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#6 認識汚染領域〜シンクロスフィア〜

第2章 CLOVER(後編)

スマホを持ったままぼんやりと宙を見つめていると、脳天気な声が耳に届いた。

「あ、先輩だー」

声の方を振り返ると、背中にカバンを背負った陽芽が立っていた。

「陽芽か。何か用?」
「歩いてたら先輩が一人寂しくベンチに座ってたんで、哀れに思って声をかけてあげたんですよ」
「大きなお世話だ。考えごとしてたんだよ」
「へぇー」

唇の端をつり上げた陽芽が隣に腰かける。

「如月先輩の口説き方とか?」
「だから違うって。理音はそういうんじゃないし」
「そういうことにしといてあげましょう」

雑談をする気分じゃなかった俺は、ものの試しに単刀直入に聞いてみることにした。

「……なあ陽芽、お前CLOVERって知ってるか?」
「くろーばー? えーと。ああ、なんかインスタみたいなやつでしたっけ?」
「少し違うけど……。いや、まあだいたいそんな感じか」

言葉で説明するより見せたほうが早い。俺はスマホの画面を開くと、CLOVERの画面を見せた。

「こういう感じのやつ。SNS。ただ、招待されてログインした人しか見れない」
「ディスコみたいな?」
「近いっちゃ近い。お前よく知ってんな」

オンラインゲームでクランに入っていたことのある俺は、教えてもらって使ってたから知ってるけど、陽芽が知ってるのは意外だった。

「わたしだってネットくらい触りますからね。名前くらいは。んで、そのくろーばー?がどうしたんです? お友達登録してほしいんですか? 水増しで」
「俺がネットぼっち前提で語るな。ちょっとこれ操作して軽く中見てくれないか?」
「ええ? 先輩のアカウントでしょ? 変な画像とか見せられそう」
「そんなもんねーよ! いいからちょっと触ってみてくれよ」

半ば強引にスマホを差し出すと、陽芽はしぶしぶといった感じで受け取り、あれこれ触り始めた。

「うーん」
「どうした?」
「このヨツハ? なんか気持ち悪い」

なんとなくむっときた俺は、軽く擁護したくなった。

「見た目は整ってない? 今どきこういうアバター普通だろ?」
「見た目じゃなくて喋り方とかがですね。いちいち先回りしてきたり、クッション置いたり。うまく言えないけど、なんかやだ」

そう言って、陽芽はスマホを返して来た。

「なんかやだ、か」
「これAIエージェントってやつです? これが当たり前になったらやだなー」
「なんでだよ。便利じゃないか?」
「話さないで欲しい」
「機械が会話すんなってこと?」
「これ会話じゃない。こう、あれを押しつけられてるだけ」

……押しつけ、ね。
気が利く、と受け取らないんだな、陽芽は。

「わっ、もう15分も経ってる!」

陽芽は勢いよくベンチから立ち上がった。

「じゃ、先輩。わたしちょっと約束あるんで。今日の貸しはまた後日おごってくれればいいんで」
「貸しってなんだよ」
「お願い聞いてあげたじゃないですかー。焼き肉でいいですから」
「お願い……? えっ? 今の!? 高すぎるだろ!」
「わたし自分を安売りしない主義なんで。それじゃ!」

陽芽は言いたいだけ言うと、手を振って立ち去っていった。
どうも陽芽と話すと調子が狂うというか、事態の深刻さを忘れそうになる。気分が軽くなると同時に、そんな自分に罪悪感を覚える。

「押しつけられてる、か」

ヨツハの印象を言葉にするなら、優しく、共感的で、気が利く、といったところだろう。
要素だけ抜き出したらネガティブに表現する部分はない。

「――小春はそういうんじゃなかった」

俺はヨツハに小春を感じた。  
しかし陽芽の受けた印象は、俺が小春に抱いているイメージからは遠いものだった。
はたしてどちらが正しいのか。
普通に考えたら彼氏である俺の方だ。
しかし……。

