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感情より燃料——日韓が動いた本当の理由

ガソリン代の裏側で進む、日韓エネルギー協力

2026年5月20日|Ryu




灯油代は、遠い海峡で決まっている

今年の冬、灯油の値段が上がったことに気づいた人は多いはずだ。東北の給油所では18リットルあたりの価格が軒並み跳ね上がり、「また上がった」という声が灯油缶を持つ手とともに漏れていた。

その背景にあるのが、ホルムズ海峡の問題だ。日本の原油輸入は中東依存率が95.9%に達している(石油連盟、2024年度統計)。その多くはホルムズ海峡を経由する。ここが詰まれば、日本のエネルギーは文字通り止まる。

エネルギーの話は、遠い国の話に見える。でも実際はそうでもない。2026年2月以降、イランをめぐる情勢が緊迫し、その影響は日本のエネルギーにも影を落とし始めた。そんな中、5月19日に高市首相は韓国・安東を訪れた。




日韓が動いた理由

日韓関係の話をすると、歴史問題や政治的摩擦を思い浮かべる人が多い。確かにその通りだ。

今回動いた理由は、歴史問題よりもっと単純だった。燃料が止まれば、両方困るからだ。

財務省貿易統計(2024年)によると、韓国から日本への輸入品目で「鉱物燃料および潤滑油等」は全体の約20.8%を占め、最大カテゴリのひとつとなっている。もう現実には、「関係ない」では済まないところまで来ている。

ホルムズ海峡が止まれば、日本も韓国も燃料の確保が難しくなる。少なくとも、今回の背景にはこうした事情がありそうだ。




安東合意で「確認されたこと」——3行で言えば

難しそうに見えるが、中身はシンプルだ。ただし重要な前提がある。今回は「決定」ではなく「確認」と「協議の起点」である。

①融通し合う方向で協議する(スワップ) 日本国内の製油所がトラブルになったとき、または日本向けのLNGタンカーが中東情勢で遅延したとき、韓国側の備蓄や調達枠から一時的に融通してもらい、後で現物か金銭で返す方向での検討が確認された。金融の「通貨スワップ」のエネルギー版だと思えばいい。FNNの報道によると、高市首相がこの提案を行い、李大統領が参加意向を示したとされる(FNNプライムオンライン、2026年5月19日報道)。

②アジア域内の備蓄・調達体制を共同で支援する(POWERR Asia活用) 2026年4月15日、高市首相が発表した「POWERR Asia(パワー・アジア)」という枠組みがある。正式名称は「アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ」。総額約100億ドルの金融支援で、アジア各国の備蓄タンク建設や原油調達を支援するものだ(経産省・外務省、2026年4月15日発表)。今回の安東会談で、韓国がこの枠組みに共同で関与することが確認された。

③話し合いのルートを常設する(産業・通商政策対話) 経済産業省(METI)と韓国の産業通商資源部(MOTIE)が主導する常設対話機関を新設し、今回の首脳間の確認事項を具体的な行動計画に落とし込んでいく(テレビ朝日ANN報道、2026年5月19日)。




「よかった」で終わると、見落としもある

ただ、ここで「よかった」で終わると、見落としもある。

今回の安東合意には、構造的な弱点が3つある。

弱点①:超有事に本当に融通できるか 日本も韓国も同時に干上がるような本物の危機が来たとき、韓国大統領が自国民の反発を押し切って燃料を日本へ優先するか。その判断基準と優先順位が今回の合意には明記されていない。紙の上の友好と、有事の実行力は別物だ。

弱点②:価格をどう決めるか 融通する際のエネルギー価格の算定方法が未定だ。スポット価格ベースか固定レートかで、危機時の利害対立が生まれる。これが決まっていないと、いざというときに「条件が合わない」と交渉が止まるリスクがある。

弱点③:政権が変われば変わる 今回はシャトル外交の流れの中で、李大統領の地元・安東が会談地に選ばれた。ただ、政権交代や内政の変化で枠組み自体が揺らぐ可能性は残る。日韓間で過去に合意が「絵に描いた餅」になった例は少なくない。




この話はガソリン代だけでは終わらない

視野をもう一段広げると、今回の合意の本当の意味が見えてくる。

中東でホルムズ海峡危機が発生したとき、米国の抑止力と視線が中東に集中する。その瞬間、東アジアのパワーバランスが動く可能性がある。北朝鮮問題、台湾海峡、中国の動向 -これらすべてが連動している。

エネルギーが安定していないと、防衛も物流も結局は動きにくくなる。その意味において、今回の協力は単なる資源調達の話を超えた文脈がある。




あなたの生活への落とし穴と出口

では、この合意は私たちの暮らしにどう関係するか。

短期(〜1年):価格への影響は限定的 今回はあくまで「枠組みの確認」であり、スワップの量・価格・発動条件はこれから協議する。ガソリン代や電気代が直ちに下がる話ではない。ただし「日韓間の融通ルートが制度化される方向に動いた」という事実は、中東リスクが顕在化したときの価格スパイク(急騰)の緩衝材になりうる布石だ。

中期(1〜3年):エネルギーコストが実際に変わるかを見る段階 産業・通商政策対話が機能し始め、具体的な融通量や価格決定ルールが固まった段階で、初めて実効性が問えるようになる。製造業や物流業に従事している人は、このフェーズを注視する価値がある。企業のエネルギーコスト計画に直接影響するからだ。

長期(3年〜):サプライチェーン設計の前提が変わりうる 企業が調達計画やサプライチェーン設計に「ホルムズリスク」を織り込む際、日韓スワップ体制の有無が前提条件のひとつになりうる。物流・貿易に携わる人間にとっては、この枠組みが機能するかどうかが実務判断に関わってくる。




結論:完成ではなく、起点

2026年5月19日の安東合意は、ゴールではない。

好き嫌いとは別に、動かないと困る段階に来たのかもしれない。それがこの会談の正直なところだと思う。

今後の焦点は、産業・通商政策対話でどれだけ早く「融通量・価格・発動条件」という具体的な中身を詰められるかだ。中東の情勢は待ってくれない。

冬が来るたびに灯油缶を持つ手が重くなる前に、この枠組みが本当に機能するかどうか -少なくとも、ガソリン代や灯油代のニュースを見る目は少し変わるかもしれない。



参照情報源


※ 元稿記載の「石油製品輸入シェア36.6%・月間60万kl」「韓国の日本向け輸出シェア11.3%」「JERA・KOGAS間の2026年3月合意」は本稿執筆時点で一次統計による直接確認ができていないため本文への引用を見送った。引用する場合は出典の個別確認を推奨する。


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