やりがいのない仕事を探していた 第四話 寸劇
出張が増えると、家にいる時間が減った。
当たり前の話である。
でも、その当たり前が、僕たち夫婦には案外よかったのかもしれない。
銀座の店を閉めたあと、僕たちの間にはまだ店の匂いが残っていた。酒の匂いではない。もっと湿った、古い雑巾のような匂いである。
あの時、どちらが正しかったのか。 どちらが店を潰したのか。カミさんにはカミさんの言い分があり、僕には僕の言い分があった。
いまでも、たぶんある。
ただ、その頃はまだ近すぎた。毎日顔を合わせていると、言葉にしなくても、互いの言い分が部屋の中を歩いていた。食卓の端に座り、テレビの前に寝転がり、洗面所の鏡に映り込む。黙っているのに、うるさい。
ところが、僕が出張三昧になると、その言い分が少しずつ薄れていった。
不在というのは、意外と役に立つ。会わない時間が増えると、怒りは少し乾く。乾いた怒りは、湿った怒りより軽い。
僕は全国を飛び回っていた。
中央官庁や独立行政法人の案件を取り、大学の会場を押さえ、出力屋に資料を出し、現地の学生アルバイトを手配し、役所の担当者から来る細かい確認に返事をする。
ホテルに泊まり、新幹線に乗り、知らない町の駅前でコーヒーを飲む。コンビニで買ったおにぎりを、資料の上に落とさないように食べる。そういう生活だった。
家に帰ると、だいたいボロボロだった。
スーツはよれ、鞄には紙が詰まり、顔には妙な脂が浮いている。出張先のホテルで寝たはずなのに、なぜか身体は休まっていない。寝ている間も、頭の中で仕様書がめくれているような感じがした。
カミさんは、そんな僕を見ると、以前のように真正面から刺してくることは少なくなった。
「また死にかけの顔して帰ってきたの」
嫌味は言う。それは言う。
カミさんから嫌味を取ったら、出汁を取っていない味噌汁みたいになる。ただ、その嫌味の奥に、少しだけ柔らかいものが混じるようになった。
風呂入ったら。 何か食べる。 寝れば。
そういう言葉が、乱暴に置かれるようになった。
優しさというものは、いつも綺麗な形で出てくるわけではない。カミさんの場合、だいたい棘に刺さったまま出てくる。刺さる。だが、よく見ると、棘の先に小さな薬が塗ってある。
僕たちは、店のことをあまり話さなくなった。解決したわけではないし、許したわけでも許されたわけでもない。
ただ、日々の疲れが別の場所からやってきて、古い傷の上に新しい埃を積もらせていった。
人間は、忘れる。 忘れるから生きていける。そして、忘れるから、また同じようなことをやる。
その頃、愛犬のラブラドール・レトリバーが逝った。その犬は、カミさんの港区生活の象徴のような存在だった。
芝浦のタワーマンション、銀座の店、夜の車、港区の空気。そういうものの中に、あの犬はいた。大きな犬なのに、どこか都会の匂いがした。
そのラブラドールがいなくなった。
僕は大阪にいた。
出力先とのやり取りで、資料の確認をしていた。紙の厚さ、色の出方、製本の具合。そんなことを見ていたときに連絡が来た。
すぐに戻った。
新幹線に乗っている間、何を考えていたのか、よく覚えていない。
車窓の外に町が流れていた。静岡あたりの景色だったか、名古屋を過ぎたあたりだったか、それも曖昧である。
ただ、急がなければと思っていた。
急いでも、もう間に合わないのに、急がなければと思っていた。
家に着くと、ラブラドールはもう動かなかった。カミさんは泣いていた。
僕は、泣けなかった。
悲しくなかったわけではない。ただ、涙が出なかった。胸の中に、ぽっかり穴があいたような感じだけがあった。
何かが抜けたのに、その抜けた形だけが残っている。悲しみというより、空洞だった。
疲れていたせいかもしれない。悲しむにも、体力がいる。 その頃の僕には、その体力さえ足りなかったのかもしれない。
カミさんは僕を見て言った。
「悲しくないの?」
嫌味だった。でも、キレはしなかった。昔なら、僕は反射的に言い返していたかもしれない。
悲しくないわけないだろ。
大阪から戻ってきただろ。
こっちだって大変なんだよ。
そういう言葉は、いくらでも出せた。でも、言わなかった。
言えば、何かがまた割れる気がした。僕はただ、ラブラドールのいなくなった場所を見ていた。
かつての象徴だった犬が消えた。残っているのは、郊外の小さな家と、出張で疲れ切った僕と、花を育てるカミさんだった。
