ほうれんそう(報連相)を徹底したら、仕事の意義がなくなった
最近、僕の職場は成長期を迎えていることから、社内の変化が激しく退職者が頻出している状況にある。(年中こんな感じな気もするが)
そういう時に組織によっては基本的なことが疎かになり、重大なクレームを受けたり危機的なリスクが発生したりするものだ。僕が最近担当するようになったエリアがまさにそういった状況のようで、何かリスクが生じてもリアルタイムにその情報が僕や上層部まであがってこないことが多い。
これに危機感を覚えた部長から「あらためて、ほうれんそう(報連相)を徹底すること」という指示が出るようになった。「ほうれんそう(報連相)」は、職場での円滑なコミュニケーションのための基本行動で、「報告・連絡・相談」の頭文字をとったものだ。業務の進捗や問題点を上司や同僚と共有し、適切な判断や対応を促すことを目的としている。
そのため、僕も管轄するエリアにおける情報を、いつも以上に徹底して報告であげるようにしている。
しかし、今は担当している範囲も広くなったこともあり、まず報告すべき事象を集めることに結構な時間が掛かる。そしてそれらをまとめ、売上に関わる数値は計算し、上司が見やすいフォーマットにまとめ…とやっていると気づいたら夜も遅くなっていることが多い。
これら情報収集や報告をシステムやAIが全て行ってくれることが効率的な職場の在り方なのかもしれないが、そんな制度設計ができていない職場なのだから人が手を動かしてやるしかない。
これを毎日繰り返していると、自分自身は仕事において何も価値を生み出していない感覚に陥ってくる。顧客と接してサービスの魅力を説いて提案し、契約を結んで売り上げを生み出したり、企画から設計を通じてプロダクトやコンテンツを開発したり、そういったクリエイティブな営みから一歩離れてしまっている気がする。
そして皮肉なことに、こうして仕事の意義を感じない作業をしている今の方が給料は高い。現場で売上を生み出していた時は給料が安かった。
ほうれんそう(報連相)が徹底されていない組織は危険だということはよく理解できる。だが、健全な組織で在るために労働者側が仕事の意義を感じづらくなるのは悲しいことだ。
とはいえ、解決策は思い浮かばない。多くを求めず、粛々と報告を続けることとしよう。
