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何者かにならないことにする

時代が経るにつれて日本社会では集団への忠誠よりも個人の価値観が尊重されるようになり、ナンバーワンよりもオンリーワンを目指す人が増えてきている様子です。

若者が「何者かになろうとする」という現象も多いようで、個人が尊重される時代においても、まだまだ時代を生き抜くことには試行錯誤が続いているように見えます。

「何者かになりたい」という現象は、20代男女の「なりたい職業ランキング」においてインフルエンサーが上位にランクインするようになってから顕在化しました。「好きなことをして生きていきたい」と考える若者が増えたということです。

確かに現代は会社に属さなくともインターネットを駆使して仕事をすれば、好きなことをして食べていくことが可能な時代です。

もちろん昔もそういう人はいましたが、ごく一部の才能と野心に溢れた人だけが実現していたに過ぎませんでした。それがここ数十年を経て、誰しもがチャンスを持つ時代になったのです。

しかし、好きなことをして生きていく手段こそ民主化されましたが、その難易度が簡単になったわけではありません。YouTuberもインスタグラマーもブロガーも、実は相当な努力をしながら日々の再生数やPV数を稼ぐべく活動しています。

そんな厳しい市場環境のなか「自分は何者か」「好きなことは何か」「やりたいことが見つからない」といったように、自分と向き合って悩んでいる期間は非常に窮屈で苦しい状況になります。悩んでいる間に競合はどんどんとPV数を稼いで、埋めることのできない差をつけられてしまうでしょう。

自由でいられる反面、全世界の競合に会社に属さず立ち向かう必要があるという、厳しい事実もあるのです。

僕も学生の頃は自分が好きなことをして生きていきたいという思いを強く持っていました。音楽が好きでバンドを組んでいたので、何とかして音楽に関わる仕事ができないか考えていた時期があります。

ビートルズをはじめとした60年代のロックに傾倒していった頃に、より深く音楽を探求するため50年代アメリカのブルースやジャズを聴くようになります。そして、それらの演奏をコピーして練習し、ミュージシャンの経歴なども調べて勉強をし続けていました。

そうしていると、彼らの経歴が壮絶なものであったことを知ります。

ブルースやジャズはアメリカの黒人たちが生み出した音楽ですが、当時のアメリカは黒人への差別が当然の様に行われていた時代でした。黒人ミュージシャンたちは日頃の差別に屈しそうになりながら、自分たちで紡いだブルースやジャズを心の糧にして音楽を生活に取り込んでいます。

こういった原体験がブルースやジャズの演奏に刻み込まれており、それが独特の空気感を醸成しているのが黒人音楽の魅力です。人種差別の経験に乏しい日本人が聞いても何となくグッとくるものを感じる音楽なのです。

学生の頃の僕は、経済大国であり治安も良い日本社会で学生生活を送り「好きなことをして生きていきたいなぁ」と夢想しながら、ポカンと口を空けた空虚な表情で、これらの音楽をコピーして演奏していました。

その演奏はコピーこそしっかりできていても、あまりにも説得力のないお粗末なものだったに違いありません。のほほんと危機感なく暮らしている若者が黒人音楽を演奏しても、あまりにも薄っぺらいものになっていたことに気づきます。

この気づきを経て、好きなことをして生きていくにも、そもそも自分が何も人生経験を積んでいないことを痛感し、まずは黙って会社員として働く決断をしました。

「何者かになる」には人生経験が足りなかったのです。

しかし、その後、会社員となってからは病気を経験し生死を彷徨う経験もしました。退職して社会復帰することが困難だった経験から、社会課題についての関心も増し、経済学の勉強も始めました。

会社員として何とか生き続けていくことで、少しずつ人生経験は蓄積され、学びも増えていきました。僕が「何者かになる」には、もう少し時間を掛ける必要がありそうです。

医療の発展で人間の平均寿命は更に延びていく傾向にあります。人生は長いので、急いで何者かになろうとしなくても良いと思います。

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