見出し画像

ギャル、家訓に穴を開ける

 私の耳たぶには三つの穴がある。
 一つはピアッサーで開けた穴、一つは安全ピンで開けた穴、一つは家訓に開けた穴である。

 一番はじめに開けた穴は安全ピンだった。雑にこじ開けたもんだから斜めに曲がっている。こんなことなら最初からピアッサーを使えばよかったのに、私は一体どうして安全ピンなんか使ったのか。

 今では特別な用事がある日だけピアスを通す。鈍い痛みに触れるたび、あの頃の自分を思い出す。



 思い返せば、物心ついた時にはレースのひらひらした靴下を履いていた。

 母から「あなたはお嬢様なんだから」とよく叱られていたから、そうか私はお嬢様なのかと無条件に思い込んでいた節もある。

 だから、靴は美しく揃えなさい。足を開いてしゃがむなんてはしたない。誰が見てるか分からないんだから……。

 ──お嬢様ってめんどくさい!
 次第にそう思うようになった。きょうだい達に比べて私だけがいつも叱られていると感じていたけれど、今思うと人として当然のことばかりだったように思う。それなのに私は、自分が"お嬢様だから"叱られるのだと盛大に勘違いをした。

 着せられた衣装は窮屈で動きにくい。ピアノ教室もお花のお稽古もお尻がモゾモゾしてつまらない。早く駄菓子屋に行って爆竹を破裂させて遊びたい。

 着ているものと中身のズレを気持ち悪く感じはじめた小学生の頃だった。平成ギャルが時代を席巻したのは。

 おしとやかとは正反対の、媚びない曲げない強い女子。キリッとした細眉は強いものへの抵抗、明るい髪は規則への反抗に見えた。いつだって楽しそうに笑っている厚底ルーズソックスの集団が眩しくて仕方がない。

 こっちだ。
 私はお嬢様じゃなくて、ギャルの方が似合ってる。大雑把な性格も、じっとしていられないところも、楽しければいいって感じも。それに、ギャルになれば親の小言どころか理不尽な大人も撃退できるかもしれない。もしもギャルだったら、嫌な時はハッキリ「イヤ」と言えるのかもしれない。もとい、ギャルだったら不条理な目には遭わないのかもしれない。 

 決めた。私は絶対ギャルになる。
 幼かった私はギャルに夢を見た。



 ギャルになるために校則の緩い高校に進学した、というと聞こえはいいが、そこしか入れなかったというのが正直な話。入学式の日、校舎の上からは何トーンも髪が明るい先輩たちが品定めするように新入生を見下ろしていた。中学の時からピアスの穴だらけで、私を階段から突き落とした先輩も同じ高校だった。その先輩を見つけた瞬間、目を伏せて自分のルーズソックスを見た。

 ルーズの長さはまだ90cm。理想のギャル像に比べてボリュームは少なめ。肌は白いしピアスも開いていない。何より、ギャルが身体に馴染んでいない。

 でも大丈夫。これからこれから。いつかあのいじわるな先輩の目を見て中指を突き立ててベーってやるぐらい、できるようになるはず。だって私はギャルだもの。

 両親は私が多少派手になることには目をつぶった。優秀なきょうだい達と違って、私にだけ中学受験を勧めなかった時、「あなたはあなたの好きなことを見つけられたらそれでいい」と言った。勉強が全てではないからね、と。それはきっと"どんな私でもいい"という意味合いだったはずだけれど、その時の私はそれを諦めと捉えてしまった。自分だけどこか違うことに、自分が一番気づいてもいた。

 両親は付け加える。「大体のことは好きにしていい。その代わりピアスだけは絶対に開けてはならない」と。それだけは妙に強く言い聞かせられたことを覚えている。


 ギャル界に思い切って飛び込んでみれば、想像以上に明るく賑やかな世界だった。髪、肌、瞳が色とりどりで目がチカチカする友人たち。周りに合わせてルーズソックスの長さを段々と伸ばしていき、化粧も派手になっていった。私みたいな口下手でも、大体のことは「ウケる」「アガる」でなんとかなるし、嫌なことも不幸自慢も全部笑い飛ばせばいい。

