私の中の「バグ」。旅行と生活は、まったく別物じゃないか?|ノマドとグレーな海外移住
こんにちは、オアハカ在住のさるです。
前回、「若いうちに海外へ行け」という言葉に潜む、自分の「違和感」について書いた。人生のタイミングに早いも遅いもない。
今回は、その“入口”みたいなものを考えてみたくなった。
日本から海外へ住むという生き方を考えたときに無視できない点も書いてみた。
私が、誰かにそれがダメだとは言っていない点は理解して欲しい。
ただ、私にはそう見えてしまう、というだけの話です。
旅に興味あるか、ないか。人それぞれ。
パンデミックの時代、「どこでも働ける」という幻想が一気に拡張された。
それに続いて、「海外でも生活できる」という言葉が、気軽に消費され始めている感じがする。
旅行の延長で仕事と生活を手に入れたい!
そう思う気持ち、わからなくもない…
…ごめん。嘘です。
わかりません。笑
私、海外旅行や海外に興味なく生きてきました。
世界は広い。
でも私は、知らないことを広く知りたいタイプじゃなくて、興味あることを深く掘るタイプ。
メキシコにはまって、何度も訪問し、オアハカに移住する前の海外旅行経験は、
社員旅行のグアムあれ?サイパンか?(強制参加)と、
妹と友達の3人で行ったオーストラリア・ケアンズ。
以上!って感じ。笑
でも、メキシコを知ったことがきっかけで
「生活の拠点」をオアハカにした。
私は、「旅」ではなく、「生活」を選んだ。
なので、
メキシコの移民手続きはちゃんとした。
大好きな国のルールは守る!当たり前のことだけど。
自力でビザの手続きをし、仕事を立ち上げ、税金を払い。
当時の就労ビザFM3から5年目に永住権に切り替わった。
ぶっちゃけ、今でもオアハカから近隣諸国への旅行。
メキシコ国内旅行もほぼ行ってない。
でも、偏愛がひどいので。
推しプロレスラーがメキシコで試合する。
アメリカで試合するときは、遠方まで足を延ばした。
しかし、アメリカで試合があっても
試合メインで旅程を組むので、
前日の夜到着、
試合観戦、
試合後の深夜か翌日早朝にオアハカへ戻る。
せっかくラスベガスまで行っても、観光もしない。
ホテルで1日を過ごし、
近くのウォルマートに買い出しに行った記憶しかない。笑

HIROMU TAKAHASHI
ノマドという言葉。
すでに、人生の色々を経験してきた私なので、書くことはどうしても「祖父母目線」になりがちなのは許してほしい。
旅行や海外に興味がない人間が書いてるので、この記事はかなり偏ってると思う。
こじらせている人の「自論」くらいで読んでほしい。笑
ノマドって言葉を初めて聞いたのは、たぶん
子どもの頃、スズキ・エスクードのCM
1990年代の「どこへでも行ける」系の空気。
なぜか記憶の中では、「お元気ですかー?」みたいな声と混ざってる。
※ちなみに、それは記憶違いらしい。
グレーな滞在と、自分を守る「盾」
あの、記事のあと「デジタル・ノマド」という言葉について、少し調べてみて、現在は色々な国が「ノマド」取り込み作戦をしていると知った。
でも、ノマドビザって意外と条件が厳しいなぁと感じた。
しかも滞在期間もそんなに長くない国が多い。
そして、永住に結びつく国もいくつかあったけど。
日本人として日本の強いパスポートを持っているのなら…
観光として国を訪問し、
滞在中に「ノマド」として生活も可能。
やること同じなら、ビザいらなくない?って思ってる人、多くない?
特にメキシコは、
観光ビザで最長180日滞在可能。
いままで、たくさんのグレーな人達を見てきた。
そして、観光ビザで入国しているのに、暗に現地で仕事をして
「移住」と言い切る人には、いまだに強い違和感がある。
私は、人生で忘れちゃいけないのは「義務」と「権利」だと思っている。
ビザ、税金、滞在の条件。
海外で生活するというのは、自由に見えて、土台をちゃんとすること。
義務を果たした上で、初めて「その場所で生活する権利」が成立すると思うし、ルールをちゃんと守っていれば、海外で自分を守る「盾」になる。
最近は、観光ビザで何度も短期間に入出国すると、移民局に目を付けらると聞くし、ルールを守ってない人は国だって守ってはくれない。
「お祭り」は毎日続けられない
そもそも「旅行」と「生活」って、完全に真逆のものじゃない?
