丸亀製麺の常連になった私が求めているのはうどんではない、のかもしれない。
──丸亀製麺のTさんに捧ぐ。
夫が単身赴任になって3年が経つ。
1人で男児3人の食事を毎日作り続けることは、母として一番の喜び……なんて言えるほど私は出来た母ではない。
楽がしたい。
毎日毎日スーパーに行って料理して片付ける日々の中に、サボっていい日が欲しい。
ちなみにうちの夫は結婚して15年経った今も「600ワットで3分ってどうやるの?」とか「海苔ってどこにあるの?」などと聞いてくる。キッチンは夫にとってはいつまでも他所様のお宅で、その場所に自分が立つことを想像できないらしい。だから土日の料理担当も必然的に私になる。
楽がしたい。
20年前は恋がしたいと叫んでいたけれど、今はとにかく楽がしたい。
そんな私が丸亀製麺に通い始めたのは今から2年前。三男が1歳を過ぎた頃のことだ。
毎週水曜日、二男のサッカー教室がある。
まだ歩けない三男を抱え、暑い日も寒い日もコートの横でサッカーの練習を見守ってきた。終わるのは16時過ぎ。すでに見る方の体力が限界で、それから夕飯づくりをするほど私の体力は残されていなかった。
──そうだ、丸亀製麺に行こう。
丸亀製麺は子連れに優しいようで優しくないようで、やっぱり優しい。子ども用のイスがあり、座敷があり、うどんカッター(うどんを細かく刻むための道具)が常備されている。さらに子どもには棒つきの飴ちゃんをくれる。子連れに優しい。だから休日には家族5人で出かけることもあった。
しかし丸亀製麺が子連れに優しいようで優しくないのは、うどんは自分で運ばなくてはならない点だった。
サッカー終わりの16時30分。丸亀製麺まで車を走らせた。着いてはみたものの、駐車場で考える。
イケるか……?
小学3年生、年長、1歳児を1人で連れてうどんを注文し、運ぶ過程を想像する。
ワンオペ丸亀製麺はイケなくないか……?
迷う。手が足りない気がする。
しかし長男はもう手としては十分な役割を発揮するはずだし、三男はおんぶしてればなんとかなる、気がする。よし。いこう……!
後部座席の子ども達を見る。
「今からメニューを決めておこう。天ぷらは1人1つ。お店では騒がない。おーけい?」
このミッションが成功するか否かで、今後の丸亀ライフが変わる。失敗すれば2度とこの店に顔を出せないかもしれない。そのくらいの覚悟だった。
外食+飴ちゃん効果で子ども達の目が輝いている。若干テンションが高いのが怖い。テンションが上がり過ぎると突き抜けて予想外の動きをするのが子どもというもの。ここはひとつ冷静にお願いしたい。
いざっ!
背中に三男をおぶり、長男二男と両手をつないてアルマゲドンよろしく入口へと向かう。私の二の腕はブルースウイルスのように硬く太く盛り上がっている。これは私の勲章だ。いらんけど。
店内にお他の客さんはほぼいない。私はトレイを取り出し、手早く釜揚げの得サイズを注文すると、サーッと天ぷらコーナーにお盆をスライドさせた。
うどんつゆが4人分のったお盆は長男がサーッと流してくれた。
天ぷらをのせたお盆は二男に任せたらサーッとレジまで到着することができた。なんという流れ。素晴らしい。ここまでは完璧すぎるほど完璧だ。
お会計をピッと済ませ、座敷に向かうことにする。
──勝負はここからだ。
サーッと流せない。座敷までは持ち上げて運ぶしかない。釜揚げうどんは私が持つとして……さすがにそれ以外のお盆を子ども達に持たせるのはまだ心配である。とくに二男。皿ごと床にサーッて落とす未来が見える。予知能力、危機回避能力と言ってもいい。いや、能力使わず普通に考えても幼稚園児に任せるには荷が重い。
そんな私の一瞬の戸惑いを逃さなかったのが、店員のTさんである。
「これ運んじゃいますね!」
とてもにこやかに、サーッとした動きで天ぷらののったお盆と、ついでにつゆののったお盆も座敷に運んでくださった。
「すみません……!ありがとうございました。」
と御礼を言っている間にも、Tさんは子ども達に話しかけたり飴を渡したりしてくれた。
終始ぺこぺこしながら、その日は終始楽しく夕食をとることができた。嬉しかった。うどんは美味しかったし天ぷらもサクサクで、幸せを感じる。
ただ、お店の人に手伝ってもらわないと座敷まで来れない、という事実は私をいくばくか落ち込ませた。うまくいったらまた来たいと思ったけれど、セルフサービスのお店で店員さんの手を借りないと食事ができないのなら、次に私が丸亀製麺に来る時は「店員さんに運んでもらうこと」をアテにしているということになる。
食後の飴を舐める子ども達を横目に、今日だけ特別だったと思うことにして皿を片付ける。
そこにTさんがやって来て、テーブルを拭きながら話しはじめた。
「三人目も男の子?」
「あ、そうです。色々ご迷惑をおかけしました。」
「いいのよ! おかあさん、えらいよ。一人でよく来たね!頑張ってるね!実はね、二男くんとうちの子、同じチーム通ってたんだよ。ユニフォーム見てすぐ分かった。うちの子はもう成人したけどね、かわいいなぁ懐かしいなって思いながら見させてもらってたんだよ。」
「そうだったんですか……!」
「お兄ちゃん手伝ってくれて優しいね!二男くんのユニフォームよく似合ってる!かっこいいね!三男くんかわいいね。おかあさん、えらい!」
Tさんは、おおよそ持っている褒め言葉の全てと言っていいほどの、温かいシャワーを私に投げかけてくれた。
「いつでも食べに来なよ!」最後にそう言い残して、Tさんはレジの方へと戻っていった。
それはもしかして地域によっては、そして文面だけでは「『もう来んなよ?』って意味だよ」なんて人によっては言うかも知れないけれど、Tさんの言葉は本物だった。
Tさんの背中こそブルースウィルスみたいで、うっかり涙ぐんで鼻を啜った音は、他のお客さんのうどんを啜る音と溶けて消えた。
それから──。
少し期間をおいて、子ども達の1つ学年が上がるのを待って再び丸亀製麺に訪れるようになった。
Tさんは水曜16時30分にいつもお店にいて、私たちが来訪すると笑顔で出迎えてくれる。
「今日は雨の中サッカーしたきたの!?」
「お兄ちゃん、今日もありがとね!」
「三男くん、ママにくっついてえらいね!」
「お母さん、これからお風呂?もう一踏ん張りだね!がんばれ!!」
いつも温かい言葉と、温かいうどんで私たちを大きく包み込んでくれる。
ワンオペで三兄弟を連れて行ける外食店なんてほとんどない。Tさんのいる丸亀製麺だけだ。
月に1度、丸亀製麺の扉を開ける時。
それはうどんが食べたい時じゃなくて、Tさんに会いたい時。「がんばってるね!」って褒められたい時なのかもしれない。
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