麩の「ふ」という絶妙な感じ
世の中でいちばん必要ないものは
ソフトクリームに乗っかっている金箔だ。
昔から気になっていた。
あの金箔は何の役に立っているのか。
どういう欲望を満たしているのか。
なんか贅沢なものを食べてるなあ、なのか。
単価を上げる店の戦略なのか。
もちろん金箔に栄養はないです。
食べても出るだけです。
味もないです。美味しさに加担はしません。
それでも雰囲気を作っているというのなら
そんな雰囲気はいらんと個人的には思います。
逆に、いかにも必要なさそうに見えて
なんか魅力的なものもあります。
私が推薦したいのは
「ふ」と「こんにゃく」。
小学生のころ、
食べても意味のないもの個人的ランキングで
ふ、こんにゃく、きゅうりはベスト3でした。
別に嫌いでもないけど、
食べることにあまり意味を見出せない。
小学生的に言うと「どうでもいい」ものでした。
今は違います。
単純に、美味しいと思う。
子供のころなぜそう思わなかったのか・・
麩も蒟蒻もそれ自体の味はよくわからない。
麩はそもそも味を感じないし、
蒟蒻はどっちかというと美味しくない。
ちょっと匂いが気になるし・・
しかしそれは単体でみたときのことで、
料理に使うと激変します。
料理の味を保護し表現してくれるのです。
この間接フリーキック的な技は
確かに小学生には理解が難しい。
子供に「他人のいいところを活かす」など
考えも及ばないことではあります。
ある程度人生経験を重ねてこそわかる、
レベルの高い美味しさだったわけです。
きゅうりにも近いものがあります。
暑い夏に縁側で冷やしたきゅうりにかぶりつく
そんな贅沢を味わえる環境かどうかが一つ。
スーパーで買ったきゅうりを
単体で味わうのはかなり難易度が高いです。
しかし漬物にすると激変する。
マヨネーズつけてもイケる。
やはり他力によって変化するタイプです。
とはいえ他の野菜と比べると
調理して食べるというイメージは薄い。
やはり上級者向けなのではないかと思います。
この3つの中でもやはり「麩」は
正体が掴みづらいという意味ではNo. 1です。
大人でも「麩のどこがいいのかわからない」
という人は多いんじゃないでしょうか。
麩は素材の味を染み込ませるという意味では
他に並ぶものがないほど優秀です。
特に汁物に関してはそのキープ力は凄い。
麩、そのものに味がないわけではありません。
やはり美味しいものとそれなりのもので
差があります。
しかし味で出しゃばらない。
自分はあくまでも控えめで、他者を活かす。
「サウイフモノニワタシハナリタイ」と
宮沢賢治も言いそうです。
そしていちばん素晴らしいのが
「ふ」というネーミングです。
ふ、と漂うそのたたずまい。
主張しすぎずそれでいて存在感がある。
まるで風のようです。ふ。