「当てにならねーよな」

俺は自嘲気味に呟くと、鞄を手に取り駅へ向かった。

帰り道は静かだった。
正確には物音はたくさんある。車の音も、犬の鳴き声も、近所のコンビニの自動ドアの音も、全部いつも通りある。
ただ、それらが全部、自分と別のレイヤーで鳴っているみたいだった。
部屋に戻って電気をつける。
鞄を床に置いて、ソファに腰掛けた。スマホを開いたところで、指が止まる。

やはり警察に連絡すべきなんだろうか。
ほぼリアルタイムで、死んだ人間のアカウントが更新されるのを見た。
こうなると事件性が認められ、警察が捜査に乗り出すかもしれない。もしこれが何かしら犯罪性のある事件なら、そうするのが正しいのでは?

でも警察が事件として片づけたところで、小春に何が起きたのか、本当のことを知ることはできないだろう。

俺はそれに耐えて、これから生活していけるのか?
――無理だ。
それをするには深入りしすぎた。本当に危なくなったら、理音の身を守るためにも警察に言おう。
しかし今はまだ、輪郭すら見えていない。
もし誰かが小春になりすまして何かしているのだとしても、今のところ俺に危害を加えるような動きは見られない。
もう少し。もう少しだけでいいから、何が起きたのか、いや、何が起きているのか知りたい。

俺は決意を固めると、ニュースアプリを起動した。
おととい見た速報は、もう一番上にはなかった。芸能人の熱愛と、台風の進路と、どこかの企業不正の続報がトップだ。

ネットのニュースの流れる速度は速い。何か事件が起きても、すぐにまた新しい事件で上書きされてしまう。
だけど、事件の性質を考えたら、あまりにも早すぎないか?
認めたくないが、ニュースバリューは高い事件のはずだ。

検索窓に打ち込む。
都内私立大学生五人 集団自殺
候補がいくつか出る。
昨日見た速報記事。概要を改めてまとめたらしき記事。まとめサイトの雑な切り抜き。個人ブログみたいなものも混ざっている。
俺は事件についてまとめてある、新聞社が書いたらしき記事を開いた。

都内の私立大学に通う学生五人の死亡が確認された件で、警視庁は当初一部で報じられた「集団自殺」の可能性を含めて慎重に捜査している。
死亡場所はそれぞれ異なっており、現時点で一斉の行動があったかは不明――

「異なる……?」

思わず口に出た。理音から聞いて速報を見たときは、もっと奇異な事件だった。同じ場所で、同じ時間に、同じように死んだのだと。

でも違う。この記事には死亡場所はそれぞれ別だとかこれている。
たまたま死亡時刻がほぼ同時だったから、場所も同じだと飛ばし気味に発信された? ネットニュースの速報ならあり得る。
裏取りのために別の記事を開く。そちらはもっと露骨にトーンが落ちていた。

SNS上で拡散した「学生五人の集団自殺」情報について、捜査関係者は「死亡時刻が近接していたことから初動段階でその可能性も検討されたが、現時点でその表現は適切ではない」としている――

死亡時刻が近接。つまり、同じ場所ではない。でも、時間だけは近い。

俺はふと思いついてCLOVERを起動した。現れたヨツハに、同時間に自殺したとされるほかの四人のアカウントを探させる。

当たりだった。
CLOVERには自殺者全員のアカウントが存在した。大学で公式に導入されているものだから、みんな本名での登録があったのだ。

しかし、小春以外の四人のうち、小春と相互フォローになっていたのは二人だけだった。それが接点がないことをすぐに示すわけでもないけど、グループで意思を固めて、そろって自殺したとするならやはり少しおかしい気がする。

しかも四人の大学もばらばらである。小春と同じ大学が一人。別の大学で二人。あと一人もまた別の大学。共通しているのは、すべて近畿圏ということだけ。
CLOVERはクローズドSNSではあるが、情報交換や交流も兼ねて、導入している複数大学で接点を持てるようになっているようだった。

