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【第6話】出る釘は、打たれなかった。

人生は、何度でも花ひらく。
――【誰もが知っている大企業に入りたかった私】

松下電器に入社し、配属先が発表された。
私は勝手に、冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を扱う営業所へ配属されるものだと思っていた。
営業になりたかったからだ。
ところが、実際に配属されたのは産業部品を扱う営業所だった。
モーター。
半導体。
電池。
「松下電器って、こんな仕事もしているんだ。」
入社して初めて知った。
営業を希望していた私だったが、この部署には女性営業はいなかった。
私に与えられた仕事は「営業業務」。
名前には"営業"と付いているけれど、実際は営業アシスタントだった。
伝票を整理し、電話を取り、営業の先輩たちをサポートする毎日。
入社したばかりの頃は、とにかく仕事を覚えることに必死だった。
平日は毎日ヘトヘト。
週末になると疲れが一気に出て、土日は寝て終わる。
そんな生活が何か月も続いた。


私が松下電器に入社したのは、1991年4月。
日本は、ちょうどバブル景気が終わりを迎え、会社の空気も少しずつ変わり始めていた頃だった。
入社した頃は、まだバブルの名残があり、華やかな雰囲気も少し残っていた。
でも、その空気は長くは続かなかった。
結婚や出産で退職する女性社員がいても、以前のように後任が配属されることは少なくなり、一人ひとりの仕事は少しずつ増えていった。
営業になりたいという気持ちはあった。
でも、当時は女性を営業職として育てようという時代ではなかった。
私も毎日の仕事を覚え、こなすことに精一杯で、「営業になりたい」と口に出す余裕すらなかった。
「安定した一流企業に入れば、きっと幸せになれる。」
そう信じて松下電器に入社した。
でも、夢だった会社で働き始めて四年。
私の心の中では、何かが少しずつズレ始めていた。
そして、入社して四年。
ふと、こんなことを考えるようになっていた。
「私は、このまま会社の歯車として働いていくのだろうか。」


そんな頃、一つの大きな問題が起きた。
新しいモーターが発売され、営業所では営業担当者が毎日必死に注文を取ってきていた。
ところが、工場の生産がまったく追いつかない。
営業所には、お客様から電話が鳴り続けた。
「注文したモーター、まだ届かないんですけど。」
「申し訳ございません。ただ今確認いたします。」
電話を切るたびに、営業の先輩たちは深いため息をついていた。
お客様のところへ謝りに行き、
また注文を取り、
また謝る。
そんな毎日だった。
私は、その姿をずっと見ていた。
営業はこんなにも頑張っている。
なのに工場で止まってしまう。
この状況を、私はどうしても納得できなかった。


そんなある日。
営業所に、モーター事業部の工場長がやって来た。
夜は歓迎会が開かれた。
お酒も入り、最初は和やかな雰囲気だった。
でも私は、営業所のみんなが抱えている悔しさを思い出していた。
気がつくと私は、工場長の隣に座っていた。
そして、気づけば口が動いていた。


「営業はこんなに頑張って注文を取っているのに、工場で製品が作れないのは、どういうことですか。」


言ってしまった。
その瞬間、周りの空気が止まった。
誰も話さない。
笑い声も消えた。
工場長はしばらく黙っていた。
そして静かに言った。
「……そうだな。すまなかった。」
私は拍子抜けした。
もっと言い返されると思っていたからだ。


それからしばらくして、不思議なくらい営業所へのモーターの納入はスムーズになった。
「もしかして……私が言ったから?」
もちろん、本当の理由は分からない。
でも私は、そう思わずにはいられなかった。


数日後。
直属の課長から呼び出された。
「しまった。」
怒られる。
そう思った。
工場長に向かって、あんな言い方をしたのだから当然だ。
課長は私の顔を見るなり言った。
「西田、よく言った。」
……え?
思わず聞き返しそうになった。
課長は笑いながら続けた。
「営業所のみんなが思っていたことを、お前が代わりに言ってくれたんだ。」
叱られるどころか、褒められてしまった。


今思えば、私は出世したいなんて思っていなかった。
守る肩書きもない。
失うものもない。
だから言えた。
でも、もっと大きな理由があった気がする。
私は昔から、「おかしい」と思ったことを、そのままにできない性格だったのだ。
偏差値40だった中学生の頃も。
クリーム色のスーツで就職活動をした時も。
200人の前で手を挙げた時も。
そして、この日も。
今思えば、私は昔から"出る杭"だった。
でも、不思議なことに、私は打たれなかった。
むしろ、そのたびに少しずつ、自分らしい人生の扉が開いていった。
この頃の私は、まだ知らなかった。
この「言うべきことは言う」という性格が、26歳で大企業を辞め、英語も話せないままニュージーランドへ渡る決断につながっていくことを。

(つづく)


🌸 次回予告

第7話「夢は叶った。でも、何かが違った。」
海が見えるオフィス。
建設中のレインボーブリッジ。
誰もが憧れる大企業。
すべて夢は叶った。
それなのに、私の心は少しずつ会社から離れ始めていた。


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