 同じ高校を選んだせいで先輩からのイジメは続いていたし、相変わらず先輩の前ではビクビクと下を向いている情けないギャルではあったけれど、それを差し引いてもギャルの中にいる自分は最高、大好きだと思えた。

 だけど──
 自転車で交通事故に遭った時、私は全然、全く、明るくも強くもなかった。

 その日、私はギャルギャルな格好で自転車に乗っていた。駐輪場に向かう途中、突然停車中の乗用車の扉が開き、そこに激突して吹っ飛んだ。アスファルトで目を白黒させていると、運転席から女性が怒鳴り声と共に降り立った。

 女性は、私よりももっと釣り上がった眉毛で怒り狂っている。「どうしてくれんのよ」から始まり「みっともない格好」「ろくな学校じゃない」「親の顔が見てみたい」そういう、事故とは無関係の暴言を一身に浴びた。「ウケる」「アガる」の二語で生きていた私には敵うはずのない罵倒の手練れだった。私はというと、怒り狂う事故相手に一方的に詰問され、罵声を浴びせられたまま立ち尽くすのみ。道端で俯く私は、いじわるな先輩と対峙した時と同じようにルーズソックスをふるふると震わせていた。ルーズからはゴムが飛び出し、みっともなく擦り切れて黒くなっていた。


 いざって時に何も出来ず、何も言えなかった事実は私をひどく落胆させた。ダサい。あまりにも自分がダサすぎて恥ずかしい。理不尽なことには中指立ててベーって言うはずじゃなかったのか。

 何かを変えなきゃいけないと、思春期ならではの深刻さで感じた。ルーズソックスをいくら長くしたって、自分を鍛えるための重りには軽すぎたようだ。

 ──そうだ、肌を焼こう!
 白ギャルから黒ギャルになろう。黒いほうが強そうだし。白いから弱くて舐められるんだ。そう思い立った瞬間すぐに日サロに行って「強いやつ」で肌を焼いた。

 
 ……ただれた。

 顔を含め全身とんでもないことになる。とくにお尻は水ぶくれがいくつもできて座ることもままならない。家族には笑われるし、皮膚科に行ったらほぼ火傷と言われた上に「アナタは黒くならずにシミになるタイプ」と宣告された。

 ──くそぅ。それなら、ピアスだ! 穴を開けよう!
 四時間目の授業の後、友人と下駄箱に向かった。ズラリと並ぶ靴箱の下、スノコに座る。ヒョウ柄の鏡、安全ピン、ライターを取り出すと、友人がペンで私の耳たぶに赤い印をつけた。

「ここら辺かな」
「後ろに消しゴム当てよう」
「ライターで炙ると消毒になるらしいよ」

 鏡で位置を確認してから、カンカンに熱せられた安全ピンを耳たぶに突き立てた。熱いのか痛いのかよく分からない。身体中の痛覚が耳に集中していく。グッと力を込めても指は滑るし、福耳なせいで針は先に進まないけれど、ブチブチといった音が耳のすぐ近くから聞こえてくるから段々と針が進んでいることは分かった。ピアッサーなら秒で終わるのに、安全ピンの針が貫通してパチリと閉じられたのは五時間目も終わるころだった。妙に興奮した。ついに身体に穴を開けてやった。

 右耳が心臓に合わせてズギンズギンと痛むたびに下唇を噛んでほくそ笑む。放課後になると、金色の髪で耳を隠すように自宅の門をくぐった。

 しばらくの間、両親の目は見られなかった。目を見ればきっとバレてしまう。絶対にやってはいけないと言われていた家訓、"身体に穴を開ける行為"への背徳感と高揚感、それから罪悪感がないまぜになってとても隠し切れる自信がなかった。

 玄関から自室へ直行する日々が続く。穴が定着するまでに親に見つからなければいい。どんなに派手になっても許してくれていた両親も、さすがに今回は許してくれないかもしれない。悲しませるかもしれない。それでも、私には開けなきゃならなかった理由が確かに存在した。

