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#犯人は猫でした 第五話 改稿

>#犯人は猫でした

 タイトルだけを打って、しばらく手が止まった。

 猫は、たぶん何もしていない。
 それでも、猫のせいにしておけば、話は始められる。

 そう思った瞬間、少しだけ笑ってしまった。自分で書いた一文に、自分で納得している。小説家というのは、だいたいそういう気持ち悪い生き物だ。自分で置いた石につまずいて、これは罠だったのかもしれない、と言い始める。

 ノートパソコンの画面は白い。
 カーソルが点滅している。
 書けそうな気がした。
 今度は、嫌ではなかった。
 むしろ、少し安心していた。

 話は、だいたい見えている。

 一枚の画像がある。荒れた部屋。倒れたテレビ。散らばった錠剤。床の染み。そこに、#犯人は猫でした、というタグが付いている。

 小説家がそれを見る。
 違和感を覚える。
 投稿主に接触する。
 週刊誌に撮られる。
 炎上する。
 同じ画像が、別のタグで使われていることに気づく。
 検索する。
 出典へ辿り着く。
 真相は、片付け屋のビフォー写真だった。
 事件はなかった。
 ただ、事件のように見えるものがあった。

 筋は通っている。
 きれいすぎるくらいに。
 それが少し、気になった。

 現実は、こんなにきれいに並ばない。現実はいつも、余計なものが多い。余計な言葉。余計な沈黙。余計な間。あとから考えても意味の分からない表情。説明のつかない時間。

 小説にするとき、そういうものは削られる。
 削られたものは、なかったことになる。
 少なくとも、読者にとっては。

 僕は最初の一文を打つ。

 ホテルの部屋は、静かすぎるくらいだった。

 悪くない。
 けれど、少し整いすぎている。

 実際の部屋は、そこまで静かではなかった。廊下では何度か足音がしたし、隣の部屋からシャワーの音も聞こえた。どこかで外国語の笑い声もした。そういうものを入れると、文章は少し散らかる。

 だから削る。

 ホテルの部屋は、静かすぎるくらいだった。

 これでいい。

 静かな部屋にした方が、カーソルの点滅が目立つ。孤独な小説家に見える。孤独な小説家は、少しだけ読者に許されやすい。

 次に、画像を見る場面を書く。

 部屋が荒れている。

 テレビが倒れて、カーテンが外れて、床に何かが散らばっている。小さなケースが開いていて、錠剤のようなものが転がっている。その一部が濡れている。色は濃い。

 血に見える。
 ここは必要だった。

 血に見えなければ、僕は彼女にメッセージを送らない。少なくとも、そういうことにしておく必要がある。心配したから送った。違和感があったから送った。助けを求めているように見えたから送った。

 その方が、話は通る。
 いや。
 話だけではない。
 僕自身も、少し通りやすくなる。

 メッセージの場面で、手が止まる。

>大丈夫ですか。

 この一文は残す。

 短いからいい。短い言葉は、善意にも好奇心にも取れる。読む人間の側で、勝手に意味が揺れる。

 実際、僕が何を考えて送ったのかは、もうよく分からない。

 心配だった。
 興味があった。
 書けそうだと思った。

 その三つは、思っているほどきれいに分けられない。

 でも、小説では分けた方がいい。
 心配だったことにする。
 それが、一番読みやすい。
 彼女からの返信を書く。

>大丈夫です。すみません、変な投稿で、もしかして、本人ですか

 少し迷って、そのまま残す。

 この文は、彼女の感じが出ている。軽い。少し警戒している。でも、こちらに興味もある。若さというより、距離の取り方が上手い。

 実際の彼女も、そうだった。
 たぶん。
 その「たぶん」が、少し引っかかる。

 人の印象は、後からいくらでも変わる。最初からそうだったように見えるだけで、実際にはこちらが何度も塗り直している。彼女の顔も、声も、ロビーでの仕草も、もう最初に見たままでは残っていない。僕の中で、すでに何度か改稿されている。

