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【振り子のエッセンスシリーズ①】精神科に心理室をつくる― 人間関係をゼロから築いたプロセスとコツ ―

前回までの話はこちらです↓

これまでの流れですが、

なんとか心理室は創設できたものの、
病院から全く使ってもらえない
状況や変わらず漂うアウェー感を
どう打破していくか。

どうやったら仕事は舞い込んでくるのか?

それを真剣に考える日々を送っている
ところまでが前回のまとめでした。

カウンセリング業務スタート


2009年6月に病院内のカウンセリング
体制が整いましたが、
1か月で行ったカウンセリングは
外来の患者さん1名、
入院患者さん1名の計2名だけ。

当初は全くと言って良いほど
活用されませんでした。

医師もどのようなケースを
心理士にお願いしたら良いか
完全に手探りだったと思います。

2010年5月までの1年間に
少しずつカウンセリング数も
伸びていきました。

この1年の間に、
ご縁があった患者さんのお話を
聞かせていただくことができ、
とても嬉しかったことを覚えています。

と同時に、様々な事を勉強しました。
以下、ちょっと振り返ってみます。

新卒心理士が勉強したこと

①実存分析(ロゴセラピー)

夜と霧で有名なフランクルが提唱した
「意味を中心としたセラピー」。

ただしこれは明確化された技法というよりも、
「カウンセリングに来た方にとって
意味のある事は何か」をしっかりと
アセスメントしていくものであり、
フランクル自身も
「他の心理療法を補完するセラピー」
として実存分析を位置付けています。

ちなみに、
学生時代は指導教官から
臨床動作法を学んでいましたし、
フォーカシングについても
触れる機会がありました。

ただ、
臨床動作法は学校場面や病院では
使いづらさを感じてしまい、
自然と遠ざかってしまいました。

②SST(ソーシャルスキルストレーニング)

デイケアや作業療法に関わる
機会があったため、集団プログラムに
ついて学ぶ必要性を感じました。

研修で初めてリバーマンの名前を知り、
名著『精神障害と回復』に辿り着きます。

500ページほどのボリュームで
7000円ほどする本ですが、
生活費を切り詰めて買いました。

これは本当に勉強になりましたし、
今思えば安い自己投資でした。

精神科に勤める全職種必携の書だと
思っています。

③短期療法(ブリーフサイコセラピー)

当時、知り合いの紹介で
つながった先生がいました。

地方から東京まで定期的に
集団スーパーバイズを
受けに行っていたのですが、
そこではじめてブリーフセラピーに
ついて知りました。

ブリーフセラピーは、
より短期間に効率的な援助を
探求するアプローチですが、
そのなかに解決志向アプローチ
があります。

これは、
「問題がきれいに解決したとしたら、
その後どのような生活を送りたいか」

という解決像を具体的にイメージ
してもらい、それに向けて手近な
目標を立てて取り組んでいくアプローチになります。

この「解決像」というのが
結局はロゴセラピーでいう
「その人にとっての意味ある生活」と
ほぼ同じであることに気づき、
後々私の臨床スタイルの核になっていきました。

他職種との関わり

職場では、何年経っても
1人職場でしたが、
代わりに他職種の先輩方に育てて
いただきました。

とくに新米の頃は看護師・
精神保健福祉士・作業療法士の
3職種とはよく話をして
物事の考え方や仕事する背中を
見させてもらいました。

その他、
看護補助さんからはよく
缶コーヒーをおごってもらい
ましたし、

営繕のおじさんとは、
暇を見つけて作業部屋に行ってよく
雑談したりしていました。

人間関係形成のコツ

常勤2年目になると、
相変わらず仕事は少ないながらも
アウェー感は大分無くなりました。

どうやったら仕事が
舞い込んでくるのかは依然として
謎のままでしたが、

人間関係形成のコツのようなものは
何となくつかんだ気がしました。

それが
「役職から離れる」
ということです。

「看護師」や「精神保健福祉士」、
「公認心理師」としての会話ではなく、
役職から外れた会話をすること。

つまり、雑談ですね。
雑談はお互いフラットな関係に
なれる貴重な時間です。

例えば、「遊び」はその性質上、
参加者の自由な自発性に委ねられています。

そして鬼ごっこにしても
テレビゲームにしても
現実とは切り離された
世界を作り出します。

そうして現実と分離された
時間的・空間的な枠の中で展開され、
参加者にある種の
「体験の共有」が生まれます。

そして
もっとも大きなところだと思うのが、

「遊び」には
何らの実利性
(例えば、お金儲けとかの現実的メリット)
も無く、
何の責任性もない
(素の自分でないと遊べない)
ということです。

そういう意味で、
「雑談」とは
「言葉を介した遊び」
だと思うのです。

思えば私たちは、
小さい頃から一緒に遊ぶ人は
自然と友達同士になっていました。
大人になると直接的な「遊び」は
難しくなりますが、代わりに
「雑談」で「遊ぶ」のです。

天気の話から、
冗談、皮肉、職場の先輩の昔話
(過去の武勇伝的な)を聞いたり、
ちょっとしたことでノリツッコミをしたり。

仕事をさせていただく前に、
まず相手と遊ばないと
いけないんですね。
肩書を全部外して、
何らの役割性も実利性もないところで。

これが分かってから、
少しずつ仕事が舞い込むように
なってきました。

今回もお読みくださり、
ありがとうございました。

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