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パンドラの箱──慌てて閉めたら何が残る?

この前、何気ない会話から…
気付いたら2時間?!

────ごめんなさい🙇

話が長いわけじゃない…と思いたいけどw
ただ、「ふんわりした問い」から始まる会話だと、どんどん新しい展開になってしまって終わらないことがあるんですよね…

前に、僕の会話には「オチ」がない…って、書いたことがあるんですけど、決して僕ばっかり話しているわけじゃないということを言い訳したいw
(記事では無理なんですけどね…逆効果というかw)


で、今回は… 会話を終わろうと思ったときに
彼らが言ったんですね……


「ぁ…2時間以上話しちゃいましたね😅
 でも、今日は暇だったんで
 “パンドラの箱” を開けるつもりで来たんですよwww
 面白い話ができて良かったです!
 “最後に、箱には希望が残った”みたいな?www」


はぁ?!(°д°#)


パンドラの箱を開けて、最後に希望が残っただって?!

僕「いやいやいやいや!それは違うだろ?!(°д°#)」

…と、なって……そこから、さらに1時間その話が展開されたのだった…

めでたし、めでたし。
が、今日の話ですw

(…というか、人を暇潰しに使うなよw)


▼パンドラの箱

「パンドラの箱」の話って、ギリシャ神話なんですよね。

神々は、人間に罰を与えるために「パンドラ」という女性を作りました。
彼女には「絶対に開けてはいけない箱(壺?)」が渡されます。

しかし、好奇心に負けてパンドラが箱を開けてしまうと、中から病気・戦争・嫉妬・悲しみなど、あらゆる災いが飛び出してしまいました

パンドラが慌ててその箱を閉めたとき、最後に“希望”が残りましたとさ
おしまい。

パンドラの箱―要約版

なんで、神様たちが人に罰を与えようと思ったかは、Wikipediaでも見てくださいw なんとも人間的な理由です!

僕は、この「パンドラの箱」の話はギリシャ神話からじゃなくて、漫画『ハーメルンのバイオリン弾き』(渡辺 道明)から知りましたけどねw

昔過ぎて、特に名言とか覚えてないけどw
ヒロインの異常なタフさに支えられた物語というか…
たぶん、“人を信じる”というテーマ(たぶん?)で、いい話です。個人的にはすごく好き。
ただ、今の時代的には、ヒロインが求められてるタフさがコンプラの限界突破しているというかwww
今は無理だろって思ったら、続編出てたwwww
(すみません。そっちは読んでないです。それも結構昔だった)

ただ、それを読んでた当時に、僕が考えてたパンドラの箱の解釈と…
なんかちょっと違ったので…珍しく(?)「違うだろっ?!」ってなっちゃいましたw


▼そもそも「その箱」なんなんだ?!

世の中の“災いを全部詰め込んだ箱”なんだよね?

考えてみてくれ…
そんな気持ち悪いモノをわざわざ準備して…
わざわざ人に渡す、気持ち悪い奴がさ?

中途半端なことするか?!

そいつが“災いを全部詰め込んだ”ってなら“全部災い”だろ?!w

パンドラが凄いのは、それをくれたのが「気持ち悪い奴」ってことを知っていたにも関わらず(パンドラ本人はいろんな祝福ももらってて優秀だという設定…当然、“人/神を見る目”も貰っていたはず!見抜いてただろw気持ち悪さをw)、そいつからもらった「気持ち悪い箱」を開けるというw

だた、気持ちは分かるw

道端の💩とか、それを避けるためにはしっかり💩を見定めて、💩のないルートを歩かないといけない!だから、見るしかない。
あと、見えないけどあまりにも不思議な💩臭だったら、どんな💩なんだろう?という好奇心に駆られるのも…わかる!(たぶん)

要は、“好奇心に抗えない”──これこそ人間が人間たる所以なんだってことだよね。


▼「希望」ってなんだよ?!

開けちゃったか~😅
よく考えたら、僕も開けちゃうかもだ…

そしたら、出てくるよね…

病気、老い、死、苦役、貧困、戦争、憎しみ、嫉妬、悲しみ、嘘、欺瞞、傲慢、欲望、怠惰、不安、恐怖…

うぉ、やべっ!ってなって、慌てて閉めたら…

最後に、「希望」だけ残った!!(・∀・)

ぇ…なんか、違和感がw

出てきた奴ら、“明確に” 「嫌なこと」なんだけど…
残った「希望」って一際“ふんわり”だなwwww


▼最後に残った「もの」ってなんなんだろう?

ギリシャ神話の「パンドラの箱」の話の中では…
最後に残ったのは “エルピス(ἐλπίς)” だったって書いてあるみたい。

昔の言葉であるエルピスの当時の本当の意味・意図は、厳密には分からないって思うんだけど、一応、今の「予兆・期待」に近い言葉だって話。

だから、「希望」が残った…

いやいやいや! だから!!

ヤバい奴の贈り物だってこと忘れてないか?!
そんな奴だったら、最後に “最凶のネタ” を仕込んでくると思いません?

パンドラのその✨祝福された反射神経✨が、その “最凶のネタ” を出す前に閉じ込めた…
僕じゃなくて良かったw パンドラ、ありがとうw

そういう話だったのでは?!


▼おわりに

人ってね…何が幸せかって、意外と気付きにくいんだと思うんですよ。

手に入れたいものがあるとき、
欲しいものがあるとき、
その“時”が幸せなのかな?

まだ、欲しいものが手に入ってない、これが欲しい、これを手に入れたらあんなこともしたい、こんなこともできる…みたいな?

不足とか不満とか、自分に何か足りないときって────
欲しいもの・望むものがある…だから、頑張って活きる!
つまり未来に“希望”があるときなのでは?


