178.コバノミツバツツジの命名秘話
前日に「177.日本のツツジの歴史 下」で、「中井猛之進は、中井猛之進、小泉源一著『大日本樹木誌 巻1』1922年において、Rhododendron reticulatum D.Don.の和名としてコバノミツバツツジを採用しました。」と記しました。牧野富太郎がコバノミツバツツジという和名を命名したとサイトに記していた某自治体に確認のために電話をすると、出典不明でした。よって、某自治体とともに、高知県立牧野植物園に初出を教えていただいたからです。

しかし、杉本順一「静岡県産のツツジ属の種類とその分布」1976年を確認すると、Rhododendron reticulatum D.Donの和名は、松村任三が1889年に命名したと記されていました。ちなみにラテン語のreticulatumは網目という意味です。

そこで、杉本論文が引用した松村任三『帝国植物名鑑 下巻 後編』1912 年を確認しました。463-464頁には、後で同種に名づけられたシノニム(異名)のRhododendron rhombicum Miq.に対して、松村任三が和名のコバノミツバツツジを与えていることがわかりました。マキシモビッチがシノニムを命名しました。ラテン語のrhombicumは、菱形の意味です。
分布として、下野の塩原、相模の二子、肥後の五箇荘、肥前の長崎とされている点が疑問です。五箇荘、長崎では、コバノミツバツツジが分布している可能性は少しはありますが、塩原や二子では存在しません。
牧野富太郎が、1904年にコバノミツバツツジの変種を発表し、1891年にはシノニムのRhododendron rhombicumに関して論文を書いたようですが、Nom. Jap.(和名)は空欄でした。
ということで、コバノミツバツツジの学名に和名を対応させたのは、元々属名しかわからない段階でコバノミツバツツジという名称を使っていた松村任三『植物採集便覧』1900年だということになります。ただし、コバノミツバツツジが近畿地方中北部を中心に東海から九州にかけて分布することを正確に捉えておらず、混乱してシノニムを採用したこと、図や説明がないことなどから、命名者として適切かどうかは疑わしいです。

これに対して、中井猛之進は、コバノミツバツツジの図解を記し、下記のように、特徴や分布を的確に解説しています。
「高サ一乃至二間迄ノ灌木、若枝ニ短毛アリ。葉ハ始メ外旋ス、広卵形始メ毛アレドモ後無毛トナル又ハ裏面主脈上ニノミ少シク毛ヲ残す。縁ニハ微小ノ鋸歯アルヲ常トス。花梗ハ短ク褐毛アリ。萼片ハ極メテ短ク褐毛ト微小ノ腺トアリ。花冠ハ直径三珊許、紅紫色、列片ハ卵形、縁ハ波状ヲナス。雄蕊ハ十本、無毛ナリ。葯ハ黄色、花柱モ無毛、果実ニハ褐毛多く、多少曲ル、長サ一珊許。対馬(宝満山、御岳)。九州(大隅、霧島山。肥前、黒神山)。四国(土佐、矢筈山)。本島(長門、小月。周防、小郡。備中、川上郡天神山、倉敷。美作、湯郷。但馬、八田村。安芸、宮島。摂津、有馬。和泉、槇ノ尾。山城、鷲峯山)二産シ日本特産ナリ。」
樹高1.8~2.6mの灌木で、若枝に短毛がある。葉は、外に展開し、広卵形となり、最初は毛があるが、後に毛はなくなるか裏に一部に残り、小さな鋸歯がある。花柄は短く褐色の毛がある。萼は極めて短く、褐色の毛と微細な腺がある。花弁は直径3cm程度で紅紫色、花弁の先は卵形で、波形にうねる。雄しべは10本で毛はなく、役は黄色、花柱も毛はない。果実は褐色の毛が多くて多少曲り1cm程度である。このように種の特徴を、今日の植物図鑑と同様に正確に記述しています。

本州と対馬のコバノミツバツツジの分布は正確だと言えます。



ただし、九州、四国では、今日では別種とされるキリシマミツバツツジ、トサノミツバツツジ、ヒゼンミツバツツジも、コバノミツバツツジに含めているようです。
種を十分に特定しない中で松村任三がコバノミツバツツジの名を使い始めたことは事実ですが、高知県立牧野植物園の職員に教えていただいたように、実質的には中井猛之進がコバノミツバツツジの和名を命名したと言えるでしょう。
参考文献
杉本順一「静岡県産のツツジ属の種類とその分布」1976 Nat. Hist. Tolai Dist. No.2
松村任三『帝国植物名鑑 下巻 後編』1912 丸善
中井猛之進、小泉源一『大日本樹木誌 巻1』1922 成美堂書店
