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【振り子の歴史;病院シリーズ①】白衣の向こう側に入るまで1

私が採用された病院は
地方の中核都市にある単科の精神科。

昭和30年代に設立された
民間の精神科病院であり、

私が住んでいる市内には他に同時期に
できた病院が4つあります。

病床数は私が入職した当時で約200床。

これまでに在職していた心理職は
昭和50年代に非常勤で
1人だけいらっしゃったそうですが、

遠方から来られていたため程なくして
お辞めになったのだとか。

そこから何十年もの間、
心理職は不在の状態で経過していました。

そこにふらりとやってきたのが
大学院卒業してすぐの新米の私でした。

当時は働きたいフィールドが
決まっていたわけでもなく、

何となく安定していそうだから
医療機関にしようかな…
程度のモチベーション。

試しに受けた別の医療機関は
不採用でした。

同業者の方は知っていると思いますが、
学校を卒業してすぐは何の資格も
持っていない状態なんですよね。

やはり経験年数が数年あるだけで
即戦力と見なされ、

なかなか新卒を採用して
しっかり教育をして…

なんていうところは
少ないのかなと感じました。

同じころ、
学校の同期も就職がなかなか決まらず。

かろうじて一人だけ地元のクリニックで
就職が決まっただけ。

本当に全員が就職できるのか、
私だけではなく同期全体が
淀んだ重い空気の日々を
過ごしていました。

そもそも心理職の求人自体が少なく、
そこに応募者が複数やってくるため
常に倍率が高い状態。

なのに自分の武器は何もない。
そこで私は思いました。

「これではいけない」
「人と同じことをしていてもダメだ」

と。
何か良い方法は無いものかと思案し、
二晩ほど考えたところで閃きました。

「そうか。ろくな武器もないのにたくさんの応募が
あるところに申し込むから不利になるんだ」

「求人が無いところに申し込めば、
敵(他の就職希望者)もいないに違いない」

と。
そうしてやおらタウンページと地図を持ち出し、
まずは地図にぐるっとコンパスで円を描きました。

中心は私の自宅。

円の内部は私が通える範囲であり、
そこにある医療機関を北から順に
マーカーでチェックしていきました。

精神科だけではなく
内科や小児科など全てです。

そうしてみると、
20弱くらいの医療機関が浮かび上がりました。

「これだけの機関があればどこかで面接に進めるだろう」

と考えた私は、
次にタウンページで医療機関の電話番号を調べ、
北から順に電話をかけていきました。

「お忙しいところすいません。
私、○○という学校を来年3月で
卒業する者なのですが、
心理士の採用について
ご検討されてはいませんでしょうか?」

ところが、返ってくる答えは

「ごめんなさい。心理士は求人の対象外です。」
「すいません。考えていません」

という素っ気ない返事ばかり。

体感ですが、
大体8割くらいは電話先で断られました。
残る2割は院長や人事を任されている
担当者に取り次いでもらえましたが、
面接まで辿り着くことはありませんでした。

20近くもあったリストはあっという間に
底が見える状態に。

なかには

「来年ご卒業なのですね。
就職先が見つかると良いですね!
頑張ってください」

などのあたたかい言葉をかけていただき、
大いに励まされました。

その後も全戦全敗が続き、
リストの一番最後。

「ここがダメだったら別の案を考えなくては…」

と思いながら、
自宅から通える範囲にあった
最後の医療機関に電話を掛けました。

不思議なもので、
全戦全敗だと緊張も無いんですね。

それまでの体験を通して
「負けて当たり前」
になっていましたから。

「お忙しいところすいません。
私、○○という学校を来年3月で
卒業する者なのですが、
心理士の採用について
ご検討されてはいませんでしょうか?」

と尋ねてみると、
事務の方から
「ん~…ちょっとお待ちくださいね。
今事務長に確認してみます」
とお返事をいただきました。

保留音が流れている間、
「こうして上に取り次いでもらえたのは
何回前の医療機関だったっけ…」
などと考えていると、

「お待たせしました。
できたら面接したいので、
一度病院までお越しいただいても
宜しいでしょうか?」

びっくりして思わず、

「いいんですか?」
「あ、ありがとうございます!
ぜひお伺いいたします!」

と、
聞いた本人がしどろもどろに
なりつつ約束をとりつけました。

もう気持ちは最後の最後で
大逆転ホームランを決めた
野球選手のようでした。

数日後、
面接に行くと私一人に対して
理事長・院長・事務長の3人が
わざわざ時間を作ってくださり、
小1時間ほどかけて私のお話を
聞いてくださいました。

今思い返すと面接というよりも、
いきなり電話してきたどこぞの
馬の骨ともわからない若者に
興味が湧いたといった感じで、

本当に色んな話(修論のテーマや、
就職が難航していたことなどなど)を
聞いていただきました。

話の終盤、理事長から

「それでうちで働きたいということですが、
常勤ということですか?」

と尋ねられました。
この質問は正直焦りましたね。

なにせ新米のぺーぺーでしたから、
私はこの質問の真意を
『何も武器が無いのに常勤で
採用して欲しいというのは、
いささか身の丈を知らなさすぎでは
ないですか?』の意と
勝手に解釈して尻込みしてしまい、

「いや、まずは非常勤で
お願いさせてください。
それで私の働きを見ていただき、
それでも必要だと感じた時には
常勤で勤めさせてください」

と答えました。

かくして、
私は週に1回の非常勤で
精神科の仕事に就いたのでした。

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