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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四話 ズレる色


同じものを見ているはずなのに、違って見えることがある。

——それを、私はズレだと思っていた。

でも、エラは違うと言う。

ズレているのは、世界か。
それとも、自分か。

その答えは、まだわからない。




エラとヨル 第四話
【ズレる色】


エラはあぐらのまま大きな岩に座り、岩場に置いた地図と何も書かれていない羊皮紙を交互に見つめている。

——何をしているの?

声をかけたが、少し待っててと言われてそれっきり。

私は何もすることがなく、黙って見つめているしかなかった。

エラがやっと何かを呟いた。
話すというより……これは詠唱?

昔、村に来た魔法使いが簡単な火の魔法を使ったのを見たことがある。

それに近いけど、遥かに長い言葉。

エラの周りの空気がぐにゃりと曲がるのが見えた。

次に地図からゆっくりと文字が宙に浮く。
正確には、地図に書かれた絵や文字と同じ形のものが浮かび始めていた。

——何これ?

見たことはないが、何かすごいことを始めたのだけはわかった。

エラの言葉は歌のように聞こえた。
そう、地図に向かって歌っている。

その声に合わせて、ひとつ、またひとつと浮かぶ記号たち。

エラは隣に置かれた羊皮紙に向かって、浮かんだ記号をゆっくりと言葉で運ぶ。

——地図を写してる?

私はようやく理解した。

——魔法で地図を複製しているんだ。

真剣な表情のエラの額から、うっすらと汗が滴る。

集中している。

目線を交互に移動させながら、浮かんだ記号を羊皮紙に馴染ませる。

長い時間をかけて、ゆっくりと、丁寧に運ぶ。

その光景は、いままでに見たどんな光景よりも神秘的で美しかった。

最後のひとつの文字が綺麗に落ちると、エラの前には寸分の狂いもない二つの地図が並んでいた。

「ふぅー……疲れたー」

エラはやっといつもの様子に戻る。

「すごいじゃない。今のって魔法?」

私は思わず声をかける。
いつもと変わらないエラは笑顔を浮かべた。

「すごいでしょ? 私の魔法。たぶん、世界で私ぐらいしかできないよ」

その言葉を聞いて、私もそう感じた。
こんなすごいこと、見たことがない。

どこからどう見ても、同じ地図だ。

「そうかもね。でも、こんなことができるなら、いくらでも地図が増やせるんじゃない?」

そう言うと、エラは肩をすくめた。

「無理無理。一日一回できればいい方だよ」

「それにさ。ここみたいに土のミニアが濃い場所って、なかなか見つからないんだ」

——ミニア。
魔法を使う時に必要なもの。

確か、そんなことを昔教わった。

しかもミニアはいろんな色があって、それぞれの色が見える人にしか使えない。

「じゃあ、エラは土のミニアが見えるんだ!」

——すごい! 魔法だ。

私は心が跳ねるのを感じた。

「まあね。でも、いろいろ大変なのよ」

私に比べて、苦笑いを浮かべるエラ。

「そうみたいね。時間もかかるし、なんか複雑な呪文唱えてたし」

私は二枚の地図に、ふと視線を送る。

——あれ? でもちょっとズレてる。

さっきまでは同じに見えていた地図が、わずかに違って見えた。

うまく言えない。

でも違う。

「ねえ。これ少しズレてない?」

私がそう言うと、エラは地図を覗き込んだ。

交互に地図を見比べる。

「ズレてないよ。ほら」

「これ、ちゃんと写してるよ。でもね——」

エラは指で地図を軽く叩いた。

「同じ地図でも、違う場所に着くことはあるよ」

そう言うと、地図をずらして重ねてみた。
上から少しずつズラしてみる。

本当だ。ズレてない。

でも、なんで?
さっきはズレてるように感じた。

私の頭に疑問が浮かぶ。

その時、私の目には片方の羊皮紙の地図が少しぼやけて見えた。

——なんでだろう?

その様子を見たエラが、私の目を覗き込んできた。

「ヨルってさ……もしかして色が見えてる?」

私はドキリとする。

そう、実は昔から夜になると、空気に漂う何かには気づいていた。

最初は見間違いかと思った。
しかし、次第にその色ははっきりと見えるようになった。

黒色。

私の髪と同じ色。
少し肩に力が入る。

しばしの沈黙。

「やっぱり見えてるんだ! 何色?」

エラは目を輝かせて私を見る。
私は観念して、一息吐いて答えた。

「黒色……」

「あー……なるほどね」

エラは少しだけ考えてから、楽しそうに笑った。

「ヨルには、“影”が見えてるんだ」

「影?」

「普通の人は形しか見ない。でも黒はね、形じゃなくて影の色なんだよ」

エラの言葉の意味は、まだよくわからなかった。

ミニアが見えるのは秘密にしていた。
色が見える人は極端に少ない。

しかも黒色は、夜の神ヨミの影響と思われていて、イメージがよくない。
むしろ、知られたら避けられる色だ。

だから誰にも言えずにいた。

「すごい! 黒色が見える人に初めて会ったよ!」

エラの予想外の反応に、逆に驚いた。
だって嫌われている色だ。

でも……

「黒色ってどんな感じなの?」

「夜だと見える?」

「暗闇に黒色って同じじゃん」

「ねぇ、ねぇ、気になる!」

エラの言葉は止まらない。

私はなぜだか笑っていた。
呆れたというより、少し安心したからだ。

——この人には敵わない。

さっき目の前ですごい魔法を使った人の反応じゃない。

それがとても嬉しかった。

「あなた、変わってるって言われない?」

エラを見つめて呟いた。

不思議そうに見つめ返すと、エラが笑って言う。

「お姉さんって呼んでいいよ」

「そういうとこ」

短く返したが、気持ちが少し軽くなった。
エラのことは何もわからない。

強くて、魔法も使えて、地図を書いている。

ただ……少しズレている。

——この人は、世界とズレているんじゃない。

たぶん、“ズレたまま立っていられる人”なんだ。

そして——

そのズレは、私にとっては心地よかった。

🔙第三話   第五話🔜

▶️ ズレた二人の物語はこちら

note創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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