あらゆる物質は存在しない ~マックス・プランクの箴言~
前々回の記事、前回の記事では、量子の神秘的な性質である量子重ね合わせ、量子トンネル効果、量子もつれの現象を紹介した。量子が壁をすり抜けたり、同時に二つの状態をとったり、離れた粒子が瞬時に反応し合うという信じられない現象が、現実に観測されているのである。この段階で、常識を脱ぎ捨てなければいけない。今回は、さらに驚くべき量子現象である粒子と波動の二重性について考察する。
1.量子の神秘的な作用「波動と粒子の二重性」
量子世界に様々な神秘的な現象があることは既述のとおりであるが、量子には、さらに驚くべき、波動と粒子の二重性という性質がある。波動と粒子の二重性とは、量子が粒子としても波動としても振る舞うことができることをいう。
量子の二重性を理解するために、最適なのは二重スリット実験である。二重スリット実験については、以下のstcadioid様という方の動画の解説が分かりやすいと思うので、URLを引用させていただく。そして、動画の下の文章にて二重スリット実験の考察を行う。
二重スリット実験は、常識とされている理屈では全く説明できないが、世界中の優秀な科学者によって何千回も行われた実験であり、確実に現実の現象なのである。
それでは、二重スリット実験について考察していこう。実験では、波動と粒子を、二本の細いスリットを開けたスクリーンに向けて発射し、その一部を二枚目のスクリーンに当たるようにする。二枚目のスクリーンに現れる輝点によって、波動と粒子それぞれの動きを特定できる。実験結果は以下のとおりである。
【二重スリット実験の結果】
(1)波動を発射した場合
2つのスリットを通過する時に波が広がって、円形に広がる波が互いに重なり合って干渉し、背後のスクリーンに明暗の縞模様ができる。
(2)ピストルで銃弾を発射した場合
スリットのどちらか一方を通過するために、十分な数の銃弾を発射すれば、背後のスクリーンには、二本のスリットに対応した二本の帯をつくる。
(3)原子のビームを発射した場合
上記(2)のピストルで発射した場合と同じ結果になるはずであるが、驚くべきことに、上記(1)の波を発射した場合と同じく、背後のスクリーンに縞模様が現れた。原子であるにもかかわらず、波のように二本のスリットを同時に通過したということになる。
この実験については、一度に大量の原子を発射した場合でも、一度に一個ずつの原子を発射した場合でも結果は変わらなかった。常識の理屈で考えると、一度に大量の粒子を発射した場合ならば、膨大な数の原子が互いに干渉したり相互作用したりして、上記(1)の波の場合と同じく縞模様をつくる可能性はあるだろうが、一度に一個ずつの発射の場合でも波動の発射の場合と同じく縞模様ができることは、常識の理論では全く説明できない。
(4)原子のビームを発射し、検出器を設置した場合
上記(3)の不可解な事象を検証するために、左右のどちらのスリットを通過したかを検出するための検出器を設置して実験した結果、何と原子が観測されていることを察知したかのように、上記(1)の波のような振る舞いを止めて、上記(2)の銃弾と同じ振る舞いに変わったのである。つまり、背後のスクリーンに明暗の縞模様ではなく、二本のスリットに対応した二本の帯ができたのである。
検出器が粒子の振る舞いに何らかの影響を与えている可能性も疑われたため、検出器の距離を離してみたが、結果は変わらなかった。そこで、検出器が物理的に設置されているだけで、粒子の振る舞いに影響を与えている可能性も考えられたため、検出器を設置したまま、スイッチをオフにして再度、原子ビームを発射したところ、スクリーン上には、上記(1)の波を発射した場合と同じ動きに戻り、明暗の縞模様が再び現れた。
以上が二重スリット実験の結果であるが、検出器のスイッチをオンにした途端に原子の挙動が変わることについて、どのような科学的説明が可能であろうか。一体、スリットを通過する原子は、スイッチのオン・オフをどのようにして「知る」のだろうか。粒子が観測されると形を変えるという不可思議な現象は、古典物理学の理論で説明することは絶対に不可能である。
2.シュレーディンガーの波動関数
二重スリット実験の結果から、原子、電子、光子などの微小粒子は波動と粒子の二重性を持っていて、どちらのスリットを通過したかという情報が存在しないうちは波動のように振る舞い、観測されると粒子のように振る舞うと考えるしかないが、そのメカニズムについて考えてみたい。
量子波動力学の創始者と言われるエルヴィン・シュレーディンガーは、シュレーディンガー方程式という数式によって量子の挙動を記述した。シュレーディンガーが考えた方程式の内容は以下のとおりである。
【シュレーディンガー方程式の内容】
・この方程式の描く電子の姿は、原子全体に広がっている波動である。
・観測されていない時には電子は実在する物理的な波動であり、観測されると収縮して独立した粒子になるとシュレーディンガーは考えた。
