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【なぜ、真面目な人ほど何かを始めても続かないのか#5】それでも継続が止まったときの考え方

おそらくこれまでの話を読んできた人の中には、
こんな気持ちを抱いている人もいるかもしれません。

  • 「ここまで読んだけど、正直もう止まってしまっている…」

  • 「続けたい気持ちはあるけど、今は動けない…」

  • 「一度止まってしまった継続だからなかなか動けない…」


前回の第4話では、「継続」の中でも特に難易度の高い
「発信」という分野について、かなり踏み込んだ話をしました。

これまで「継続」「習慣化」についてお話ししてきましたが、
この第5話が最後です。

今回は、「それでも継続できなかったらどうするの?」
この疑問に答えていきたいと思います。

僕自身、
すべてのチャレンジが継続しているわけでもないので、
冒頭で書いた気持ちになる人のことは、痛いほど分かります。

ただ、
もし多くの人がこのように感じていたとしても、
まず一つだけ、はっきりさせておきたいことがあります。

それは、
たとえ「継続」が止まってしまったとしても、
それ自体は何の問題もないということ。

問題なのは、「止まったら終わり」だと思い込んでしまうことです。

こうなると、どんな行動も気持ちが重たくなってしまいます。

でも、この「止まったら終わり」という思い込みを外せたら、
継続はもっと軽いものになります。

「また戻ればいい」
「今は止まっているだけ」

そう思えるだけで、
これまで何かを始めるのに必要だったエネルギーが、
不思議なくらい小さくなっていきます。

この第5話で解説すること

  • 継続が止まることを「どう捉えればいいのか?」

  • 続かなかったことに固執するよりも「一度離れる判断は正解か?」

  • 継続が止まったあと、どうやって「戻ってきているのか?」

この3つについて、話していきます。




止まる=失敗ではない

まず大前提として、「継続」や「習慣化」が止まることは、
珍しいことでも、
異常なことでもありません。

むしろ普通だし、
ましてや失敗なんかではありません。

仕事がある。
家庭もある。
体調や気分にも波がある。

そんな中で毎日・毎週、
同じペースで何かを続けられる人の方が、むしろ少数派です。

にもかかわらず、
「継続」「習慣化」が止まった瞬間、

  • 「自分はダメだ…」

  • 「やっぱり向いてなかった…」

  • 「続けられない人間なんだ…」

そうやって、
止まったという事実に対して、必要以上に感情を乗せてしまう人が多い。

その結果、
再開しようと思ったときに必要なエネルギーが
一気に跳ね上がってしまうんですよね。

継続が止まってしまったなら、その事実だけをみよう

でも、一度冷静に考えてみてください。
仮に継続が止まってしまったとしても、

止まった=失敗では決してないし、止まった=終わりでも決してない。
ただ、本当に一時的に止まっただけ。

それだけの話なんですよね。

止まったという事実に、
意味を足さないし、なんの評価もしない。
ただ、「止まっている状態」として扱うのが大事なんです。

だから例えば、
紙に「止まった日」と「理由」を一言だけ書くのもいい。
理由は「疲れた」「忙しかった」「やり方が合わなかった」
——それで十分です。

こうやって少しでも、
止まったことに対して感情を乗せることなく事実として扱えると、
継続を再開させるハードルは驚くほど下がるはずです。

戻れないのは必要以上に自分を責めるから

それでも多くの人が、再び「継続」「習慣化」のスタートを切れないのは、
止まった事実を
「必要以上に否定してしまうから」
です。

確かに「自分で決めたことを守れなかった」と思うと、
落ち込んでしまうのも自然です。
ただ、その自己否定は、
継続を再開するエネルギーを余計に重くしてしまいます。

だからここでは、感情を結論にしない。
やるべきことはひとつで、
「次は止まりにくくするために、形を少し変える」
ということです。

  • 忙しかった → やる量を半分にする

  • 疲れていた → 時間帯を変える/休む日を先に作る

  • やり方が合わなかった → ルールを見直す

重要なのは、
止まったことを責めるのではなく、
止まりにくい形に「作り直す」ということ。
それが次に繋がります。



一度離れる判断は、逃げじゃない

継続が止まってしまった時、
多くの人が一番怖がるのはおそらく、

「一度離れたら、もう戻れなくなるんじゃないか」

という感覚だと思います。

この感覚については、僕自身もめちゃくちゃわかります。
一度止まってしまったら、
「サボり癖がつくんじゃないか。」
「そうなると、もう次は始められないんじゃないか。」
「それなら、嫌々でも惰性で続けたほうがマシなんじゃないか」