 ロビーの場面を書く。
 彼女が来る。
 制服ではない。

 年相応の服装で、どこにでもいそうな顔をしている。SNSのアイコンより目は小さく、頬の線も幼い。加工が落ちた、というより、現実に戻ったという感じがする。

 彼女は本を差し出す。
 サインを求める。
 それで距離が縮まる。

 ここは、うまい。
 我ながら、うまいと思う。

 ただの密会ではなく、読者と作者の出会いになる。ホテルのロビーという場所も、少しだけ中和される。彼女は危険な女ではなく、読者になる。僕は怪しい男ではなく、作家になる。

 立場を変えれば、現実は変わる。
 タグと同じだ。
 僕は、そこまで書いてから、一度手を止める。

 ペットボトルの水を飲む。ぬるい。喉を通る感じだけがある。

 スマートフォンが震えた。
 編集者からだった。

>原稿、少し読みました

 早い。
 まだ途中までしか送っていない。

>どうですか
 返す。
 すぐに既読がつく。

>小説としては面白いです

 小説としては。
 便利な言い方だ。

>事実としては?
 少し迷ってから送る。

 既読がついたまま、返事がしばらく来なかった。

 やがて、
>そこは僕の担当じゃないです
 と返ってくる。

 正しい。

 編集者は、事実の担当ではない。少なくとも、小説の編集者は。彼らが見るのは、構成で、リズムで、人物の見え方で、読後感だ。現実に何があったのかではなく、読者がどう読むか。

 僕も、そうだった。
 たぶん、ずっとそうだった。
 画面に戻る。

 週刊誌からの電話を書く。

「先日、都内のホテルで未成年の女性とお会いになっていますよね」

 この言い方は強い。
 未成年。
 女性。
 ホテル。
 単語だけで、もう記事になる。

 僕はそこで、
「知りませんでした」
 と打つ。

 打ってから、少しだけ考える。

 正確には違う。

 プロフィールには十八歳とあった。高校生とも書いてあった。僕はそれを読んでいた。読んでいたのに、「未成年」という単語には変換していなかった。

 だから、こう足す。
 半分、本当だった。
 完全な嘘は弱い。
 半分本当なら、文章は持つ。
 僕はその一文を眺める。
 いい言い訳だと思った。
 言い訳としてだけではない。文章としても、悪くない。

 そのことが、少し嫌だった。
 けれど、削らない。

 次に、炎上を書く。
 これは簡単だった。

 SNSには、いくらでも言葉がある。実際にあった言葉も、ありそうな言葉も、ほとんど区別がつかない。作品好きだったのに残念。女子高生はキツい。文化人ってこういうの多いよな。創作のためなら何でも許されると思ってそう。

 最後の一文は、残す。
 痛いからだ。
 痛いものは、使える。
 小説家として、それを知っている。
 知っている自分が、嫌になる。
 けれど、使う。
 痛いものを使わないなら、何を書くのか分からない。

 次に、画像検索を書く。
 同じ画像が、別のタグで出てくる。

>#DV被害者
>#OD失敗
>#人生終了
>#犯人は猫でした

 タグが変わるだけで、意味が変わる。
 ここまで来ると、もう物語の形がはっきりする。

 これは、SNS時代の真実をめぐる話だ。
 タグによって現実が変わる話だ。
 人間が画像に意味を貼りつける話だ。
 そう読める。

 そう読ませることができる。

 読者は、たぶん納得する。
 週刊誌の記事より、こちらの方が複雑で、賢く見える。女子高生とホテルで会った三十一歳の作家の話より、SNSと物語の話の方が、ずっと上品だ。

