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すり合わせを、惜しまない。【教育シリーズ11】

夏休み。
今年もこの時期がやってきた。

ここ3年ほど、
学校の先生方の
夏の研修会に招かれている。

テーマは一貫して

子どもの支援に繋げる
知能検査の解釈の仕方


だ。

過去2度、
私はこのテーマで
苦い思いをしてきた。

初年度は
資料づくりが難航し、

想定していた以上に
多くの時間が消えていった。

おかげで別の仕事にも影響し、
全体的なスケジュールも
一部修正しなければならなかった。

原因ははっきりしている。

教育現場が
知能検査から知りたい中身と、

私が伝えたいこととの間に
差があったのだ。

だから、
私なりの想いを
一つ一つ翻訳した資料を作る
必要があった。

そして2年目。

私は
初年度の研修内容を
土台にして、

検査結果を
深く読み込み
支援を組み立てる、

発展的な研修内容にした。

ところが、
結果は悲惨だった。

当日参加者の
半数以上が

昨年度の
私の研修を受けていない
人だったのだ。

いきなり
アドバンズドな内容に
放り込まれた先生方は、

必死にメモを取り
喰らい付いてきた。

だが、
それ以上に
私は必死だった。

この研修では、
2つの架空ケースをもとに
検査結果を深くみていく
予定だったが、

急遽そのうちの
1ケースを潰し、

予定になかった
基礎的な話も織り交ぜながら
どうにか研修の時間を乗り切った。

後から分かったことだが、
どうも研修はその年ごとに
単発で行われるらしい。

つまり、
こちらが発展的な内容を
企画したとしても、

当日は全くの初学者が
参加してくることが
当たり前に発生してしまう。

この場合の失敗の原因は、

私が勝手に研修を
経年的なシリーズとして
脳内変換していたことと、

知能検査の習熟度で
参加者を分けて欲しい
という希望を、

事前に上手く先方と
擦り合わせられなかった
ことだ。

そのような
苦い経験があっての3年目。

「流石にもう依頼は来ないかな
(できたら来ないで欲しいな)」

と思っていたところに、
私はまた肩を叩かれた。

今回ばかりは正直に

去年ミスマッチが生じてしまったが、
果たして自分でいいのか?

そして
毎年同じテーマで参加者は飽きないのか?

と尋ねてみた。
先方からは、

「確かに昨年度は内容が
難しかったという声が上がった」

「しかし、検査結果から
支援の方向性を
考えなければならない
お子さんは増える。」

「そのためにも、
今年もぜひ力を
貸してほしい」

と言われ、
心を動かされた。

苦心の末、今年は
今まで一度も
知能検査の結果に
触れる機会のなかった
先生方を対象とした企画を設けた。

資料作りも一から見直し、
可能な限りシンプルにして、
専門用語もひとつひとつ
解説を行った。

結果は、
大成功だった。


思えば、

日頃から
様々な出来事を
共有している関係だからこそ、

分かりあえていると
思っていたのかもしれない。

そして、
協働して仕事し合う
近しい存在だからこそ、

ニーズが微妙にズレたときに
お互いが遠慮して擦り合わせきれない
ことがあるのだと思う。

ちょっとしたズレを
無意識のうちに受けとめず、

分かった気に
ならなければ良かった。

少なくとも私は、
その気づきに3年かかった。

来年、
また同じテーマで
声がかかるのかは、
まだ分からない。

それでも、
近ければ近いほど、
すり合わせる手間を
惜しんではいけないのだと、
今はそう思っている。

‥‥来年の私が、
また肩を叩かれた
時のために。



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