「なんなんだよ、これ」

この事件にまつわることすべてが曖昧で、明確な意図が読み取れなかった。
当事者同士が強く結びついていた形跡はない。
なのに事件のあり様は、偶然というには恣意的すぎる。
にもかかわらず、なぜか一つのところに集まるわけでもなく個別に自死している。
狙ってやったとして、時間を合わせることなんて可能なのか。
連絡を取り合っていたとしても、誰か一人くらいやめたり遅れたりしそうなものだ。

……そうではなく、これは計画通り自殺したのがこの五人で、同じような行動をとろうとした人はもっといた?

俺は躍起になって検索を繰り返し、情報を集める。
だけど最初に見た数記事より詳しく解説しているものは見つからなかった。
ネットの掲示板やSNSも見てみたが、場所がばらばらというのが広まるにつれて、みんな興味を失ったようで、書き込みや発信はそれほど活発でなかった。
手掛かりはないか。あきらめてため息をつきながら、大きく画面を指ではじく。タイムラインが高速で流れていき、やがてスクロールが止まった先にあるつぶやきに、俺は目を奪われた。

きっとみんな神になった。神化の先で、すべて分断や争いがなくなる日が近づいている証拠。

突然現れた、小春を騙る誰かの記事が思い浮かぶ。
――神。
何を言ってるんだ。
今は2026年だぞ。
そんな概念、とっくの昔に死んでる。
そのポストをしたアカウント主は、フォロー42、フォロワー30。
日常で思ったことや、ニュースの感想や意見をたまに発信している、何の変哲もない小規模な個人アカウントだった。
少しずつ過去にさかのぼりながら見ていく。
事件とは関係ないようなつぶやきばかりだったけれど、一つだけ気になるものがあった。

CLOVERを使い始めた。ガイドのヨツハが何となく友達の雰囲気に似てて安心する。

やはりCLOVERが鍵なのか?
自分で触った感じ、CLOVERは従来のSNSと大きな違いが感じられない。
違うところといえば、AIエージェントが導入されていて、やたら気が利き、雑な指示でも意を汲んで動いてくれる。それくらいだ。
だけど、関連性があるようで見えてこないそれぞれの出来事の中で、唯一共通することが、CLOVERのアカウントを持っていることだけだ。

俺は再びCLOVERを起動する。
アプリの立ち上げ画面を注視する。
下の方に、それはあった。

Locus Works
白地に淡い緑。ミニマルなロゴ。
CLOVERの開発会社だ。
俺はブラウザでLocus Worksの公式サイトを開いた。

「大学圏における知識共有と対話支援の未来をデザインする」

トップページには、そんな文言とともに、導入大学数と利用者数、成功事例のスライド、学生向けガイドの説明が並んでいた。
導入大学を見ると、近畿圏の私大を中心にかなり多く導入されているようだった。
次に会社概要を開く。

「あれ、これ……」

立派な作りの公式サイトから、そこそこの規模の開発会社だと先入観を抱いていたが、沿革を見るとベンチャー企業というか、個人のアプリ開発者が設立した会社だった。社員数は四名。
代表の名前は、九条恒一。
在学中にCLOVERを開発し、起業。そのまま同大学の大学院に進学し、その傍らLocus Worksの経営をしているとのこと。かなり優秀な人物のようだ。
そして、彼の在籍している大学は鹿鳴館大学。小春と同じ大学だ。
彼が事件に関係しているのかどうかはまだわからない。けれど、まったくつかめなかった事件の輪郭が、少しだけはっきりした気がした。

――明日、理音に相談するか。
俺は理音にメッセージを送ると、ベッドに寝転がった。
今日更新された小春の記事。そしてネットで見つけたつぶやき。小春は死んだはずなのに、まるで生きている彼女を追いかけているようだった。
この答えが見つかるまで、俺の中で小春の死は終わらない。
そしてたぶん、この事件そのものも、まだ何一つ終わっていない。
そんな気がしてならなかった。


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