 上品な話にすれば、人は下品な部分を見ない。
 あるいは、見ないふりをしてくれる。
 それが文化というものなのかもしれない。

 彼女とのDMを書く。
>なんかすいません
 この一文も残す。

 軽い謝罪。軽い罪悪感。軽い責任の所在。すべてが軽い。軽いからこそ、こちらが重く読んでしまう。

 彼女は言う。
>あれ、ネットミームみたいになってる画像なんです

 その瞬間、事件はネタになる。
 世界が軽くなる。
 そして、僕は落胆する。
 ここが必要だった。

 落胆。

 心配していたのに安心した、ではない。安心したのに、どこか落胆している。そこに、僕の嫌な部分が出る。

 彼女が被害者でなくてよかった。
 けれど、被害者でなかったことで、物語は一度しぼむ。

 だから僕は、次の意味を探す。
 出典へ。
 片付け屋へ。
 ビフォーとアフターへ。
 小説は、そうやって進む。
 現実が止まっても、意味が動けば話は続く。

 第四話を書き終えたところで、夜が明けかけていた。

 窓の外が、少しだけ青くなっている。都市の朝は、爽やかではない。夜の残りに、薄い光が混ざるだけだ。
 ノートパソコンの画面には、最後の一文があった。

 それでも、猫のせいにしておけば、話は始められる。

 悪くない。
 かなり悪くない。
 だからこそ、危ない。

 物語は、うまくできているほど、人を黙らせる。

 僕は原稿を最初から読み返す。

 第一話、タグ。
 第二話、拡散。
 第三話、検索。
 第四話、出典。

 順番も悪くない。

 読者は、僕と一緒に謎を追う。画像を見て、違和感を覚え、炎上を見て、意味の増殖に気づき、検索し、出典へ辿り着く。

 その間に、最初の問題は少しずつ横へずれていく。
 僕が、十八歳の女子高生とホテルで会ったこと。
 それは消えていない。
 ただ、中心ではなくなる。
 周辺になる。
 背景になる。
 物語のきっかけになる。
 きっかけになったものは、不思議と責められにくい。

 すべてはそこから始まった、という顔をして、そこに居座ることができる。

 スマートフォンを開く。
 彼女のアカウントは、まだ鍵が掛かったままだった。
 新しい投稿はない。
 DMだけが残っている。
 彼女から、夜中に一つ届いていた。

>先生、私ってこういう感じでした?

 胸の奥が、少しだけ冷えた。

 こういう感じ。

 どの感じだろう。

 不穏な投稿をする女子高生。 作家のファン。 ネットミームを軽く使う子。 炎上を少し面白がる子。 SNSを泳ぐ魚。

 僕が書いた彼女は、どれも少しずつ彼女で、どれも完全には彼女ではない。

 しばらく返信できなかった。

 やがて、

>すみません。小説なので、少し変えています

 と送る。

 既読はすぐについた。

>ですよね笑

それだけ返ってきた。

 笑っている。

 たぶん。

 けれど、本当に笑っているかは分からない。画面の向こうの笑は、いつも少し平たい。泣いていても打てるし、怒っていても打てるし、何も思っていなくても打てる。

 少しして、もう一つ来た。

>先生、私のこと、便利でした?