 安全ピンを抜き差しする度に耳から腐った匂いがする。「くっせぇ」と言いながら何度も嗅いだ。どうせ開けるなら一つより二つ同時の方がよかろうと左耳はピアッサーで開けたら楽だった。あまりにも呆気なくて、安全ピンの方が正しかった気さえしている。誰かを裏切るのに一秒の痛みじゃ私の方が物足りない。

 ピアスホールが完全に出来上がり、もはや自然に塞がるのは不可能な段階になってから、どデカいフープのピアスをぶらさげてみた。右側だけ斜めになってしまうけれど、金髪によく似合っている。誰かに見せつけたくて、家を抜け出して夜のゲーセンに行ってみた。誰も私のことなんか見ていなくても、UFOキャッチャーのガラスに映る私は求めていたギャル像に近い。今なら誰に絡まれたって怖くない気がした。

 月明かりの下、ピアスをブランブランと揺らしながらそっと家の門を開けた。引き戸がキリキリと鳴って犬が吠えた。犬にはアドレナリンの匂いが分かるのかもしれない。
「誰だ?」
 父が起きてきた。夜遊びと同時にピアスもバレて、馬乗りになって頬を叩かれた。犬がさらに鳴いた。

 叩かれた頬を抑えて、泣きながら口角をあげたら、反省していないと更に叱られた。親が怒るほど、確信は深まっていく。これは人生を変えるのに相応しい禊だったんだ。ビンタは決別の合図。バチンという音は祝福の音色にさえ聞こえた。これほどの痛みを伴って何も変わらないはずがない。

 母は、私が一番気に入っていた120cmのルーズソックスを高名な占い師に送ってお祓いを頼んだ。どうか娘が正気に戻り、これ以上自分を傷つけませんように──と。



 そこまでして耳に穴を開けた私は、それから劇的に強く明るくなった……ら良かったのに、そんなことで人は変わらないらしい。子どもの頃に憧れた強くて明るいギャルに近づくほど、そうはなれないことに気づいてしまった。

 それでも、外側だけはギャルという自分をなんとなく受け入れようとしている頃、兄が茶髪にピアスになった。両親は、何も言わなかった。

 いや何も言わないのかよ!
 たった一人、娘に無理矢理こじ開けられた程度でザルになる家訓にガッカリする。そういえば私は何度かビンタを喰らって育ったけれど、兄と姉が手を挙げられたことは一度もない。そりゃアンタの素行が悪いせいだ、と家族は笑うけれど本当だろうか。

 私が力づくで開けた穴をスルリと通る兄に対しても「ズルい!」と抗議したけれど、その時の兄はもう大学生。妹の言うことなんかまともに聞いてくれるはずもない。

 家訓に穴を開けたのは私だ。手柄を主張するように三つ目の穴を開けた。そのはずなのだけれど、正直、その時のことはほとんど覚えていない。誰といたのか、どこで開けたのか、痛かったのかも曖昧だ。あれほど大事件だったピアスが、いつの間にか覚えていなくてもいい程度のものになっていた。両親はやはり何も言わなかった。

 ルーズソックスを祓われたおかげだとは決して思いたくはないが、異常なまでの「このままじゃダメだ」という感覚は時とともに次第に薄れていった。



 あれから20年以上が経った今もなお、三つの穴は私の両耳で存在感を主張している。あんな思いをしたのに、今や金属アレルギーになってお気に入りのピアスはつけられなくなってしまった。無理に通すとただれてしまうのは占い師による呪いだったりするんだろうか。バチが当たったのかもしれない。

 最初に開けた右耳の穴は今も斜めのまま残っている。特別な時にはただれるのが分かっていても、気分をアゲるためにピアスを通す。この穴は、強くなった証ではなく、強くなれると思い込んでいた私の雑な工事跡である。

 けれど、その雑さも、痛みも、家訓も、お祓いされたルーズソックスも。今となっては全部まとめて「ウケる」と思える。そう言って笑えるくらいには、私はちゃんとギャルだったのだ。










いいなと思ったら応援しよう!

本田すのう 本田すのうは皆様からのご支援で活動を続けています。

この記事が参加している募集