⑬幸せは、探すよりも気づくもの─ 小さな幸せを見つける日々 ─
以前、法事のあとのお説法で、こんな問いを投げかけられたことがあります。
「今、持っているもので、なくしたくないものは何ですか?」

そのときの私は、
「家族かな? 友達かな?」
そんなふうに、なんとなく思い浮かべただけでした。
「なくしたくないものは?」と聞かれても、深く考えたことがなかったんです。
けれど、そのあとに続いた言葉に、私はハッとしました。
「なくしたくないものがあるということは、それをすでに持っているということです」

あぁ……そうか。
私はずっと、「ないもの」ばかりを探していたのかもしれない。
もっとあれば幸せ。
もっとできれば幸せ。
何かを手に入れれば、きっと満たされる。
そんなふうに思っていたけれど、私が本当に大切にしたいものは、すでに私の手の中にあったんです。
それ以来、私の毎日は少しずつ変わっていきました。
無いものばかりを探していた頃は、どれだけ頑張っても、なぜか心が満たされませんでした。
でも、「今あるもの」に目を向けるようになってから、不思議と心の中に静かなあたたかさが広がっていった気がします。
私が「ありがたいな」と思う瞬間
私には、日常の中で「ありがたいな」「幸せだな」と感じる瞬間があります。
たとえば、朝の空気を吸い込んだとき。

私はこれまでに、くも膜下出血を3回経験し、未破裂脳動脈瘤の手術も1回受けました。
そして、私の場合、出血したのは3回とも「朝」でした。
だからこそ、今こうして朝を迎えられていることが、本当にありがたく感じるんです。
目が覚める。
カーテンを開ける。
朝の空気を吸う。
それだけのことなのに、
「今日も朝が来たんだな」
そんなふうに思えることがあります。
ほかにも、
ご飯が炊ける香り。
布団に包まれたときのぬくもり。
夕方の空が見せてくれる色。
夜、お月様を見上げる時間。

どれも特別なことではありません。
けれど、そんな何気ない毎日の中にこそ、私が「なくしたくない」と思う幸せが、たくさん詰まっているんだと思います。
幸せは「探すもの」ではなく「気づくもの」
幸せというと、何か大きな出来事を想像してしまうことがあります。
夢が叶ったとき。 欲しかったものを手に入れたとき。 何かを成し遂げたとき。
もちろん、そういう瞬間も幸せです。
でも、本当はもっと身近なところにも、幸せはたくさんあるのかもしれません。
朝、目が覚めたこと。
誰かと笑えたこと。
温かいご飯を食べられたこと。
好きな音楽を聴けたこと。
空を見上げたこと。
今日という一日を過ごせたこと。
「幸せって、探すものではなく、気づくもの」
以前のお説法でいただいた問いは、私にそんなことを教えてくれました。
そして、気づいた瞬間から、心は少し軽くなるのかもしれません☺️
あとがき
この文章を書きながら、私自身も改めて考えました。
「私にとって、なくしたくないものって何だろう?」
考えてみると、必ずしも「物」ではありませんでした。
家族と笑いあっている時間。
これまでの経験から得られた幸せ。
人とのつながりの中で感じた幸せ。
そして、いろいろな経験を重ねる中で得られた、自分自身の成長や充実感。
そんな一つ一つが、私にとっての「今ある幸せ」なんだと思います。
何気なく過ごしている時間も、当たり前だと思っている日常も、もしかしたら、いつか振り返ったときに「なくしたくなかった大切なもの」になるのかもしれません。
だからこそ、今ある幸せに気づきながら、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

今日も一日、あなたの中にある小さな幸せに、
たくさん気づけますように☀️✨
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