で、“答え”は?──無限の選択肢から選べない。
これ…本当によく言われます😅
質問されたときに…
会話が開始するんだけど…
「問い」に対する「答え」になってないらしく、
しかも、会話に「オチ」もないらしく、
そりゃ、言われますよね。
たぶん、noteの記事でもそうなってて…
本当に申し訳ない気持ちもあるんですが…
今日は「答え」が出せないことについてです。
▼「答え」を“信じる”って難しくない?
教科書も、教員も、他人(AIも含む)も、自分も──
無条件で信用するに値しない!
「信じる」ためには「疑う」ことから初めて、知らないとダメですよね?
以前、漫画ライアーゲームのセリフを引用しましたが…
難しいんですよ。僕には…
まず、「信じる」をする自分(主体)のことを「信じる」ことができないw
自分のことを知った気になっても、
やっぱり知り尽くすことができない…だけじゃなく、
自分が「物事を知らない」ことはある程度分かるので、
その自分が「信じる」をするに足る教養がないことを知ってる。
自分に「答え」を信じる能力がないんだから、
そりゃ、「答え」を渡すのは無理だよね😅
▼「答え」ってそもそもあるのか?
たぶん、「在る」んだと思います。
正解(答え)は、「軸(対象)」と「視点(立場)」と「物差し(範囲・基準)」が存在すれば成立しうる──のは分かるんです。
いやいや…
ちょっと待ってよ…
それ、無限にあるんじゃないの?!😅
無限にあるものって、無いのと同じでは?w
小学校~中学校~高校の教育で
(最近では、大学までそれに侵されつつあるけど)
「物事に正解がある」のが当たり前──
…みたいな“幻想”というか“希望”に慣らされ過ぎてないかな?
試験問題で「正解」があるのは 良し とするとして、
どの「軸(対象)」「視点(立場)」「物差し(範囲・基準)」からなのか?
…それも、教えてほしい。
「日本の高校教育において(①軸)、文部科学省の教育指針に準拠した教師の立場から(②視点)、学習指導要領の範囲内での解答として(③物差し)正解とされるのはこれである」
…というのが、すべての「問い」に隠れてるってことwww
そしたら、「あれ? じゃあ、視点を変えたら、別の解法や別の答えもあり?」みたいなのに気付ける可能性もあるんじゃないかな?
じゃないと、正解が曖昧な場 “社会” ですぐに騙されちゃうよ!🙄
▼「答え」を渡せるのか?
じゃあ、ちゃんと「軸」「視点」「物差し」を決めるから「答え」を渡してよ!
…って言われても
僕には無理なのかもしれないです🙇
「軸」も「視点」も「物差し」も無限にある世界で、
何か自分なりの「軸」を決めて、
その中で自分の「視点」を定めて、
掘り下げる(物差しを磨く)なんて、
“好き”じゃないとできないですよね?!
だから、「“好き”を持たない僕」には
「“好き”を持つ人」に進むための「問い」の「持ち方・使い方」を
渡すことくらいしかできないのかも?
でも、世の中の今「答え」を出せない人に言いたい!
逆に言えば、“好き”を持てば「答え」を出せる人になるかもよ?!
色んな人に「答え」を渡している人たちは凄いと思います。
これは、嫌味ではなくて、本質的に凄いと思う。
だって、自分の「軸」「視点」「物差し」すべてを決めて
自分の「答え」を導いてる…
特に、その自分の「視点」で
すごい勉強や努力や実践をした結果なんだと思う。
でも、だからこそ軽々しく「信用する」できないかも😅
だって、そういう凄い人たちの磨かれた「視点」で磨かれた「答え」なので…
「視点」が変われば解法も答えも当然変わるという皮肉w
▼おわりに
映画『海の上のピアニスト』(The Legend of 1900)を知ってますか?
めちゃくちゃ好きなんですよね。
船で生まれ育って、船から一度も降りることがなかった天才ピアニストの話です。
主人公、かっこいいんですよ。で、本当に凄いです。
最後に、爆破される船に居座る主人公に親友が会いに行くシーン:
主人公の才能を誰よりも分かってる
彼の一番の親友が言うんです…
船を降りろよ。
一度だけ、一度でいい!
外の世界を見ろ 自分の目で!
一生、海を行ったり来たりして過す気か?
タラップの先には新しい世界がある
行ってみろ。一度でいい!
「なぜ降りない?!降りて世界に往けばいい」と問う親友。
そして──主人公の答えが深すぎます…
陸の人間は “なぜ” ばかり
冬が来ると夏を待ち、夏が来ると冬を恐れる―
だから飽きずに旅に出て
遠い常夏の地を求めてさまよい歩く!
あの大きな町。終わりがなかった。
タラップまではよかった。
さっそうとコートを羽織って。カッコよかった。
降りることは平気だった。それは問題なかった。
僕を止めたものは──
問題は目に映ったものでなく、映らなかったものだ。
“すべてがあった”が、終わりは?
すべてのものに終わりが見えなかった。
世界の終わりが…
ピアノは違う。
鍵盤は端から始まり端で終わる。
鍵盤の数は88と決まっている。
無限ではない。
弾く人間が無限なのだ。
人間の奏でる音楽が無限。そこがいい。
タラップから見えたのは
何千何億という鍵盤だった。
無限に続く鍵盤。
無限の鍵盤で人間が弾ける音楽はない。
ピアノが違う。神のピアノだ。
数えきれない道から一本を選べるか?
陸?── 僕には大きすぎる船だ。
僕は船を降りられない。
なら人生を降りるほかない
狭い世界で問い続けてきた僕には、衝撃的な最期のセリフでした。
でもね、全然悲壮な感じじゃないんですよね。それがまた良い…
“果てしない”人生を歩む者にとって、なんと切なく魅力的なのか!
これは、箱庭で“豊か”に生きた天才の究極に自己完結な人生…
無限の「答え」の呪縛から解放し、
静かな「問い」を渡してくれる──
間違いなく不朽の名作です!
で、「答え」は?
この名作を、「勉強しない(=世界を知ろうとしない)」ための言い訳に使うのは──
それはあまりにも失礼だと思う。ごめんなさい🙇
でも、やっぱり僕にも、
無限の「問い」から「答え」を出すことはできません。
だからこそ、問いを渡してくれた人が「答え」を見つけられるような──
そんな“手助け”ができたらいいな、と思っています。
さて、今日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
この問いが、あなたの新たな“問い”の入り口になれたなら幸いです。
引用作品:
海の上のピアニスト
自由と閉鎖、孤独と人間関係、芸術の価値、選択と運命について問うた名作。「人はどのように生きるべきか」「才能や自由とは何か」について考えさせられる。
記事とのリンク
作中の主人公の言葉を借り、顔のない問いがなぜ「答え」を出せないかにつなげている。
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