顔のない問い劇場──お金って、難しい?
※今日は、Toyさん、かえるこさん とのコラボレーション企画です✨
お友達のToyさんです☟
この記事のサムネ……ヤバすぎるwwwwww
普通、サンタかトナカイに仮装するところを……
まさかの「ツリー」に仮装するセンス✨
ぶっ飛んでます!😫 敵わねぇ~
少し前に、このぶっ飛んだ発想力を持つToyさんと一緒に「漫画を作ろう!」みたいなのをやってみました💦
📢 けいかさんとこの「ミソマル」が大活躍しています✨
そこのコメント欄で────
新たな漫画コラボを提案してくれた方が!!
かえるこ さん…です!!!🐸
……で、さっそくいくつか記事を拝見させていただきました!
生活力の勉強として…ぜひ読んでほしい……!!!!
お金は「生活力のポテンシャル」であり、
その使い方が「生活力の実技」。
……ということを早めに知ってほしい!!!!
📢 さもないと、僕みたいなことに?!😭

うちは、僕に生活力がないので……相棒に多くを任せています💦
でも、言い訳させてください!😭
(以下、長い言い訳なので読み飛ばしOKですw)
📢 お金が嫌いなわけじゃないし、マネタイズを否定しているわけでもないんです!!!むしろ、お金は好きです!!!たぶん!
でも、なんか……
自分の “行動” や “選択” や “能力” や “関係性” が、一般的に普通の人から観測可能な「お金」というものに変換されるのが…嫌というか、苦手なんです。
「価値」が「価格」に変換された瞬間の『情報の欠落』を嫌っているのかもしれない🙄
1. 「お金」は、最大の「要約」装置?
価値をお金に変換するとき「差分(意味づけや解釈による価値の揺らぎ)がなくなる」という感覚ないですか?!これはまさに「貨幣」というシステムの核心であり、同時に最大の欠点なんじゃねーかなって思うんです。
労働には、情熱、技術、苦悩、誰かとの関係性、その場の空気など、無限の「文脈(コンテキスト)」が含まれているよね?!
でも、それが「100万円」というお金になった瞬間、その文脈はすべて切り捨てられ、ただの「数字」になる。
その100万円は、汚い手口で稼いだ100万円とも、宝くじで当たった100万円とも、完全に等価として扱われます。い、いやだ……
僕は、自分の生み出した「固有の価値(代替不可能)」が、誰でも持てる「一般的価値(代替可能)」に強制的に翻訳され、均質化されることに、本能的な抵抗を感じているのかもしんない😵
2. 「確定」への抵抗感=可能性の死?
価値が確定する(と、言うか…確定させられる)というのが我慢ならないのかも。僕は、「流動性」や「可能性」とか「解釈の幅」がある状態が好きなんですよね……。
労働や選択の最中: 結果は未知数であり、無限の可能性(無限の“意味付け”ができる)があります(シュレーディンガーの猫の状態)。
お金になった瞬間: 結果は「数字」として確定し、それ以上の解釈の余地がなくなります(箱を開けてしまった状態)。ぐぎゃー!
金融投資(資産運用)が苦痛なのは、それが「確定した数字(死んだ過去)」を、さらに「別の数字」にするだけの操作と感じてしまっているからかも? そこに、「意味づけ」や「努力によるドラマ」が介在する余地が(インデックス投資などの場合特に)ほとんどないように思う。
3. 僕にとっての「投資」のイメージ?
僕は、お金をあまり使わないし、欲しいものもあんまりないですが、それは「欲しいものは最短ルートで手に入れる」からかも。これは、「お金」という記号を、再び「体験」や「モノ」という『固有の価値(文脈)』に戻す変換作業は意外に得意なのかもしれない。
つまり、僕の中での価値循環はこう:
得意・好き: 努力/想像(固有の価値) → 成果(固有の価値)
嫌い・苦手: 成果 → お金(記号化・没個性化)
得意・好き: お金 → 欲しいもの/体験(再・固有化)
真ん中の「お金としてプールされている期間(記号化されている期間)」が長引くこと、あるいはそのプールを増やすことだけに注力することは、「生きている手触り」を求める感覚として違和感があるのかもしれない😥
言い訳なげぇ~www
で、結局?
僕はお金を稼ぐのが苦手というよりは────
「自分の人生を、数字という単純な指標で採点されること」を拒絶しているだけなんだよ?😫

