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指いっぽんぶんの変化

中学生のころに初めて買った
9500円のフォークギターで
最初にちょっと曲らしい感じに弾けたのが
井上陽水の「心もよう」の前奏だった。(古い)
あれってAmのコードを押さえて、
下の2本の弦を交互に鳴らすと
それっぽく聞こえたんだよね。

そんなことを思い出したので
陽水のGOLDENBESTというアルバムを
久しぶりに聞いてみた。
ベストだからいろんな時代の曲が入ってるが
時代による違和感が驚くほどなかった。
あえて言うと初期の曲の声が若いかな?
ってくらい。

顔はどんどん老けるけど声はあんまり老けない。
声優さんが同じキャラを何十年も演じたりする。

変わらないということは素晴らしいことだが
しかしそれって
「こんなに長い間、
 ずっとおんなじことをやってんだぞお前」
ってことにはならないだろうか。

天才的なヒトが、毎日努力して、
日々新しいことを目指していろいろやってきて、
それでものちのち集大成してみると、
やっぱりずっとおんなじことをしていた。
という・・

ひょっとしたら、出だしから完成されていて
ずっと変える必要もなく
続けてきたのかもしれないけど。

で、当然、
「自分はどうだろう」と考えてみるわけだが、
結論としては、そんなふうに
あとで振り返ったときに、
「ずっとおんなじことやってきたんだなあ」
と思えたとしたら
それはけっこういいことなのかもしんない。
と思った。

うーん。矛盾してるか。
矛盾してるな。やっぱり・・
気どった言い方をすると、
ずっと同じ方向を向いてやってこれたんだな。
みたいなことですかね。

人間はみんな自分のことを
このままではいけない。変わんなきゃと
思って生きているんだろう。
そのまんまじゃ成長してない、
って気になってしまう。
実際ちょこちょこ変わってはいるはずだ。
人生のワンツーパンチを喰らって
三歩進んで二歩下がったりしてるけど・・

自分で自分を見たときには
かなりやってやった感があるんだろうが、
俯瞰して見てみれば、そういう変化も
ほんの小さなことなのかもしれない。
あとで振り返るとなーんも変わってない。

だけどまあ、
それって別に悪いことじゃないと
思ったりするんですね。

逆に言えば、俯瞰で見て変わってなくても
近づいて見ればちゃんと変わっている。

「心もよう」の前奏はAmを抑えて
下の2本の弦を交互に鳴らす。
これがサイモン&ガーファンクルの
「サウンド・オブ・サイレンス」の前奏だと
Amの人差し指を離した状態で交互に鳴らす。
めちゃ簡単だけどいい感じに聞こえる。

やってることは、指、一本ぶんの変化だけど
ちゃんと違う曲に聞こえるんだよね。

次回は「つるかつられるか」です。

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