だからきっと、コメントできない
東日本大震災が起きたあの日は金曜日だった。
職場にいたから覚えている。JRは動かず、四谷の住まいに帰れなくなった。待機を断り「歩いて帰ります」と歩き出した。職場はパートナーの家から遠すぎたから、少しでも近くに戻ろうと思ったのだ。同性パートナーは公的な関係ではないので、直属の部署でのみカミングアウトする私は、組織のなかでは単身者として考えられている。しかし帰らなければならない場所があった。何時間も歩いた。
あれからこの時期になると、忘れるな、語り継げ、「死を想え」という言葉が溢れる。
この記事で山上氏はゲイ・コミュニティにおける人の結びつきについて書いている。ある日ぱったりと顔を見なくなる。連絡がつかなくなる。気づけば「お互いの本名さえ知らない」という関係について。「じゃあおれとあんたは繋がっていればいいじゃん」と個人情報を送りかけ、そういうことじゃないんだろうなと思い直し、やめた。こちらの思いをまっすぐ書けば、一度コーヒーをご馳走になっただけの間柄ではあっても、そうしたくなるほど「どこか大切には」感じている。もっと踏み込むことに踏み出してもいいと思っている。語らった数時間でそれだけ親密な気持ちにはなっている。だがこれは社会と個という話であろうし、彼がどうしたいかという話ではないのだろう。
私たちは「どこか大切には感じている」ととどめることに、あまりにも慣れていた。実はその感情がそんな言葉以上に確かで揺るぎなくて実があって、切迫したものだったとしても。
ああ、頼ってもらえないんだなと悟った。
これはいいんだよ。手に入らないことに慣れれば、欲しい気持ちもだんだん失せる。そうして欲望や欲求を矮化してかないと俺みてぇな孤立中年は狂っちゃうゾ☆彡
「なかったもののように」通り過ぎたら楽だろうか。しかしこの狂いそうな気持ちは、よく分かる。私は常に「パートナーが死んでも自分はそれを知り得ない」と考えている。重すぎるその現実が片時も心を離れない。緊急連絡先として同性パートナーを指定しておけばとか、公正証書を交わせばとか、そういう角度の話ではなく、いや現状そうした代替的な手段の有無という話に返るしかないのであっても、人がその前で立ち尽くす壁があることを思う。立ちはだかるそれの手前に、またずっと奥に、十全と生きることを押しとどめるものがあると、目を凝らす。自分が人ならず獣ならばジャングルに帰りたいと、私だって思い続けている。何も知らず何も感じずに生きていたかったという思いが追いかけて来る。光のない深海に生まれていたら、私も何も求めなかった、と思うのだ——だが、私はヒトであった。
いつかこの希求を「当たり前の感情だった」と思い出す。いつか。
そんな記事を読んだ日、一本の訃報が届いた。
小浜耕治氏が婚姻届の受理を求めた家事審判の処分決定を待たずに、小浜氏の同性パートナーが亡くなった。個人的なやり取りも面識もなかったが、お二人を思っていた。なぜかその訃報で真っ先に思い出したのは、何らかの形で声援を送りたくておふたりの代理人である法律事務所に電話した日のことだった。「小浜さんの婚姻届受理に関する審判の件で電話した」と告げると、対応する弁護士の声が急にトーンダウンした。こちらは「全てのゲイの代わりに小浜さんたちが立ってくれたのだと分かっている、感謝していると伝えてください」と言いたかっただけなのだが、嫌がらせや苦情の電話が絶えないのかもしれなかった——あの暗く沈んだ反応が、思い出された。脳はたまにそんなことをする——すぐに襲ってくる圧倒的な悲しみから自分を守るために、私は怒りを必要としていたのだった。「こうなると分かっていながらなぜだ」と、誰に向くとも知れない怒りに一瞬、身を任せた。しかし「だから急がなければならなかったのに」と思うや否や、もう込み上げるものを堪えきれなかった。
夜、そんなどうにもならない心のまま、同日朝にアップされていた記事を読んだ。教会の記事。その、礼拝堂の美しさに息を呑んだ。
礼拝堂が完成したのは1941年。
当時フィンランドはソ連との戦争のさなかにあり、幾万もの命が戦場から祖国の土へと還っていった。日常に「死」があふれていた時代だった。
このチャペルは葬儀のための礼拝用に建てられた。
戦争の死者を送り、家族や恋人、友人が大切な人と最後の言葉を交わす真摯な別れの場としての役割を担ってきた。
死にはどんな慰めもない、と私は知っている。
だからせめて静謐なものであるように、と祈る。
末筆ではありますが、小浜耕治氏と同性パートナー氏のためにご寄付くださった皆様に、お礼を申し上げます。本当に、ありがとうございました。また世事に疎い私に訃報をお知らせくださった「はこぶね行政書士事務所」様にも感謝しております(文中にある小浜氏代理人の法律事務所と、はこぶね行政書士事務所は無関係です)。
この記事をご紹介いただきました
たよろよろ図書館DATABASE 様、ありがとうございます。
この記事をマガジンに収録していただきました
小野光一様、ありがとうございます。
たよろよろ図書館DATABASE 様、ありがとうございます。
