【振り子の歴史;病院シリーズ②】白衣の向こう側に入るまで2
(記事中に出てくるケースは、
実際の本人像を損ねない程度に
模した架空ケースになっています。
予めご了承ください)
前回までの記事はこちら↓
私が単科の精神科に
非常勤で採用されたのが、
なぜか4月からではなく
院を卒業するギリギリ手前の3月下旬。
なので、
一瞬だけ学生と精神科非常勤心理士の
二足の草鞋を履いていました。
それ以前にアルバイトとして
初めて勤めたのが児童相談所の
心理嘱託員。
それが大学院1年目のことでした。
一時保護所に入り、
保護中の子どもと関わる仕事で、
様々な製作遊びをしたり外で遊んだり。
そのような遊びのなかで
ふと漏らす子どもの声を聞き取り、
記録していく。
子どもたちにとって
一時保護所は単なる通過点なので、
数週間~数か月単位で入れ替わりが起きます。
頻繁にやってくる出会いと別れ。
他の職員からは
「こっちのメンタルが持たなくなるから、
子どもに対して情を持つな」
と言われていました。
こうも回転率が高いと、
それもそうなのかもしれませんね。
いや、そもそも回転率の問題なのではなく、
「通過点」に過ぎない一時保護所の、
それも週に何回かしかやってこない
「嘱託員」の関わりというのは
児相機能全体からみたら微々たるもので、
「その辺りをわきまえて仕事しないさいよ」
の意味だったのかもしれません。
とにかく、
今こうして思い返すと、
子どもたちとは実に様々な遊びをしました。
折り紙でぴょんぴょんカエルを作ったり、
トランプやUNOをしたり、
外でボールを蹴ったり。
ある時、Aくんという小学生の男の子が入ってきました。
少々やんちゃで、
職員に対して悪口を言ったり
嫌なあだ名をつけては笑うような子でした。
人が嫌がる様子を見ると
楽しくなってもっともっと
悪ふざけをしてしまう子でした。
ですから、
直接「そんなことを言われたら先生は傷つくな」
とか「Aくんがヘンなあだ名を付けら
れたらどんな気持ちになる?」
などの正攻法は全く無意味でした。
別な日、Aくんは工作遊びの際に
ハサミを手に取り、
振り回す遊びを始めました。
当然、職員は止めにかかりますが、
なにせ正攻法は全く無意味なAくん。
大人から注意を向けてもらえて
嬉しくなったのか、
ますます振り回しては楽しそうにしています。
私も丁度その場面に居合わせており、
この
「直接注意すると行動がエスカレートする」
「かといって放置していたら危ない」
という場面をどう凌ぐか
頭をフル回転させながら考えていました。
その時、
ふとアイデアが舞い降りてきました。
Aくんが楽しそうにハサミを
振り回している横で、
私は定規を手に取ると、
机の端に半分だけ定規が乗るように置き、
それから定規をしならせました。
そして、しなった定規の上に消しゴムを置いて、
定規を押さえている手を離すと、
消しゴムは天井付近まで見事に飛んだのです。
さらに天井まで高く飛ばすには
どうしたら良いかをあれこれ検討しながら、
定規のしなり具合や消しゴムの置く
位置を微調整していると、
Aくんがハサミを放り出して
「それ貸して!」と奪いに来たのです。
そうしてAくんが
「先生(私)より高く飛ばしてやるよ!見てて!」
と夢中になった瞬間に
そっとハサミを机の逆サイドに移しました。
それを見た別の職員がこれまた
そっとハサミを箱にしまい、
Aくんは全く気付くことはありませんでした。
結果、全く突然の思いつきでしたが、
見事に危機的状況を脱することができたのです。
この体験はいくつかの示唆を私に与えました。
1つは、経験年数が浅くても実践の場で役に立てること。
2つめは、Aくん自身に理解を促さなくても、
問題行動に変化を与えられること。
人は、自分が「意識」していることをやろうとする。
今、目の前で繰り広げられている問題行動は
「意識的なもの」なのか。
それとも「無意識的なもの」なのか。
もし「意識的なもの」だとしたら、
Aくんのように意識をどう別の対象に
変化させていくかが大切であり、
きっと効率の良いやり方になるのでしょう。
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