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「境界をまたぐ心理士」と山村での自殺ゲートキーパー【山村シリーズ②】

前回の記事では、
この山村と私【振り子】との出会いをまとめました。
詳しくはこちらの記事へ↓

様々な下準備の末、いよいいよ村に行く日になりました。
事前にルートを確認すると、
私が住んでいる市から村までは2本の道があるのがわかりました。

一つ目は市の西側から川沿いに山の斜面を切り開いた道を抜け、
一旦隣町を経由し、村に入るルート

もう一つは市の南側から一気に山道を登り、
直接村に入るルート

どちらもそれなりに道幅が狭く曲がりくねっているので悩みましたが、
隣町を通る道は古くからの街道であることがわかり、
道路状況も比較的良さそうだと考えて
一つ目のルートで村に入ることにしました。

隣町まではおよそ40分。

隣町は私のいる市から標高にして300mほど高いところにあります。
まずはその町を目指して市街地を離れ、
2~3の山々が織り成す山裾の川沿いをゆっくり進んでいくと、
住宅がちらほらと見えるようになります。

この町の外れに道の駅が1つあるので、そこでいったん休憩しました。

目指す村まではここからさらに約20分。
町からさらに標高200mくらい上がったところにあります。

道の駅を出て家並みが途切れるころ、
村に入るための分かれ道に差し掛かりました。

初めて通る道。
カーブを曲がるごとに町の景色が遠ざかり、
やがて川の上流特有の岩肌と、
その岩肌を滑るように流れていく清流が見えてきました。

私の住んでいる市を流れる川の上流でした。

さらに進んでいくと、道幅の狭い急な上り坂になりました。
道路のすぐ真横には白い無数の小さな滝が現れ、
滝の上の木々から零れ落ちた日差しが差し込んでいます。

水も陽を受けてきらりと光るのが見えました。

そこを過ぎると、景色が急にひらけ、
空気がふっと澄んだ気がしました

山の斜面に抱かれるように、
静かな田んぼが広がっていたのです。
風が稲の葉をそっと揺らし、
遠くの山並みはやわらかな輪郭で空に溶けています。

麓の町のざわめきはもう遠く、
私を乗せた車はゆっくりと、
村に一つだけの公民館へと近づいていきました。

「なんだろう? この村、初めて来たのにすごく落ち着く」

これが私の村に対する第一印象でした。

・・・・

公民館では、既に小学校と中学校の先生方が
総勢20名ほど集まっておられました。

ここで私は2時間の自殺ゲートキーパー講座を行ないました。
前半は講義形式です。
私は以下の内容を皆さんにお伝えしました。

・自殺ゲートキーパーとは、「自殺の危険を示すサインに気づき、
 適切な対応を図ることが期待される人」
であること

・自殺に対する近年の動向

皆一人一人が自殺予防の主役であること

・1人の子どもの自死の背景に100人の自殺未遂児が推定されること

・自殺危機にある人は、「死にたい」と「生きたい」気持ちで揺れ動くこと(両価性

・自殺の危機にある人は、問題の唯一の解決方法が自殺であるかのように
 感じがちであること(心理的視野狭窄

そして、後半は4つの小グループを作り、
グループワークを行ないました。

ワークの内容は自殺危機初期介入スキル研究会のテキストを
参考にさせていただきました。
ここに直接内容を挙げることは差し控えますが、
関心のある方はぜひ下のサイトから入ってみてください。


ちなみに、
4つのグループにはありきたりな「1班~4班」みたいな呼称ではなく、
それぞれ村の伝統工芸品の名前をつけました。

私なりに下調べをしての精いっぱいのユーモアでしたが、
幸い参加された先生方にも喜んでいただくことができました。


・・・・

会も終了に差し掛かった頃、
ある若い先生がぽつりと話し始めました。

「保護者との付き合いを考えると、
子どもへの踏み込んだ声かけに躊躇してしまいます…」


村という狭い地域性だからこそ、
家庭と学校がより密な関係になる。
先生が住んでいる場所もすぐに知れ渡る。

担任ー保護者関係でもあるけど、
同時に村に一軒しかない店の「店主ーお客」な関係でもある。

仕事とプライベートの境界があいまいで、
多重関係を生きる生活だからこその悩みでも
あるように感じられました。

だから、色んなことを同時に多角的に考えて、
最良の声かけは何かと考えてしまう。

その途端に、答えが見えなくなり
声かけに戸惑ってしまう。

そういう地域性ならではの苦労に、
他の先生方も皆頷きながら聞いていました。

それでも、子どもの小さな変化に気づく。
気づいた瞬間から、

「もし何かあったらどうしよう」

という不安を抱えることになる。

気づけたことは大事なはずなのに、
同時に「自分に何ができるのか」という重さも背負う。

多くの先生が、自殺ゲートキーパーの研修を通して
そんな葛藤を抱えているようにも感じました。

私が講座でお伝えしたのは、
ゲートキーパーとは“救う人”ではない
ということです。

ゲートキーパーは
命を直接救うヒーローではありません。
役割はとてもシンプルです。

「気づく・声をかける・つなぐ」

この3つです。私たちはつい
「何とかしてあげなければ」と思ってしまいます。

でも実際には、
一人の大人がすべてを背負う必要はありません。

むしろ大切なのは、

一人で抱え込まないこと
なのです。


講座の最後に、
先生たちにこうお伝えしました。

「もし迷ったら、
完璧な言葉を探さなくて構いません」

ただ

「最近どう?」
「ちょっと心配してるんだ」

と伝えるだけでもいい。

その一言が、
「自分のことを見てくれている人がいる」
というサインになることがあります。

命を救うのは、
特別な技術だけではありません。

時には、
教室の片隅で交わされる
ほんの短い会話だったりするのです。

・・・・

公民館を出るころには、
山の空はもう淡い夕色に染まり始めていました。

村の田んぼは昼とは違う静けさに包まれ、
稲のあいだを通る風だけが、
さやさやと低い音を立てています。

西の空に沈みかけた陽が山の端に触れ、
田の水面はやわらかな橙色を映していました。

ゆっくりと車を走らせると、さっきまで広がっていた景色が
少しずつ山の影の中へと沈んでいきます。

やがて道は再び細くなり、坂を下り始めました。

昼間に白くきらめいていた小さな滝は、
今は薄い影の中でかすかに光り、
絶え間ない水音だけが静かな山道に残っています。

木々の間から差し込んでいた陽射しはもうなく、
かわりに西日のかすかな残照が葉の隙間に淡くにじんでいました。

カーブをいくつも曲がるうち、
岩肌のあいだを流れていた清流が再び姿を見せます。

水は夕暮れの色を含み、昼よりも深い青を帯びて、
静かに岩をなでていました。

「また、この村に来よう」

最後のカーブを曲がったとき、
隣町の灯りが広がりました。

さっきまでいた静かな山村が、
まるで一枚の薄い夕景の向こう側へと
遠ざかっていくようでした。

私はその灯りのほうへ車を走らせながら、
背後の山の暗がりに、
あの小さな村が静かに沈んでいくのを感じていました。


・・・・

職場に戻ると、事務長から声を掛けられました。
「おかえり。お疲れ様。どうだった?初めての村は?」

「思いのほか山の奥だったのでびっくりしました。
‥でも、とても良かったです。またあの村で仕事がしたいですね

「そう。それは良かった」


この日を皮切りに、
私の3年間の自殺ゲートキーパー講師が始まっていくのでした。


今回はやや長めの記事になってしまいましたが、
最後までお読みいただきありがとうございました。

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