それでも、僕たちはまだ一緒にいた。
家の中には、しばらく変な穴があった。
犬用のものを片づけても、穴は消えなかった。むしろ、片づけたぶんだけ、そこに何かがあったことがはっきりした。
カミさんは泣いた。僕は泣けなかった。その差が、部屋の中に少しだけ残った。
たぶん僕は、その穴から逃げるように仕事に向かった。
仕事は便利である。
悲しいときでも、仕様書は読まなければならない。会場は押さえなければならない。資料は出力しなければならない。役所の担当者からメールが来れば、返事をしなければならない。
仕事は、人の空洞を埋めはしない。ただ、空洞を見ないで済む時間を作ってくれる。
その頃、消費者庁の案件が動き始めていた。
全国八都市で開催する。啓発活動である。
会場を押さえ、人を集め、資料を作り、当日を回す。それだけなら、これまでの案件とそう変わらない。問題は、仕様書の中にあった。
寸劇。
中央官庁の啓発事業で、寸劇である。何度見ても、妙な文字だった。
寸劇。
この二文字には、人を不安にさせる力がある。
会議や講演会なら、まだ想像がつく。司会がいて、登壇者がいて、資料があって、質疑応答がある。つまらなくても、つまらないなりに成立する。
だが、寸劇は違う。つまらない寸劇ほど、つらいものはない。
演じている人間もつらい。見ている人間もつらい。会場全体が、目を合わせてはいけない空気になる。あれは、ちょっとした地獄である。
最初は、ちゃんと外に頼もうと思った。
銀座の客ルートで、そこそこ名の知れた脚本家を紹介してもらった。
こちらが予算を伝えると、鼻で笑われた。
まあ、そうだろう。
中央官庁の仕事とはいえ、こちらの予算は潤沢ではない。啓発事業の中の寸劇である。映画を作るわけでも、舞台を一本打つわけでもない。
それでも、その人は言った。
「アウトラインくらいなら」
五万円だった。五万円を高いと思うか安いと思うかは、人による。少なくとも、想定よりも安くなかった。
後日、寸劇の概要が送られてきた。
A4一枚だった。
僕は読んだ。これが五万円か、と思った。そして、もう一度読んだ。
やっぱり、これが五万円か、と思った。
はっきり言えば、クソだった。
ただ、こういうとき、すぐに怒ってはいけない。
名の知れた人である。紹介してもらった手前もある。そもそも、こちらの予算が安い。安い金で頼んでおいて、最高のものを期待するほうが甘い。
それでも、使えなかった。
僕はそのペラ一枚を持って、消費者庁の担当者に会いに行った。
その官僚とは、何度か打ち合わせをしているうちに、少し仲良くなっていた。
官僚というと、固くて冷たい人間を想像する人もいるかもしれない。もちろん、固い人もいる。でも、彼は違った。
頭はいい。真面目でもある。こちらの話もよく聞く。細かいところも気にする。ただ、その奥に、仕事を少しでもまともなものにしたいという気持ちがあった。
僕はペラ一枚を見せた。
「これ、五万かかってます」
先にそう言った。五万円という事実を、少し盾にした。
彼は読んだ。しばらく黙っていた。そして、困ったように笑った。
「……ねぇ」
それだけで十分だった。
僕も言った。
「ねぇ」
二人でため息をついた。そこそこ名の知れた脚本家に頼んで、出てきたものがこれである。
怒るというより、情けなかった。でも、その情けなさが、変に場を柔らかくした。
その場で、僕は軽く別案を話してみた。
「たとえば、シャーロック・ホームズみたいな、いかにも賢そうな人が情報商材を買おうとする話はどうですかね」
官僚が顔を上げた。
「ホームズが、ですか」
「そうです。普通、騙されるのはうっかりした人とか、欲深い人として描かれがちじゃないですか。でも、本当は賢い人でも騙される。むしろ、自分は賢いと思っている人のほうが、変な理屈に引っかかることもある」
言いながら、僕は少し面白くなってきた。
「それをワトソンが止めるんです。ホームズ、これは怪しいですよ、と。でもホームズは、自分の推理力で正当化してしまう。これは普通の商品ではない。未来の知識に投資しているのだ、とか言って」
官僚が笑った。
「それ、面白いですね」
その一言で、話は転がり始めた。
ワトソンだけでは弱いかもしれない。もう一人、止める側が欲しい。ではモリアーティー教授はどうか、という話になった。
