小説を読んでたら、むかしの男がまた出てきた。
私の趣味は読書だった。
というよりも、イヤなことから逃げるための手段だった。本を読んでいる間は、この現実からログアウトできる気がしていた。
でも、いつからか本を読むのが苦痛になった。
どうしてか。こんなのありえないだろ、とすぐシラけるようになったからだと思う。
ついこの前、娘が本屋に行きたいと言ったので付き合った。小説はあまり好きではないけれど、ハズしてもいいやという気持ちで、“満月珈琲店の星誦み”を、娘のマンガ本と一緒に会計した。
物語はこんな出だしで始まった。
「人生で、一度は大恋愛をしてみたい」
この先も、といってもまだ1ページ目なのだけど、とりあえず本をめくり続ける。
でも、“満月珈琲店”に行き着く前に、頭の中が、“あの人”でいっぱいになった。

もう一度会えたら、
なにもかも捨てるかもしれない。
そんなことを、何度か考えた。
21歳から8年間つきあった人。
小太りなのに服のセンスが抜群で、ジョルジオ・アルマーニやヒューゴ・ボスを、丈を詰めしまくって着る自分を笑っていた。
車のドアはいつも開けてくれるし、ワイパーに花が一本、刺さっていることもあった。
「これを君に」
ずんぐりむっくりの男がそんなことを言うのかと、2人で笑った。
身のこなしがあまりにも洗練されているから、育ちがいいのかと聞いてみたら、とんでもなくワイルドな家族だと言う。
親ゆずりじゃないのなら、そのセンスは自分で身につけたわけだ。ますます好きになった。
でも、なにより好きだったのは、繊細でポキッと折れそうな心を持っていたこと。
誰にも見せたくなくて強ぶっていた。
私はちゃんと見抜いてた。
けど、知らないふりをしていたの、気付いていただろうか。
こんなふうに過ごしていれば、いつかは結婚できると思っていた。
けれど、ある日ぱったりと、なんの前触れもなく連絡が取れなくなった。
彼の会社が倒産した。
「まいったな。」と笑い話にすることも、
私とならできたはずだ。
でも、選ばれなかった。
ずっと後になって、シアトルにいるという噂を聞いた。スタバ一号店に通っていた自慢は、何度も聞いたから、間違いない。
ああもうどうせなら、
惨めなままでいてください。
ヨレヨレのTシャツを着て、
あの頃の自慢話なんてできないくらいに。
「人生で、一度は大恋愛をしてみたい」
但し、ちゃんと終わること。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします♪