と。

だから本当はしんどいし、本音ではやりたくないのに、
無理に続けようとしてしまう。
その結果、
中途半端な行動を繰り返して、余計に自己嫌悪に陥る。

正直、これって全然理想的な状態じゃないですよね。
だから、はっきり言います。

一度離れる判断は、逃げでもなんでもありません。

前の章でお伝えした通り「継続が止まる=失敗」ではありません。
それと同じで、
チャレンジから一度距離を取ることも、逃げではありません。

むしろ、続いている人ほど、
こんな判断を無意識に当たり前のようにしています。

  • 疲れたら、少し距離を取る

  • 今は無理だと判断したら、潔く距離を取る

  • ただし「戻る前提」で離れる

ここが一番大事なポイントです。

結局、一番してはいけないのは、
「止まること」や「離れること」ではありません。
戻れなくなるような考え方をしてしまうことなんですよね。

これまでお伝えしてきた通り、
「継続」や「習慣化」は気合や根性で踏ん張り続けるものではありません。
どれだけ生活に落とし込めるか、という設計の問題です。

生活には波があります。
その波で止まったり、離れたりするのは、むしろ自然なこと。

だから、
「今は無理だから、いったん離れる」
この判断ができる人のほうが、気持ちは軽くなる。
そして結果的に、また戻りやすくなる。

長期的に見れば、そのほうがずっと健全に続けられるんですよね。



継続が止まったあとの「戻り方」

これまで、

  • 継続が止まったときの考え方

  • 続けられないなら一旦離れるのもアリ

ということをお伝えしてきました。

最後の3つ目は、止まったり離れた後の「戻り方」についてです。
正直、ここが一番大事なところだと思っています。

実際、「継続」「習慣化」ができている人を見てみると、
僕含め、ある大事な共通点があったりします。
それは、

「止まってしまったら、止まる前より、軽い形で戻ってくる」

ということです。

どういうことかって言うと、
一度継続が止まってしまうと、これまで続いていた流れや勢いみたいな
ものも一緒になくなってしまいます。

だから、止まる前と同じ「熱量」「頻度」「完成度」を求めてしまうと、
継続そのものが、いきなり重くなってしまうんですよね。

戻れなくなる人は、

「どうせ戻るなら、ちゃんとやらなきゃ」
「中途半端なら、やらない方がマシ」

と考えがちです。
でも僕は再開するときこそ、
次のようなリハビリを少し入れるぐらいがちょうどいいと思っています。

  • 毎日筋トレしていた人が、週1から戻る

  • 3時間勉強していた人が、アプリ学習から再開する

  • 難しい本を読む習慣があった人が、簡単な本を改めて読んでみる

やり方はなんでもいいです。
こうやって、
自分にとって「一番戻りやすい入口」を用意して再び取り組む、
ということが重要ですから。

なのでこうやって、
戻るハードルを自分で上げてしまう
というのは
できるだけ避けるべきかなって思います。

戻れない最大の理由は、能力でも、環境でもなく、
「戻り方を決めていなかった」
というだけなのですから。

だからもし、
これまで戻り方を決めていなかったって人は
今日から自分のチャレンジに対して

  • 「もし止まってもまた戻ってくればいい」

  • 「止まってるのは今だけ」

この感覚を少しずつ持ってみてください。
ここが、継続できる人とできない人の決定的な違いです。

僕自身も、発信が止まりかけたときは、
「前と同じペースで戻れないなら意味がない」と考えていました。
でも実際は、
その考え方のせいで、余計に手が止まっていたんですよね。

「以前よりもグレードダウンなことをやってもなぁ」
って感じで。

でも次第にブログもXもnoteも…となってくると、
もはや一人の手では回らないからそうも言ってられなくなってくる。

だから再開するときも、
「最初から全部フル回転」はまず無理で、
まずは「短くてもいいから一つ出す」ぐらいで
考えるようにしたんですよね。

こうしてからは、再開が比較的軽くなったと思っています。

発信者が「結果」を背負いすぎると、戻れなくなる

ちなみに、第4話からの流れでおそらくこの第5話を読んで頂いている発信者の人は多いと思います。

実は発信でも同じで、再開するときに
「前と同じペースで」
「前と同じ完成度で」

戻ろうとする必要はありません。

でも、
発信者の人を見てみると多くの人が「結果にこだわりすぎ」な気もします。

  • 大きく伸ばさなきゃ

  • 数字を取り戻さなきゃ

  • フォロワー増やさなきゃ

無意識のうちにこんなことを考えているんだろうな、
と思います。

でも、
これまでお伝えしてきた内容と同様、
こんなことを考える必要はまったくないです。

むしろ、
全員に届かなくていい
・派手な数字がなくてもいい
・数人でも「ちゃんと届く人」がいればいい

こういう発信のほうが、発信が止まってしまったときの
「戻る場所」としてはずっと安心・安全です。

最近よく言われる「マイクロインフルエンサー」的な考え方も、
本質はここにあるのかなって思います。

数字を追う発信ではなく、
「関係が切れない発信」をしている人ほど、
万が一、発信が止まってしまったとしても
また戻って来やすい。
これも再開のハードルが下がった、ということですね。



まとめ

「なぜ、真面目な人ほど何かを始めても続かないのか」
このシリーズは、この第5話で完結です。

第1話からここまで、
「継続」「習慣化」というテーマを通してお伝えしてきましたが、
僕が一貫して伝えたかったことは、とてもシンプルです。

継続は、才能でも意志でもメンタルの強さでもない。
生活どれだけ落とし込めるかという設計の問題。

ということです。

そしてこの第5話では、
止まってしまったときの「戻り方」まで、
あらかじめ用意しておくことの大切さをお伝えしてきました。

正直、ここまで準備しておけば、たとえ途中で止まったとしても、
継続はそう簡単に終わりません。

チャレンジが途中で止まること自体は、誰にでもあります。
でも、止まってしまったからと言って落ち込む必要はありません。

戻る前提で動ける人は、結局また前に進みます。
一方で、その前提がない人だけが「止まったまま」で苦しみ続けてしまう。

だからもし今、

  • 止まっている

  • 動けていない

  • 自分を責めてしまっている

そんな状態にいるなら、
必要なのは自分を奮い立たせることではありません。

「また戻れる形」を、今ここから作ること、です。
気合も根性もいりません。

この第5話が、
「止まってしまった自分を責める」のを終わらせて、
「また戻ってくる自分を許す」きっかけになっていたら嬉しいです。

そしてこのシリーズを通して、
一人でも多くの人が「継続は自分にもできるものだった」と感じ、
継続習慣を自分のものにしてくれたなら、
これ以上うれしいことはありません。


ちなみに…

noteでは主に「実体験ベースのストーリー」を語っていますが、ブログでは「より実践的なノウハウ」を、Xでは「日々の気づきや考え」を発信しています。よかったらそれぞれ覗いてみてください👇
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