普通なら、モリアーティーは悪役である。
だが、僕たちは加害者を舞台に出さないことにした。
いかにも悪そうな人物が出てきて、甘い言葉でホームズを騙そうとする。最後に悪者が退治され、めでたしめでたし。そういう形にすると、話はわかりやすくなる。
でも、わかりやすすぎる。
騙される人間は、馬鹿だから騙されるわけではない。賢い人も、真面目な人も、孤独な人も、自分だけは大丈夫だと思っている人も危うくなる。
ステレオタイプの悪者を出して勧善懲悪にすると、問題そのものが軽くなる。悪い人に気をつけましょう、で終わってしまう。でも本当は、悪い人だけの問題ではない。
こちらの中にある「信じたい気持ち」の問題でもある。その構造を、説教ではなく笑いで見せられたら、寸劇としては悪くない。
だから、加害者は出さない。ホームズが、自分で危うくなる。それをワトソンとモリアーティーが止める。
しかも、モリアーティーはなぜかオネエキャラになった。
「ホームズちゃん、それはちょっと危ないわよ」
そんな台詞を、役所の会議室で、真面目な顔をした大人二人が考えていた。
消費者啓発の打ち合わせである。
中央官庁の仕事である。
それなのに、僕たちはホームズとワトソンとオネエのモリアーティーで遊んでいた。
でも、ふざけているだけではなかった。
その日は、アイデアを話したところで終わった。
僕は帰り道で、すでに頭の中にホームズとワトソンを歩かせていた。
翌週、僕は台本を持っていった。
ちゃんとした脚本ではなかったと思う。でも、会話にはなっていた。
人物がいて、やり取りがあり、少し笑えて、最後に啓発につながる形にはなっていた。
官僚はそれを読みながら、赤字を入れるように言葉を拾っていった。
ここは言いすぎかもしれない。
ここは笑えるけど、役所的には少し危ない。 でも、この台詞は残したい。
この説明は必要だけど、長い。
相談窓口の案内は、最後にもう少し自然に入れたい。
こちらも言い返す。
そこを削ると笑いが死にます。
ここで急に役所っぽくなると、見ている人が寝ます。
この台詞はホームズが言うから面白いんです。
二人で、台本をいじった。
仕事の打ち合わせではあった。でも、半分遊びのようでもあった。
役所の会議室で、官僚とイベント会社の人間が、消費者啓発の寸劇をいじって悪ノリしている。奇妙な光景である。
でも、こういうときの仕事は面白い。仕様書に書かれていない部分が、急に生き物になる瞬間がある。
第一回目の寸劇は、プロに頼むことにした。
夜の芸能ルートで、事務所に所属している新人役者を出してもらった。
お友達価格のギャラだった。
事務所の人は言った。
「中央官庁の仕事なら、新人のプロフィールにも少し箔がつくから」
なるほど、と思った。
こちらは予算を抑えたい。向こうは新人役者の実績を作りたい。中央官庁の名前は、ここでも小さな鍵になった。
その芝居を撮影して、各開催地の大学演劇部に送ることにした。
各地の大学には、会場を借りる流れがあり、人員を募集してもらう流れがあり、そこに演劇部もあった。
僕は、演劇部の学生たちに、動画と台本を見てもらった。
台本だけで人を動かせるほど、現場は親切ではない。
完全に自由にやらせると、会場ごとに芝居が変わりすぎる。
元気のいい学生は、妙に張り切る。真面目な学生は、台詞を読むだけになる。恥ずかしがりの学生は、声が小さくなる。
それはそれで人間らしいのだが、啓発イベントの寸劇としては困る。
本来なら、僕が演出家のように各地の稽古場を回ればよかったのだと思う。
ここは少し間を取って。
そこは説明になりすぎるから軽く。
その台詞は笑わせにいかなくていい。
逆に、ここは会場に一度笑ってもらったほうがいい。
そうやって一つずつ直していけば、学生たちもやりやすかったはずである。
だが、そんなことをしていたら、時間も交通費もいくらあっても足りない。
こちらには予算があり、日程があり、ほかの仕事もあった。演出家の顔をして全国を回れるほど、僕は偉くもなければ、会社も太っ腹ではなかった。
紙に書けるのは台詞までである。
台詞の温度や、間の長さや、少し笑ってもらってから本題に戻す感じは、紙には残りにくい。
だから、プロに一度演じてもらい、その動画を基準にした。いわば、僕が稽古場で言うはずだったことを、動画に押し込めたのである。
学生たちは、それを見ながら練習した。