ぐっはっ!!!!!🤪
せ、せいかつのこと……
あんまり かんがえなくて、だいじょうぶだから、
そんなこと… ぐだぐだ言えてるんですよね💦

toyさん、ちゃっかり着替えてるwww
📢 投資の考え方:
地球規模で未来をつくる?!
この四コマ漫画の真の“凄み”が分からない人は、ぜひ、かえるこさんの記事を見てほしい。まだ「お金」や「投資」について色んな見方ができるって気付けるはずだから────
で!? 次の漫画コラボ、誰かしませんか?😅
▼おわりに
「お金」というものに対し、僕はずっとある種の苦手意識を感じていたんですよね😫
汗や涙、その場の文脈が詰まった「思考・行動・成果」が、金額という無機質な数字に変換(翻訳)された瞬間、その味わいが失われるように感じていたから💦
でも、この「翻訳」こそが、厳しい冬を越え、未来へ命をつなぐための不可欠なプロセスなのかもな~~~って、気付きました。
最後に、僕なりの「投資って何だろう?」を、植物の生命力になぞらえてみました。
1. お金は「生活力のポテンシャル」?
僕らの「労働」は、いわば生鮮食品のようなもの。今日収穫した果実(成果)を、そのままの形で10年後まで取っておくことはできません。
そこで必要になるのが「お金」への変換です。これは、果実を乾燥させ、硬い殻で守られた「種」にする行為に似ています。
種の状態では、元の果実のジューシーさ(文脈)は見えない。でも、そこにはいつか芽吹くためのエネルギーが凝縮されています!
つまり、お金とは「生活力のポテンシャル」であり、それをどう使い、どう咲かせるかが「生活力の実技」なのです。 どれだけ素晴らしい実技(生きるセンス)を持っていても、その源となる基礎体力(種や土壌)が尽きてしまえば、花を咲かせ続けることはできないってこと。
2. 投資は「森」を豊かにするプラスサムの循環?
投機が、誰かのカゴから木の実を奪い合う行為なら、投資は「木を植え、森そのものを広げる」行為なのかな?
種まき(起業): 誰かが「新しい世界」という苗木を植える。
肥料(投資): 僕たちがそこに、手持ちの種(基礎体力)を養分として分け与える。
実り(リターン): 木が育ち、森全体が豊かになり、より多くの果実が還ってくる。
投資とは、自分の「基礎体力」を少し分け与えることで、世界のどこかで新しい大樹を育てる手伝いをすること。
3. 世界という「生態系」に参加する
僕は、正直…手持ちの種の数をただ増やすこと自体にはあまり興味が持てません😥 でも、自分のエネルギー(資産)が、世界中の「これから芽吹こうとしている場所」に運ばれ、そこで新しい森の一部になっていると考えるならば、そこには大きな意義を感じます。
投資とは、単なる資産の保管ではなくって…… それは、僕らが「地球規模で未来をつくる」という、壮大な植林活動への参加なのかもしれない。
そう考えれば、毎月の積立設定も、自分と世界の「基礎体力」を底上げし、いつか誰かが素晴らしい「実技」を発揮するための土台作りにつながってる、そう思えば、少し納得できるなって落ち着きました。
かえるこさん、ありがとうございました✨
まだまだ、全然分かってないこと多いんですが、これから勉強させていただきます。
さて、今日の「顔のない問い劇場」はここまでです。
まわりのクリエイターの人たちが書いている色んなことを取り入れながら今後もやっていこうと思います。
感想とかコメントをもらえると…がんばれる……かもしれない💦
のんびり続けていくので、よろしくお願いします。
この問いが、あなたの新たな“問い”の入り口になれたなら幸いです。
関連記事:
今回の内容の思いつきに至ったかえるこさんの記事群です✨
お金とか資本とか投資とか、ちゃんと理解できたわけじゃないけど……
一番は、「僕みたいな何も考えてない人が社会にちゃんと混ざれているのは、周りに“生活”を考えてくれる人が居るからなんだな」って再確認できたことかな😅 気付くだけじゃなく、自分もちゃんと考えよ~って思いました💦
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