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177.日本のツツジの歴史 下

 江戸時代は、オランダとの交易で、多くの植物の書籍、植物標本、苗木が、ケンペル、ツンベルク、シーボルト、フォーチュンなどによってヨーロッパに持ち帰られました。これらの資料をもとに、日本のツツジにも学名が与えられます。
 コバノミツバツツジの学名のRhododendron reticulatum D.Don.を1834年に命名したのは、デイヴィッド・ドンです。彼は1836~1841年までロンドン大学キングス・カレッジで植物学の教授を務め、1822~1841年までロンドンのリンネ協会の司書を務めました。
 ホンミツバツツジの学名のRhododendron dilatatum Miq.を1864年に命名したのは、フリードリッヒ・アントン・ヴィルヘルム・ミクェルです。

 シーボルトと交流があった医師・本草学者であり、学名による体系的な分類を行うリンネが始めた近代植物学を、日本に導入したのが伊藤圭介です。伊藤は、東京帝国大学の員外教授(定員外の客員教授のこと)となり、日本で最初の理学博士となりました。伊藤は、晩年の1893~1897年に、『錦窠きんか植物図説』を記し、その中に「躑躅譜」があります。『錦窠きんか植物図説』は、手書きの原著があるが出版はされておらず、全体を整理して体系的に記したのではなく、書き散らしを寄せ集めた研究メモと言えます。ミツバツツジの図版は6枚残されており、特徴的な4枚を紹介します。

錦窠きんか植物図説』「躑躅譜」のミツバツツジの花と葉 名古屋大学図書館より

 「ミツバツヽジニシテ花色深紫也」、つまりミツバツツジの花は深紫色と記されています。ただ、「ヤケヤマツヽジ」は、別名なのかどうかはわかりません。焼け山、つまり山火事があった山や、火入れをする山に、ミツバツツジ類、特にコバノミツバツツジは、先駆植物として生える事実があります。
 『錦窠きんか植物図説』には、「三ツ葉ツツジ:一名イハツヽシ〈河内天野〉。ミネツヽシ〈紀州大熊〉。冬葉脱ス。春茎頭三葉互生ス。末尖すえとがり半濶なかばゆるく本窄もとすぼむ。ツヽシノ葉ヨリ薄ク淡緑色。花ハツヽシニ同シテ紅色淡紅色アリ。」「イハツツジ:深山ニ自生ス。衆ノ躑躅ニ先立ツテ咲。花紫色。大サ、モチツツジニ似タリ。」のような記述があります。
 訳すと、次のようになります。ミツバツツジは、河内長野市の天野などでは「岩つつじ」、田辺市龍神の大熊では「峰つつじ」と呼ばれました。葉は、落葉三輪生で、葉の先端は尖り、付け根はすぼんで、中央部は緩やかとなり、標準的なツツジの葉と比べると薄くて淡い緑色で、標準的なツツジ色である濃淡のある紅色です。この「岩つつじ」は、山中に自生して、他の多くのツツジよりも先に咲いて、花は紫色で、花の大きさはモチツツジと同様の径4cmです。

錦窠きんか植物図説』「躑躅譜」のミツバツツジの葉 その1 名古屋大学図書館より

 この図には、Rhododendron dilatatum Miq.というラテン語の学名が記されている点が、先駆的です。この図は、葉拓ではないかと考えられます。石碑の拓本や、魚の魚拓と同様に、写し取っていると思われます。葉の上に和紙を置いて、当時の鉛筆のような黒鉛で上から擦った乾拓かんたくだと思われます。

錦窠きんか植物図説』「躑躅譜」のバツツジの葉 その2 名古屋大学図書館より

 この図は、葉に墨汁を薄く塗りつけて、版画を押し付けるようにして写し取った湿拓しつたくではないかと考えられます。

錦窠きんか植物図説』「躑躅譜」の大ミツバツツジの花と葉 名古屋大学図書館より

 この図は、直接絵筆をとった肉筆画です。
 紀州牟岐郡むろぐんには、大小のミツバツツジがあると記されています。また別の個所に「一種大葉ミツバツヽジアリ。深山樹林ニ生ス。列樹ノ梢ニ葉出ス。ミツバツヽジニ同シテ柿葉ノ如シ。花ハ山茶さざんかノ大ニシテ淡紫色也。」という記述もあります。訳すと、葉が大きなミツバツツジの種類は、山奥の樹林内に生えて、他の樹木の間に枝を伸ばして葉を出します。葉は、カキの葉のように、一般的な横が丸まった菱形です。花はサザンカと同じ径5~6cmほどで、淡い紫色です。
 小はトサノミツバツツジあるいはコバノミツバツツジと判断され、この白花は、希少なので、尾張藩の2代目当主に献上されたことが記されています。

オンツツジ

 種の分布から、大とされるミツバツツジはオンツツジだと考えられます。オンツツジは、花が朱色あるいは紅紫で径が5~6cm、葉は7~8cm、樹高が5mと、他のミツバツツジに比べて大きいです。また、葉の展開と開花が同時に起こります。

 さて、明治になると、漢方の本草学(薬草学)から脱皮して、近代植物学が発展します。国内の植物を、ラテン語の属と種で表す学名に対応させるとともに、標準和名を選択あるいは命名します。

