんから、「ニコラ、すごくいいと思うよ。私からもお薦めする。You、やっちゃいなよ!」というノリノリのメールが届いた。
私は心の中で「あんたはジャニーさんか!?」とツッコミながら、だんだん悩んでいるのがバカらしくなってきた。
そして、「もういいや。ニコラの起こす波に抗わず、そのまま揉まれてしまえ!!」と、覚悟を決めた。
彼にはそれくらい、有無を言わせない強引さと説得力があった。
ミヅキちゃんの言う通り、ニコラの私への執念は、”シュバル級”なのかもしれない。
車が私のアパルトマンの前に着いた。
運転を終えたニコラは助手席の私に覆い被さり、激しいキスで唇を塞いだ。
それは前回よりも湿り気を帯び、まるで次のステップへ促すような勢いだ。
・・・今夜こそ部屋に上げないと、帰ってくれそうにない。
もう拒否する理由も特になかった。
ひとしきりキスを終えると、私はこう言った。
「Alors, on va chez moi ?」
(じゃ、私のうちに行く?)
・・・そう言われたニコラの表情は、本当に嬉しそうだった。
Les larmes
その夜、私はニコラと結ばれた。
脳裏にはミカエルの残像が何度も現れたが、私はその度に打ち消した。
こんな状態で、本当にニコラを愛せるのだろうか?
終わった時、なぜか私は涙を流していた。
それを見て勘違いしたニコラは、「ma chérie」(マシェリ)と愛おしそうに私を抱きしめた。
「大丈夫・・・ニコラはこんなに私のことを愛してくれている。
ずっと一緒にいれば、ミカエルのことも少しづつ忘れていくだろう。
ニコラとなら、幸せな未来を作っていける。
私がこれから愛すべき人は、この男なのだ。」
・・・そう言い聞かせて、私は眠りの底に落ちていった。
ニコラとの新しい生活は、今までにない刺激に満ちたものになり、私のパリ生活を彩ってゆくのである・・・。
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