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風まかせ文芸部|ふわっとことばあそび【線香花火】〜火の玉が落ちるまで〜

夏になると、家族や親戚で集まって、よく花火をした。

我が家では、最後を線香花火で締めるのがお決まりだった。

花火セットには、なぜか線香花火がやたらとたくさん入っている。
2、3本まとめて火をつけ、大きな火の玉ができると歓声を上げた。

大人たちは「なかなか終わらないねえ」と、さっさと燃やしてしまいたそうにしていたけれど、子どもだった私は、いつまでも火の玉が落ちなければいいのにと思っていた。

小学校三年生くらいの夏だったと思う。

花火を終え、日焼けした畳の上でゴロゴロしていた私は、ふと考えた。

――人は死んだら、どこへ行くんだろう。

肉体は燃やされてしまうけれど、心はどこへ行くのだろう。
今までの記憶はどうなるの?
もしかして、誰にも姿が見えないまま、この世をずっと彷徨い続けるの……?

考えれば考えるほど怖くなり、自分の中だけでは消化できなくなった。

「お母さん、人は死んだらどこに行くの?」

こんなことを聞いてもいいのだろうか。
小学生なりに勇気を振り絞って尋ねた。

母から返ってきた答えは、ひと言だった。

「お墓だよ」

「え? あ、うん。そうなんだけど……」

「お母さんはお父さんと結婚しているから、お父さんの実家のお墓に入るし、あなたが結婚したら、結婚した人のお墓に入るのよ」

――どうやら母とは、こういう深い話はできないらしい。

子どもながらに、そう悟った。

それにしても、なぜ花火をした夜に、私は突然「死」について考えたのだろう。

大人になってから、線香花火には四つの表情があり、その移り変わりが人の一生にもなぞらえられることを知った。

牡丹、松葉、柳、そして散り菊。

小さな火の玉が生まれ、勢いよく火花を散らし、やがて静かになり、最後にはぽとりと落ちる。

わずか1分ほどの間に、始まりから終わりまでがある。

あの頃の私は、そんなことなど何も知らなかった。
それでも、いつまでも落ちないでほしいと願いながら、小さな火の玉を見つめていた。

もしかすると私は、線香花火の向こうに、言葉にできない「終わり」を感じていたのかもしれない。

あれからずいぶん大人になった。

どうせいつか火の玉が落ちるのなら、それまでは精いっぱい火花を散らしていたい。

儚くても、美しく。
そんなふうに人生を謳歌できたらいいと思う。

#風まかせ文芸部 

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