『日本植物名彙』のミツバツツジの和名 国立国会図書館より

 松村任三は、矢田部良吉閲・松村任三編纂『日本植物名彙』1884年でRhododendron dilatatum Miq.の和名としてミツバツツジを採用しました。

『植物採集便覧』のミツバツツジ(イチバンツツジ)とコバノミツバツツジ 国立国会図書館より

 さらに松村任三は、『植物採集便覧』1900年において、秩父の山の樹木としてRhododendron属(ツツジ属)の一種としてコバノミツバツツジの和名を用いました。コバノミツバツツジは、和名として初出ですが、秩父には自生していません。他のツツジ属とともにRhododendronという属名ですが、種名は記されていません。

 中井猛之進は、中井猛之進、小泉源一著『大日本樹木誌 巻1』1922年において、Rhododendron reticulatum D.Don.の和名としてコバノミツバツツジを採用しました。

 コバノミツバツツジの名前の変化は、以下のようにまとめられます。時代が下ると多くのツツジが紹介され、畿内の山野に一般的に見られた「岩つつじ」がどのツツジに当たるのかわからなくなり、室町時代に京都中心の立花・華道の世界で、葉を見ればすぐに確認できるミツバツツジの名称が与えられました。しかし、江戸が園芸ツツジの作出の中心になると、主にホンミツバツツジがミツバツツジと呼ばれるようになりました。そして、1900年に松村任三が、コバノミツバツツジでなく、ホンミツバツツジをミツバツツジの和名に採用したのです。野生ツツジの代表種のコバノミツバツツジは、名前を2度も奪われたのです。

 ミツバツツジという和名は、各種のミツバツツジ類を指すのか、ホンミツバツツジの種のみを指すのか混乱しているので、南谷忠志はRhododendron dilatatum Miq.の和名をホンミツバツツジに改称することを2018年の『植物研究雑誌』の論文で提唱しました。

 全国には、コバノミツバツツジ、ホンミツバツツジ、ハヤトミツバツツジにほれ込だ何十人もの愛好家が、お互いに連絡を取ることなく、群生地を生み出しています。

正太寺のホンミツバツツジの群生

 静岡県湖西市の正太寺や埼玉県越生町黒山の三つ葉つつじ園のホンミツバツツジは、山取をして移植しました。正太寺では、1933年にシイやマツが枯れたときに、88ヵ所巡りを作るのに合わせて、山取りをしたミツバツツジを植えました。

鶴田の岩つつじ山のハヤトミツバツツジの群生

 鹿児島県さつま町鶴田の岩つつじ山では、上埜富雄さんが1974年から、周りの土地を買い足した1haの敷地に、種から育てて植えたハヤトミツバツツジが6000株群生しています。ハヤトミツバツツジは、山取りできる自生が少なく、希少だったからです。

古瀬間御嶽のコバノミツバツツジの群生地

 これに対して、繁殖力の旺盛なコバノミツバツツジでは、鬱蒼と茂っていた常緑樹、高木を伐採することで、林内に自生している苗に光を当てて、群生地をつくっている例が数十ヵ所もあります。中でも、愛知県豊田市の古瀬間御嶽は、4haと最も規模が大きいです。2003年から下村金松さんが一人で、雑木で覆われた山伐採して、一面に咲き誇るコバノミツバツツジの丘を、毎年面積を広げて生み出しました。古瀬間御嶽では、1株もコバノミツバツツジを植えておらず、すべて自生です。ヘッダー写真が空撮です。

 都道府県・市区町村が選ぶ花や木として、最も多いのが333自治体で選ばれているツツジです。85のサツキ、46のシャクナゲまでのツツジ属の植物を入れると、464自治体になります。これに対して、サクラは251自治体、マツは197自治体です。この中で、方言も含めてコバノミツバツツジだけを選んでいるのは8自治体で、コバノミツバツツジを主眼に選んでいると判断できる自治体はその倍ぐらいです。ホンミツバツツジを含むミツバツツジ類を選んでいるのは16自治体で、ミツバツツジ類を主眼に選んでいると判断できるのは同じくその倍ぐらいです。
 このことから、ツツジ属を選んでいる自治体は、全体の1/4を超えており、その中でミツバツツジ類に特化している自治体は全体の3%近くあるのです。ツツジは誰でも知っている名の花木で、さほど意識していなくても日常的に身近な存在であです。一方、ミツバツツジ類は、園芸ツツジと違うので一般的によくは知らなくても、野生種のツツジの中で特定の愛好者がいるのです。『出雲国風土記』『万葉集』以来、今日に至るまで、ミツバツツジ類であり、とりわけ群生しやすいコバノミツバツツジについて、ツツジ守の伝統が継承されてきたのです。

伊藤圭介『錦窠きんか植物図説』1893~1897年に著述 未出版
矢田部良吉閲・松村任三編纂『日本植物名彙』1884
松村任三『植物採集便覧』1900
中井猛之進、小泉源一『大日本植物誌 巻1』1922
南谷忠志、門田裕一、米倉浩司「日本産ミツバツツジ類(ツツジ科)の分類(1)」『植物研究雑誌』第93巻第2号、2018年4月、75–103頁、ツムラ


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