現在では、シュレーディンガー方程式は、ハイゼンベルグの不確定性原理と共に量子力学の数学的土台となっている。ここで古典物理学と量子力学の世界を比較してみよう。
【古典物理学と量子力学の方程式の比較】
■ニュートンの物理学の方程式
ニュートン物理学の世界では、運動方程式の解は一つまたは複数の数である。
■シュレーディンガーの量子力学の方程式
量子の世界では、シュレーディンガー方程式の解は波動関数と呼ばれる量であって、特定の瞬間における電子の正確な位置を示すのではなく、仮に観測した場合にその電子がそれぞれの位置に見つかる確率を示した、一連の数を与えるものである。
3.波動関数による二重スリット実験の検証
それでは、二重スリット実験について、波動関数を用いて考えてみよう。前述のとおり、原子は波動と粒子の二重性を持っていて、どちらのスリットを通過したかを測定する検出器が存在しないうちは波動のように振る舞い、検出器で観測されると粒子のように振る舞うのであった。
まず、検出器で観測される前の現象について考えてみよう。原子は測定されるまでは、ある決まった位置ではなく同時に至るところに存在している。場所によって、その存在確率は異なり、波動関数の値が小さい場所では原子は見つかりにくい。そして、原子の発生源から後ろのスクリーンまで到達するのは一つ一つの原子ではなく、波動関数が伝わってくると考える。波動関数はスリットのところで二つに分かれ、両方のスリットを通過する。スリットを通過した後は、それぞれのスリットを通過した別々の波動関数の片割れが再び広がって、その数学的さざ波が重なり合い、ある点では互いの振幅を強め合い、別の点では打ち消し合う。原子は、このようにして光の波動のように振る舞い、背後のスクリーンに明暗の縞模様をつくるのである。
次に、原子が観測されると振る舞いを変えるという、この上なく不可解な現象について解明していこう。
ここでのキーワードは「コヒーレンス」と「デコヒーレンス」であり、意味は以下のとおりである。
【コヒーレンスとデコヒーレンスの量子作用】
■コヒーレンス
コヒーレンスとは、今までに説明した量子重ね合わせなどのように、何らかの存在が量子力学的な振る舞いをしている状態を表す。「コヒーレント」効果と言った場合には、何らかの存在が量子力学的に振る舞うことで、同時に二つの状態をとったりすることを意味する。
■デコヒーレンス
デコヒーレンスとは、コヒーレンス状態が失われて、量子的な振る舞いから古典物理学的な振る舞いに変わる物理プロセスを意味する。
二重スリット実験において原子が観測されると、その原子の波動関数が測定装置の中の何兆個もの原子と相互作用する。その複雑な相互作用によって壊れやすい量子コヒーレントな状態が失われる。つまり、観測によって原子は古典物理学的な粒子の振る舞いを強制され、デコヒーレンスが発生する。
二重スリット実験では、このようにして、原子が波動としての振る舞いを止め、粒子としての振る舞いへと変化したと考えられている。
4.物質は存在するか
今回の記事では、量子が粒子としても波動としても振る舞うことができるという量子の二重性について説明した。また、今までに量子重ね合わせ、量子トンネル効果、量子もつれの現象も紹介した。量子が壁をすり抜けたり、同時に二つの状態をとったり、離れた粒子が瞬時に反応し合う現象である。そうすると、そもそも物質とは何かという疑問が生じる。私達が目で見ている物質は、本当は存在しないということだろうか。私達が目にしている「物体」は一種の「情報」なのであろうか。
量子力学の祖と言われるノーベル賞受賞者であるマックス・プランク(1858年~1947年)は、「あらゆる物質は存在しない。 全てのものは振動で構成されている」という言葉を残している。量子力学は数々の実験と研究によって目覚ましい発展を遂げ、原子が、従来の古典物理学のルールに則った物質として振る舞えると同時に、古典物理学の常識では考えられない、振動(波動)としても振る舞えることが明らかになった。今日において、マックス・プランクの言葉は箴言と評価するべきであろう。
※参考文献
「量子テレポーテーションのゆくえ」アントン・ツァイリンガー (著)、大栗 博司 (監修)、田沢 恭子 (訳)
「THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙」アンドリュー・ポンチェン (著)、竹内薫 (訳)
「二重スリット実験 量子世界の実在に、どこまで迫れるか」アニル・アナンサスワーミー (著)、藤田 貢崇 (訳)
「エレガントな宇宙」ブライアン グリーン (著)、林 一 (訳)、林 大 (訳)
「神の方程式 『万物の理論』を求めて」ミチオ・カク (著)、斉藤 隆央 (訳)
「宇宙を織りなすもの(上)・(下)」ブライアン・グリーン (著)、青木 薫 (訳)
「量子力学で生命の謎を解く」ジム・アル-カリーリ、ジョンジョー・マクファデン (著)、水谷 淳 (訳)
「隠れていた宇宙(上)・(下)」ブライアン・グリーン (著)、竹内 薫 (監修)、大田 直子 (訳)