 指が止まった。

 便利。

 その言葉は、妙に正確だった。

 不穏な投稿をしてくれる女子高生。 サインを求めてくれる読者。 炎上に巻き込まれてくれる相手。 SNS時代の真実を語るための、ちょうどいい入口。

 僕は彼女を助けようとした。

 そう書くことはできる。

 僕は彼女を心配した。

 それも、たぶん嘘ではない。

 けれど、彼女が便利だったことも、否定できなかった。

>そんなつもりではありません
と打つ。

 打ってから、消す。

 そんなつもりではなかった、という言葉ほど、よくできた逃げ道はない。

 もう一つ、別の文章を打つ。

>傷つけたなら、すみません
これも消す。

 傷つけたなら、という言い方は、自分がまだ傷つけていない可能性を残している。

 ずるい。

 ずるいことに気づけるくらいには、僕は文章が書ける。

 だから、余計にずるい。

 結局、何も送らなかった。

 既読だけが残った。

それは、返信よりも正直に見えた。
 
 原稿へ戻る。
 最後に、第五話を書く必要がある。

 改稿。

 そうタイトルを打つ。
 改稿という言葉は、便利だ。

 間違いを直すようでいて、実際には都合の悪いものを見えにくくすることもできる。文章を良くすることと、自分を良く見せることは、意外と近い場所にある。

 僕は、ロビーの場面をもう一度開いた。

 彼女が本を差し出す。
 僕が受け取る。
 サインをする。
 話す。
 手首の痣に気づく。
 部活で、と彼女が言う。

 そのあと。

 原稿の中で、僕は彼女とロビーで別れている。 
 彼女は振り返らずに歩いていく。
 僕は背中を少しだけ見送る。
 それから部屋に戻る。

 きれいな流れだった。

 余計なものがない。

 読者に説明する必要もない。週刊誌の記事に対しても、一応は筋が通る。ホテルのロビーで話しただけです。その一文を支えるには、それで十分だった。

 でも、実際には違う。

 ロビーで別れたあと、エレベーターの前で、彼女は少しだけ立ち止まった。

 上も、見てみたいです。

 そう言った。

 僕は、すぐに意味を決めなかった。

 冗談。
 好奇心。
 挑発。
 ファン心理。
 若さ。

 どれでも成立した。

 成立するものは、だいたい危ない。

 エレベーターの扉が開いた。外国人の親子が降りてきた。女の子がタブレットを抱えていた。ゲーム音が漏れていた。

 僕は、その音のせいにした。

 聞こえにくかった。

 聞き返すほどでもなかった。

 断るほどでもなかった。

 そういう小さな言い訳は、あとからいくらでも見つかる。

 僕たちは、そのまま乗った。

 エレベーターは静かだった。

 上がっているのか、沈んでいるのか、一瞬分からなくなるような静けさだった。

 そこから先を、僕は書かなかった。

 削ったのではない。
 最初から、なかったことにした。
 その方が、原稿がきれいだからだ。

いや。

違う。

その方が、僕がきれいだからだ。

 小説には、書かれなかった時間がある。
 読者はそこを読めない。
 読めないものは、存在しないのとよく似ている。

  もちろん、完全には消えない。
  だから、こうして残る。
  画面の端に。
  書きかけの文の下に。
  削除したはずの一文の跡に。
  彼女の手首の痣のように。

  僕はカーソルを動かす。
  上も、見てみたいです。

  その一文を打つ。
  しばらく眺める。

  悪くない。かなり悪くない。
  だから、消す。

  ロビーで話しただけです。
  こちらを残す。

 その方が、小説として正しい。
 その方が、僕にとっても正しい。
 少なくとも、いまは。

 文章は、嘘をつくためにあるわけではない。
 でも、本当を全部書くためにあるわけでもない。

 本当の中から、形になるものを選ぶ。
 形にならないものは、削る。

 削ったあとで、全体がそれらしく読めれば、作品になる。

 たぶん、人生も同じだ。

 人はみんな、自分のしたことを少しずつ改稿して生きている。あのときは仕方なかった。そういうつもりではなかった。結果的には何も起きなかった。むしろ助けようとしていた。そういう言葉を貼りつけて、どうにか読める形にしていく。

 僕だけが特別ではない。
 そう思いたかった。
 でも、小説家は少しだけ不利だ。
 改稿がうまい。うまいぶん、罪深い。

 朝になっていた。

 ホテルの部屋に、薄い光が入っている。白かったシーツが、少しだけ青く見えた。夜のあいだ汚れを隠していた白が、朝になってもまだ白いふりをしている。

 僕は原稿を保存する。
 ファイル名は、仮のままだった。

 nekodeshita_05_koukou.docx

 改稿。

 もう一度、その文字を見る。
 どこまで直せば、改稿なのか。
 どこから先が、隠蔽なのか。
 その境目は、たぶん誰にも分からない。

 少なくとも、書いている本人には一番分からない。
 週刊誌の記事は、まだ残っている。
 SNSの炎上も、完全には消えていない。
 彼女のアカウントにも、鍵は掛かったままだ。

 でも、たぶん大丈夫だ。
 これが原稿として形になれば、話は少し変わる。

 女子高生との密会ではなく、SNS画像の謎になる。

 不倫疑惑ではなく、タグと文脈の話になる。
 年の離れた作家の下心ではなく、物語をめぐるミステリーになる。

 人は、与えられた名前で物事を見る。

 それは、もう十分に分かった。

 僕は原稿の先頭に戻る。

 仮のタイトルを消して、打ち直す。

 #犯人は猫でした

 しばらくして、副題を足す。

 SNS時代の「真実」と「物語」をめぐる、哲学的ミステリー。

 少し大げさだと思った。

 でも、大げさなくらいでちょうどいい。

 物語には、看板が必要だ。
 看板があれば、人はその通りに入ってくる。

 タイトルがあれば、読み方が決まる。

 密会は導入になる。
 下心は葛藤になる。
 都合の悪い沈黙は、余白になる。

 僕は原稿を最初から読み返す。

 悪くない。かなり悪くない。

 だからこそ、危ない。

 こんな小説でも書けば、不倫くらいはごまかせるだろうか。

 いや。

 もう、ごまかせているのかもしれない。

だって、これはミステリーだから。



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