小学5年生が泣きながら単身イギリス留学した話|第4話〜日本領事館へ駆け込む?〜
※これは1995年、今から約30年前の話です。まだインターネットも携帯電話も普及していなかった時代、英語を話せない10歳の私が、イギリスで奮闘した日々を綴ります。
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日本に戻りたい。
あの一番隅っこでいい。あの小さな島でいい。
日本に戻りたい。
私はこれから、どうなるのだろう。
小さくなって離れていく日本列島を飛行機の窓から見ながら、そんなことを考えていた。
日本からロンドン・ヒースロー空港までは約13時間。
本当に遠い場所へ行くのだという実感が、じわじわ湧いてきた。
将来どうなるかなんて分からない。
でも、このチャンスを逃してはいけない気がする。
行くことより、「行かなかった人生」で後悔することが嫌だ。
死ぬ気になったら、なんでもできる。元気があればなんでもできる!
きっと大丈夫。
アントニオ猪木みたいな精神でイギリス行きを決めたものの、すぐに後悔した。
…でも、不安。不安しかない。ホームシックに耐えられるのかな。
親がいない。
友達もいない。
言葉も通じない。
毎日どんな暮らしをするんだろう…。
どうしても耐えられなくなって、「帰りたい」と思ったらどうする?
親と連絡が取れなくなったら?
航空券がなければ帰れないし、こんな遠い道のり、どうやって日本へ戻ればいいんだろう…。
私は機内で、紙のイギリスの地図を広げた。
そこには、ロンドンにある日本大使館・領事館の場所が載っていた。
ガイドブックには、こんな説明が書かれていた。
「現地での事故・事件・病気などのトラブルに巻き込まれた際、安否確認や支援を行います」
難しい漢字は読めないけど、何かあった時に日本人を助けてくれそうな場所だということは、なんとなく分かった。
もし、どうしても帰りたくなったら日本領事館へ向かおう。
ヒッチハイクでもなんでもしてここへ辿り着けばきっと日本へ帰れる。
それは、私にとって最後の希望だった。
心のお守りだった。
本当に耐えられなくなったら、いつでも帰れる手段がある。
そう思うことで、なんとか頑張れる気がした。

もちろん現実には、小学生が学校から逃げ出してヒッチハイクし、日本領事館へ駆け込んだりしたら絶対、大問題になるわ…とはもちろん分かっていたが最悪の事態を想定することで多少、心は落ち着いた。
次回、イギリスの現地校に到着。
父から教えられた唯一の英語とは?
そして、ボーディングスクール初日に火災発生?
つづきはこちら⬇︎
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