40歳を過ぎるとおかしくなるらしいが、狂い方によってはかわいい
ここに40歳を過ぎたオジサンたちによるオジサンのためのオジン(おZINE)がある。
このZINEは著者もオジサンで、ゲストに登場しているのもオジサンで、装丁デザインもオジサンである。
出来上がったZINEをひっさげて横浜ZINEフェスに出店して『書籍にオジサンのサインをもらってくれたら値引きします』などと逆プロモーションを行なっている。
何をしているのか。
このオジサンたちは一体どうしちゃったのか。
40歳を超えると人はみんなこんな風におかしくなっちゃうのか。
その辺りのことを、語ってみようと思う。
"40歳を過ぎると人はおかしくなる"の真偽
SNS上で「40歳を過ぎると人はおかしくなる」といった文言を見かけたことが何度かある。その度に私は周りにいる40歳過ぎたオジサンを思い浮かべて「あながち間違いでもない」と頷いている。
ごく近い知り合いの話であるが、40歳を過ぎた頃「あそこを掘れば温泉が出る気がする」とか言い出して本当に温泉を掘り当てた人がいる。
また、突然サラリーマンを辞めるのもMBA取ろうとするのも料理を始めるのも、色に狂うのも婚活を始めるのも40歳を過ぎたオジサンだった。
私の父は40歳を過ぎた頃「子どもの名前で花火をあげたい」とか言い出して、長野市で行われる花火大会で個人名で花火をぶち上げたこともある。さすがに愛情表現バグってるだろ、と思いながら煙火大会プログラムに刻まれた自分の名前を笑いながら写真に撮ったのは忘れられない思い出である。
40歳過ぎると人は一回バグって花火をぶち上げたりしたくなるらしい。
そしてそれはオジサンだけでなく、オバサンも例外ではない。
オバサンも一回狂う
ここにオバサンがいる。
10年以上専業主婦で、1日のほとんどを家事育児に費やし、SNSをやらず、公園で井戸端会議をしていた凡オバサンである。
そのオバサンが、40歳を目前に突然「わたしエッセイストになる!」と言い出して、フリーランスになり、自分のことや家族のことをSNS上で曝け出したりZINEを出したりし始めた。
家族からすればいよいよ頭がおかしくなったのかと言われてもおかしくない気もするが、「好きなことが見つかって良かったね」とニコニコしているうちの家族もまたどこかおかしいのかもしれない。
40歳を目前にオジサンもオバサンもどこかおかしくなる。というのを頭の片隅に置いておいて、ではこのオジサンとオバサンが出会ったらどうなるのか。
百鬼夜行
オジサンたちは、自分の人生をエッセイや創作で表現するという狂い方を選んだ。
「でもZINEの作り方が分かりません」
と、狂い方は知っているのに踊り方が分からないというオジサンたちのため、私は一緒に踊ることを選ぶしかなかったのである。
オジサンによるオジサンのためのZINE、オバサンとともに刊行する。
もはや百鬼夜行である。
オジサンとオバサンが「表現」という亡霊に取り憑かれて踊り狂っている。
井戸端会議をしていたはずのオバサンが、研究者の高学歴オジサンが、文学青年のオジサンが、楽しめ楽しめ踊らにゃ損損と闊歩している。
「ZINEを出すぞ〜!サインするぞ〜!サインもらってくれたら値引きするぞ〜!踊れ〜!」
オジサンは、かわいい
表現を選んだオジサンは、ただアホみたいに踊っていたわけではない。これはオジサンたちの名誉のために言っておくけれど、オジサンたちに正月はなかった。
M-1も、紅白歌合戦も、格付けも。
世の中が年越しだ正月だとのんびり祝福モードだった年末年始、オジサンたちはずっと自分の表現を追っていた。
どの作品をZINEに収録しようか。
挿絵はどうしようか。
この表現はこっちの方がいいのではないか。
順番は?目次は?これはボツ!書き下ろしが必要だ!人生を描くなら恋だフードだえとせとらえとせとら
私が子どもたちと雑煮を食べている間も、オジサンたちは夜中まで一日中やり取りをしながら花火をぶちあげる準備をしていた。
装丁デザインを担当してくださったオジサン(Motto氏)も、長引く体調不良で相当具合が悪かったにも関わらず、装丁を2つ用意してくださった。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。
途中、私だけが我に返りそうになったりもしたがオジサンたちの熱意にふたたび闘志を燃やして編集を続けたのである。
朝起きると山のようなLINEの通知が溜まっていて「サインをしてくれたら390円でサンキュー。とかどう?」とか書かれていたら、アホすぎて愛おしくなるだろ。