最初はどうなるかと思ったが、彼らは思ったよりちゃんとやってくれた。
もちろん、プロではない。でも、大学演劇部には演劇部の熱がある。
こちらが思っている以上に、彼らは真面目に稽古する。
舞台に立つとなれば、ちゃんとしたい。下手だと思われたくない。しかも中央官庁主催のイベントである。就活のネタにもなる。
いろいろな動機が混ざって、結果的に良くなることがある。
人間は、純粋な理由だけではなかなか動かない。かといって、不純な理由だけでも案外続かない。だいたい、その中間あたりで、いちばんよく働く。
広報も工夫した。
銀座の客だった新聞記者に相談した。
各県の記者クラブにどうプレスリリースを出せばいいか。どの時間帯がよいか。どんな書き方なら取り上げてもらいやすいか。
彼は教えてくれた。
役所の啓発イベントです、だけでは弱い。そこに、地元の大学生が寸劇で参加するという話を足す。中央官庁の事業に、地元大学の学生が協力する。
消費者トラブルを、若者が演じて伝えるというストーリーにしたほうが、地方紙は拾いやすい。
なるほど、と思った。
仕事というのは、結局、人に話したくなる形にしないと届かない。役所の仕様書には、そんなことは書いていない。でも、書いていないからこそ、こちらが考える余地がある。
案件は、まずまず成功した。
全国八都市のすべてが完璧だったわけではない。会場ごとの温度差はあったし、学生の芝居にも差はあった。役所の担当者が細かいことを言う地域もあり、資料が足りなくなりそうになったこともある。控室が遠くて、登壇者の移動で焦ったこともあった。
それでも、全体としては回った。
寸劇も、思ったより見られるものになった。プレスもいくつか拾われた。官僚も喜んでいたし、社長も満足していた。僕も、かなり嬉しかった。
この仕事は、楽しかった。だが、楽しかったから、危なかった。
人間は、嫌な仕事だけで壊れるわけではない。楽しい仕事でも壊れる。
むしろ、楽しい仕事のほうが厄介である。
嫌な仕事なら、嫌だと言える。逃げる理由も作りやすい。だが、面白い仕事は、自分から近づいてしまう。夜中に台本を直し、新幹線でメールを返し、ホテルで資料を確認し、朝になればまた現場へ行く。
誰かにやらされているだけなら、まだ被害者でいられる。でも、自分も乗っている。自分で面白がっている。それが一番まずい。
疲労はピークに近づいていた。
出張先のホテルで目が覚めても、一瞬どこにいるかわからないことがあった。朝、洗面台の鏡を見ると、目の下が黒い。移動中に寝ようとしても、頭の中で次の案件の段取りが勝手に動く。
見積もり合わせの締切。大学への連絡。出力屋への入稿。役所からの確認。演劇部への動画送付。記者クラブへのリリース。
寝ているのに、働いている。起きているのに、半分眠っている。そういう状態だった。
ある朝、目が覚めると、部屋の中が妙に明るかった。最初に思ったのは、静かだ、ということだった。
スマホのアラームは鳴っていない。
鳴り終わったあとだったのかもしれない。
時計を見た。
一瞬、数字の意味がわからなかった。
集合時間は、とっくに過ぎていた。
頭が理解を拒否した。
そんなはずがない。
そう思ってスマホを手に取ると、着信履歴が並んでいた。社長、現場、知らない番号、また社長。画面に残った名前と数字が、血の跡みたいに見えた。
終わった、と思った。
身体の奥が、すっと冷えた。焦らなければならないのに、焦る前に何かが止まっていた。
遅刻した。
めちゃくちゃ迷惑をかけた。
寝坊は僕のミスである。疲れていた。忙しかった。会社のフォロー体制がなかった。仕事を取りすぎていた。人が足りなかった。そういう事情はいくらでもある。
でも、遅刻は遅刻である。現場は待ってくれない。
役所の仕事は、こちらの疲労を汲んではくれない。仕様書に「担当者が疲れている場合は遅れてもよい」とは書いていない。
僕は後日、役所に謝罪に行った。
謝罪というのは、不思議なものである。
言葉は決まっているのだが、言っている人間の中では、もう少し面倒なことが起きている。
頭を下げながら、僕は床を見ていた。
会議室の床は、妙にきれいだった。ワックスがかかっていて、蛍光灯の白い光だけが薄く反射している。そこに自分の顔は映らなかった。
助かったと思った。
たぶん、ひどい顔をしていたからである。
謝罪の言葉は、口から勝手に出ていく。