そう考えると…

パンドラの箱に最後に残った “最凶の災い” というのは
「未来が確定する」という災いって意味だったんじゃないかな?
って、僕は考えてました。

未来がわからないから、
望む未来を手に入れるために頑張れる。
だから、もし────
未来がわかってしまえば、
人は “選択の意味 ≒ 希望” を失う。

そういうことなのでは?


で、『ハーメルンのバイオリン弾き』を読んだ数年後?

映画『ペイチェック 消された記憶』を見て…
「ぁ~、これ!これこそが“パンドラの箱を開ける”だよ!!」
って思ったのを覚えていますw
めちゃくちゃ好きなんだけど、あんまり知ってる人いないんですよね😅
そんなにマイナーだったかな~

記憶を消す技術が確立された近未来──
他人の技術を解析し、報酬と引き換えに「自分の記憶」ごと手放すプロのパクリ屋が主人公。
彼は、巨額の報酬を条件に、3年間の極秘プロジェクトを引き受ける。
だが契約終了後、目覚めた彼の手元には──
なぜか金の代わりに、意味不明な19個のアイテムだけ。
しかも、FBIに追われ、命まで狙われるハメに。
「なんでだ?!」と自分自身を追ううちに、少しずつ明らかになる真実。
──自分が開発していたのは、“未来を見る装置”だった?

ペイチェックのあらすじ

内容は、ぜひ映画を見てほしいw
パクリ屋の設定やらアイテムとか、都合良く活きてて興味深い。パクリw

この映画の中で、「未来が見えてしまうと?」の一端が垣間見れるはず。

作中での主人公のセリフも結構深くて…

“Sometimes it’s not about what you see. It’s about what you don’t.”
(時には、見えるものではなく、見えないものが重要なんだ!)

ペイチェックー天才技術者ジェニングスのセリフ

見えてしまった“未来”は、もう“未来”ではない。
見えてないからこそ、変えることができる“未来”なのかも。


僕を含め多くの人が、未来が見えない…だから……
不安だし、希望が持てないと感じることもある。

でも、見え過ぎるよりずっと見えない方が希望がある!

───そう考えさせてくれる面白い映画だと思います。


さて、今日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
この問いが、あなたの新たな“問い”の入り口になれたなら幸いです。


引用作品:

ペイチェックー消された記憶
人間の自由意志や時間・記憶の意味について問う。
記事とのリンク
ペイチェックの未来を見通す装置から、パンドラの箱の解釈につなげている。

ハーメルンのバイオリン弾き
力と運命に翻弄される中で、何を選び、何を守るのかを問う。
記事とのリンク
パンドラの箱の話を知ったきっかけとして紹介。

※Amazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。

顔のない問い


蛇足:

考えがまとまってない備忘録🙄 そのうちちゃんと考える…かも?

|未来を決定するエネルギー

未来って、色んな観測点から見た可能性の集合体で、それを1つに収束させるのにどれだけのエネルギーが必要か?

アニメの『虚構推理』で物語の柱になっている“ぬえ”
“鵺 (ぬえ)”の能力は───“未来視”
鵺は一生で一度だけ、複数の可能性(虚構)を提示し、どれか一つの“物語”を選ばせて現実を収束させる。
そして、その一つの未来を選ぶことに自分の生命エネルギー全てを掛けて絶命する。

これ、鵺の能力って言ってるけど…
人間一人一人も同じ能力持ってますよね?w
一生分の生命エネルギーを消費して、自分視点での“物語”を収束する!
人間ってすごい生き物だと考えさせられる作品です。

|未来知こそ絶望なのか?

未来を知る“未来知”とは、一見「安心」や「希望」に繋がるように思えますが——
その裏には「確定の暴力」があるとも言えます。
すでに決まっている未来、それを知ってしまうことが、
かえって「今の選択の意味」を奪う
自由を感じられず、「どうせこうなるなら」と自暴自棄にもなりうる。
まさに「知ること」が「生きること」を空虚にする瞬間です。

|けれど「未来が見えない」こともまた絶望?

「未来が見えない」からこそ「不安」に苛まれ、
「希望が持てない」と感じる。
つまり——
見えすぎる未来 = 絶望(確定による無力感)
見えなさすぎる未来 = 絶望(混沌による不安感)
この両極の絶望の間で、僕らは揺れているのかもしれません。

|では「未来を開く」とは何か?

「自分とは?」を広く持つと不確定性(≒視点や立場?)が増して、未来の可能性が増える/深くなるのでは?

例えば——

▶狭い自己定義:
「私は○○型の人間だから」「理系/文系だから」「男/女だから」
→ 視点・行動選択が制限され、「確定された自己=生きやすい/でも可能性は狭い」

▶ 広い自己定義:
「変化する存在」「いくつもの矛盾を抱えていていい」「相手に応じて姿を変える」
→ 不確定だけど、新しい視点を得やすく、柔軟に未来を設計できる。

未来は“決まってる”んじゃなくて、
外から“投げかけられてくる”もの?
だから、どんな未来を受け止められるかは、
「自分が何に心を開いているか」で決まるのかも。

|自分の可能性を増やすには、“関係性”を増やすこと?

「可能性」とは、自分ひとりでは完結しない。
他者との関係、未知との接触、新しい言語・身体・経験との交錯の中でしか開けない。

「勉強」も他者の知の痕跡との対話
「交流」も他者の価値観や視点との交錯

「知ろうとする」ことは、未来をまだ確定させない態度になってるのかも?


「未来知こそ絶望」と言いたくなるのは、
“知”が「支配」や「固定」を意味するときの話。

でも、もし“知”が
「開くこと」「揺れること」「変わり続けること」
として扱えるなら、それは絶望ではなく——
「希望のための不確定性」になるのかも。

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