一度きりしか狂うことができないのなら
人生で「あの頃わたしちょっとどうかしてたよね」と晩年に語るとしたら、思い出すのはいつ頃の事だろう。
思春期はだいたい全員どうかしているから、もっと大人になってからの事を思い出すのだろう。
だとすると、40歳前後で一回狂っておいた時。これがたぶん、一番笑って思い出せる話になるのではないか。
花火をぶち上げた父も、温泉を掘り当てた知人も、あの頃はどうかしてたと言いながら死の淵で全員が思い出して笑っていた。色に狂ってたら笑えない可能性もあったから狂い方としてはおもしろい方角だったのだろう。
家族がいて生活があって、守るものがあるからこそ人は何度もおかしくなんてなれない。だからきっと人生で狂うことが出来るのは1度きりなのだろう。
私は死の間際「あの頃おかしかったよね」と言いながら自分が刊行したZINEを見てなんと思うのだろうか。創作に熱中しすぎて家族をないがしろにしていたかもしれない……と、失われた時間を思って愕然とするのか、あぁいい時間だったなぁと懐かしむのか。
狂ってしまった代償はいつ訪れるのか、まだ私には分からない。とりあえず洗濯物が常に山のようになっているのは、早めに訪れている代償のひとつである。
巻き込まれたまだおかしくない人たち
このZINEを制作するにあたり、「基本的には全てオジサンだけが登場する本にしたい」というコンセプトの元、本来はオバサンである私は名前を男性名で表記している。
また、校閲を請けおってくださった亜麻布みゆさんも、普段とは違うお名前で表記させていただいた。なお、亜麻布みゆさんはまだおかしくなる手前の方である。
みゆさんから見て、オジサンオバサンはどううつるのか。このZINEを読んで何を思うのか。
校閲とともにたくさんの感想をいただいたので、ここに一部抜粋してご紹介する。
読み終わった後、泣いた。
正解を出そうとすると、遠回りする。だからって、遠回りしようとすると、どこにいけばいいかわからない。でも、遠回りの方が、正解より楽しいから、遠回りする。これが、人生における「なんのはなしですか」の真髄であり、私が「なんのはなしですか」に出会えて良かった理由だと思います。
京大の雰囲気出てて森見登美彦みたいな京都文学やなあと思いました。これからオムライス食べるたびに意識してまう気がする。夜とかにこの話思い出してもいいですか?
良かった。
やっぱり泣いたり笑えたりするんだ。
狂おしいほどの愛しさ
いい歳をしたオジサンとオバサンが自伝書のようなものを刊行することを誰が笑うことが出来るのか。
ここにかけた時間は本来は別のことが出来る時間だったはずだ。私はきっとローストビーフを50回は作れただろうし、クラウドに保存している写真をフォトブックにも出来だだろう。同じオジサンなら又吉か三浦しをんかリリーフランキーを読む時間にあてることもできたはずだ。
それなのに、私は自分も表現者の仲間になって、無名のオジサンたちの人生を追体験して泣いたり笑ったり「ここの表現これでいいですか?」と突っ込んだりして膨大な時間をZINE作りに費やしてしまった。
これが爆売れして利益が出りゃまぁいいか、なんて上手い話になるはずもなく、サンキュー価格にしようとか言い出したダジャレオジサンのおかげで利益なんぞ度外視の価格設定になっている。
まぁ、しょうがないよ。
温泉掘り当てたオジサンも、花火ぶちあげた父も、儲けようだなんて1ミリも思ってなかったんだから。
オジンのZINE
こんな経緯でオジサンとオバサンが家族や私生活を蔑ろにしてまで作り上げたZINE。市場ではお目にかかれないような、無名のおじさんの恋や友情がたっぷり詰まっています。
自分の夫が、父親が、家族が、40歳を超えた頃にこんな感じになったらどうしよう?おもろいな、と笑えます。
もしかしたら我々の家族だけは笑っていないかもしれません。「アンタたちがZINEだZINEだと夢中になっていたしわ寄せは?」と怒っているかもしれません。
そこについてはローストビーフをお供に出来上がった作品とを奉納することで許してもらおうと思います。

ZINEは横浜ZINEフェスまたはオンラインショップでご購入いただけます。
どれどれどんなオジサンがこの本を書いたんだろう?と見たくなった方は横浜まで。C-28ブースだそうです。
もしくは渋谷でも会えます。
※オバサンには会えません。
ご紹介をすっかり忘れていましたがこの本の著者であるオジサンはこのおふたりです。
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