「申し訳ありません」
「今後このようなことがないように」
「社内でも共有し、再発防止に努めます」
どれも正しい。だが、正しいのに、言えば言うほど、自分の身体から少しずつ離れていく感じがした。
腹の底では、まだ納得していない部分もあった。
そもそも、この仕事の受け方がおかしかったのではないか。あの人数で回るわけがなかったのではないか。
そんなことを考える自分が、また嫌だった。
謝りに来ている人間が、頭の中でまだ言い訳を探している。そのことまで含めて、みっともなかった。
僕はもう一度、頭を下げた。
役所の人は、厳しい顔をしていた。
当然である。
そのあいだ、構造の話はどこかへ消えていた。
無理な納期も、雑な人員配置も、そもそも取るべきではなかった仕事だったという話も、床を見ている僕を助けてはくれなかった。
正しい話というのは、案外こういうとき弱い。目の前に失敗した本人がいると、世の中はまず、その本人を見る。
僕も、そこから逃げられなかった。
それから、会社に行けなくなった。
大人が会社に行けなくなるというのは、意外と静かな出来事である。朝、起きる。行かなければと思う。けれど、身体が動かない。熱があるわけではない。怪我をしているわけでもない。ただ、会社に向かうという動作だけが、急に遠くなる。
出社拒否、という言葉を使えば簡単である。
でも、本人の感覚としては、拒否というほど強いものではなかった。拒否する元気もない。ただ、行けない。それだけだった。
引き継ぎは、リモートでやった。
案件ごとの状況を書き、担当者の連絡先をまとめ、どこの大学に話が通っているか、どこの出力屋を使っているか、どの案件の見積もりがまだか、どの役所から確認が来ているかを整理して送った。自分が散らかした仕事の残骸を、画面越しに片づけていく。
それは、銀座の店を閉めたときの片づけに少し似ていた。ボトルやグラスの代わりに、メールとファイルと見積書があった。
僕はまた、自分で広げたものを片づけていた。
カミさんは、意外にも僕を責めなかった。
店を潰したとき、カミさんは冷たかった。
「まあ、あんたにゃ無理だと思ったわ。」
そう言った。でも、このときは違った。
会社に行けなくなった僕に、カミさんは何も言わなかった。いや、何も言わないわけではない。嫌味くらいは言った。
「また壊れたの」
それくらいは言う。でも、その声には棘が少なかった。
カミさんはそう言って、台所に立ってコーヒーを淹れ、トーストを焼いた。
特別なことは何もしないし、慰めもしない。励ますわけでもない。
ただ、朝食らしきものをテーブルに置いた。
それが、いちばん堪えた。
責められると思っていた。また続かなかったのか。また自分で抱えすぎたのか。また同じことをやったのか。そう言われると思っていた。
実際、その通りだったからだ。でもカミさんは言わなかった。
店のときも、僕は働いていた。 むしろ、働きすぎていた。
ただ、あのときはカミさんも店の中にいた。僕の働き方を見る側ではなく、一緒に沈んでいく側だった。
今回は違った。
カミさんは、僕と一緒に役所を回っていたわけではない。ホテルで仕様書をめくっていたわけでもない。
だから、少し離れた場所から見えていたのかもしれない。
僕が怠けていたわけではないことを。 むしろ、怠けられなかったことを。
そして、働きすぎた人間は、だいたいあまり綺麗には壊れない。
泣くわけでもないし、叫ぶわけでもない。
ただ、朝、会社に行けなくなる。その程度の、地味な壊れ方をする。
カミさんは、その地味さを責めなかった。
ラブラドールが逝ったとき、僕は泣けなかった。仕事が壊れたときも、僕は泣かなかった。泣くには、まだ体力が足りなかった。ただ、胸の中にまた穴があいた。
銀座の店を閉めたときの穴とは違う。
ラブラドールがいなくなったときの穴とも違う。
でも、どれも少し似ていた。何かが終わったあとには、必ず場所だけが残る。
店を閉めたあとの地下の部屋もそうだった。 犬の寝ていた床もそうだった。
会社に行くはずだった朝、テーブルに置かれたまま冷めていくトーストも、たぶん同じだった。
僕は、その場所をしばらく眺めていた。
仕事は成功した。案件は回った。寸劇も、それなりにうまくいった。
でも、僕は会社に行けなくなった。
勝つことと、続けられることは違う。そのことを、僕はまた少し遅れて知った。
