風まかせ文芸部|ふわっとことばあそび【炭酸】〜最後の泡〜
火葬場で十年以上働く奈緒には
誰にも話したことのない秘密があった。
炉の炎が静まる頃、煙に混じって無数の泡が空へ昇るのだ。
泡が弾けるたび、小さな声が聞こえる。
「ありがとう」
「ごめん」
「好きだった」
「会いたかった」
遺族には聞こえない。
だから「あの人は何も言わずに逝った」と肩を落とす。
だが奈緒だけは知っている。
人は最期に、胸の奥へしまい込んだ言葉を炭酸の泡に乗せて空へ返すことを。
奈緒は幼い頃から母と折り合いが悪かった。
母が末期癌で余命一か月と告げられても会いに行かず、
亡くなった後も火葬場職員として淡々と見送っただけだった。
休憩室で炭酸水の蓋を開ける。
シュワッ――。
「奈緒、ごめん。」
誰もいない部屋で、泡だけが静かに弾けていた。
奈緒は炭酸水を胸に抱きしめ、初めて声をあげて泣いた。