そこに、私の中で「バグ」みたいな違和感がある。
旅行が楽しいのは、
それが日常とは違う「非日常」だから。
面倒な人間関係も、
仕事も関係ない楽しむための「点」の体験でしょ。
それをそのまま「生活(日常)」にスライドさせるっていうのは、
毎日朝から晩までお祭りをやるようなものじゃないか。
そんなの、数ヶ月は楽しくても、
いつか疲れてくると思う。
疲れるというよりも、
刺激や楽しさが物足りなくなるんじゃないか。
感覚として、そっちの方が怖い。
生活は、日々の生活を積み重ねた「線」の継続だと思う。
本来のノマド(遊牧民)は、ただ自由に移動するのではなく、季節や家畜のために移動する生活の合理性がベースにある。
自由を求めたんじゃなく、その土地で生きるための最適化だったはずだ。
そう考えたときに、私の脳裏をよぎったのは
日本のデジタルノマド勢ではなく
リタイアした欧米裕福層。
寒さからオアハカへ半年住み。
暖かくなったら自分の国に帰る人達だった。
訪問した土地を「アクセサリー」にしている人たち
これまで、「旅系インフルエンサー」や「ノマド界隈」に対して、私はものすごい違和感と拒否反応を抱いていた。
で、今回「じゃあ、具体的に誰が苦手なんだろう」と指を折って数えてみたら、せいぜい5人くらいしか思い浮かばなかった。
誤解がないように言う。
ただの旅行者ではなく、インフルエンサーだよ。
主語を大きくしすぎていた。
そこはマジでごめんね。
キラキラ系が理解できない中、
「あれはエンタメ」だと言っていたフォロワーさんがいた。
なるほど。
ただ、メキシコ偏愛目線から、
エンタメで笑ってスルーできないタイプが2つある。
メキシコを危ない国と決めつけて、
旅の武勇伝を語り収入を得る系。
視聴率稼ぎ?
やっていることオールドメディアと一緒じゃん。
もうひとつは、
オアハカや、現地の職人さんを動画や写真に登場させ、
それをネタにする「キラキラの私」系。
その土地に対するリスペクトが薄いのが透けて見える。
自分が主役なのか、
その土地が主役なのか。
そんなの、見ればなんとなく伝わる。
でも、私の場合は「なんとなく」じゃなくて、「強烈なにおい」として受け取ってしまうことがある。
だって投稿の収益はインフルエンサーの懐に入り、ネタにされた職人さんや一緒に写真に写っている現地の人には1ペソも入らないのでは?
「それって、ただの搾取じゃない?」と思ってしまうのだ。
我ながら面倒くさい人だ、と感じる。
彼らにとって、私が愛する場所は、
自分を輝かせるための
「映える背景」や「コンテンツ」に過ぎない。
現地の文化や手仕事が
発信者の「キラキラ承認欲求+収益やフォロワー獲得」で消費されると、「それは、なんか違うだろ?」と強烈に感じる。
自分のレンズが外に向いている私と
中の自分に向いているインフルエンサーとの違いかもしれない。
オアハカで長く
手仕事で生計をたてている職人さんや
観光業に関わり、
ルチャ・リブレの一瞬の躍動感や、
村の祭りや伝統を追い続けている。
ここで生活するために
職人さんの作ったものを一緒に販売し
現地を案内して収入を得ている。
販売するにあたり、
私のキラキラな自撮り(みんな興味ないだろうし。笑)や、ちょっとした、同情をあおる苦労話しなんかよりも
職人さんにガチフォーカスし、
作品の良さを伝えることが最優先と考えている。
真面目に地味。
現地の人に受け入れてもらえるようになるまで、時間をかけて人間関係を作ってきて、今がある。
土地を「消費」する旅と、
土地に「蓄積」していく生活は、
全然ちがう。
「美味しいところ取り」をして
次の国へ飛んでいく旅系インフルエンサー。
自由はいいけど。
どこまで行っても「外国から来たお客様」のように見える。
自由にコストはつきものか?
「どこでも働ける」「縛られない」という自由は魅力的だけど、
それが“期間限定の状態”の人は多いと思う。
旅をしながらの生活。その先は?
自分なりに将来設計はできる人もいると思うので、余計なお世話ではある。笑
でも将来、どこかで日本の社会に戻るとしたら、そのギャップは意外と本人にとって小さくない気がする。
海外経験はキャリアになると言われていた時代もあるけれど、
今はそう単純でもない。
長い海外放浪から日本に戻って、うまく馴染めずに苦労している人も何人か見てきた。
心の中で勝手に「海外後遺症」と呼んでしまっている。
「自由」と「就職」
「旅」と「生活」は、完全に真逆のものに感じる。
ある意味、コントロールが難しい部分ではないだろうか?
「海外移住」という言葉の曖昧化
昔の「海外移住」はもっと重かった気がする。
就職、ビザ、税金、生活基盤。
それが揃って初めて成立する言葉だった。
でも今は、
ノマド
二拠点生活
長期滞在
観光ビザ延長
全部が「移住」と呼ばれることもある。
結果として、「海外移住」という言葉そのものがかなり曖昧に、軽くなっているんじゃないか?って感じる。
それでも、今を生きるのは自由だし
ここまでいろいろ書いたけれど、旅を楽しむことも、ノマドとして生きることもありだとは思う。
ただその自由がどこまで続くのか、
その先に何を残すのかは、
どこかで必ず自分が向き合う問題。
ズレは静かに効いてくるかもしれない。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
思わずそう声をかけたくなるような人たちを、この地でたくさん見てきた。
今回の記事を書こうと思った理由も、そこにある。
最後に
すべてのノマドと旅人へ、
ぶえん・びあへっ。
そしてこの話は、まだ続きます。笑
▼私がメキシコに沼って移住して見えたもの
▼メキシコに住むなら英語よりスペイン語だよ
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