小学5年生が泣きながら単身イギリス留学した話|第9話〜洗面所の水が命綱?!イギリスの給食事情〜
※これは1995年、今から約30年前の話です。まだインターネットも携帯電話も普及していなかった時代、英語を話せない10歳の私が、イギリスで奮闘した日々を綴ります。
前回の話はこちら⬇︎
問題です。
以下のパンの上に塗られているのは、チョコレートでしょうか?それともマーマイトでしょうか?

答えはマーマイト!
チョコレートだと思って手を伸ばしたら、あなたは午後、お腹を空かせて過ごすことになる。
なぜなら、マーマイトはイギリスの食卓ではおなじみの発酵食品だが、よほどのイギリス通でない限り、普通の日本人小学生には受け入れがたい味だからだ。
ましてやチョコレートだと思って口に入れたら、そのギャップに衝撃を受ける。
もちろん、小学生だった私もそのトラップに引っかかった。
午後のおやつの時間に出てくるのはサンドイッチ。
テーブルに並ぶのは、
マーマイト
チョコレート
ピーナッツバター(甘くない)
少し酸っぱいポテトサラダサンド
というラインナップだった。
この中で圧倒的人気なのはチョコレートサンドイッチだ。
慣れないイギリス料理のおかげで、いつもお腹を空かせていた私にとって、それは貴重な食料だった。
先生がサンドイッチを運んでくるところから勝負は始まる。
私は全神経を研ぎ澄まし、トレーの上を凝視する。
トレーのどのあたりにチョコレートらしきサンドイッチが置かれているかを、一瞬で見極めるのだ。
その速さは、不良品をはじき飛ばす工場の検査機並みである。
そしてトレーがテーブルに置かれた瞬間、チョコレートサンドイッチに手を伸ばす。
もし「マーマイトとチョコレートサンドイッチを見分ける世界大会」があったなら、私は日本代表くらいにはなれたと思う。
数々の屍の上に、ふぐ食文化が築かれたように、私は数々の失敗を経て、チョコレートサンドイッチのテクスチャーを一瞬で見分ける技術を会得した。

ティータイムよりも、もっと大きな問題があった。
それが夕食、Supperだ。
ランチはビュッフェ形式なので、自分の好きなものを好きなだけ取ればいい。
しかし夕食は違う。
ハリー・ポッターに出てくるような長いテーブルに全員で着席して食べるスタイルだった。
水の入ったピッチャーは、テーブルの真ん中に一つだけ。
水が欲しい人は、
Will you pass me the water, please?
と言わなければならない。
せめて
Water, please!
くらいは言えないと、水は回ってこない。
英語力ゼロだった私は、最初この一言が言えなかった。
言葉を覚えてからも、恥ずかしくてなかなか口に出せなかった。
だから最初の数か月間、私は夕食のあとに洗面所へ向かい、蛇口の水をコップに汲んで喉を潤していた。
洗面所の水だけが命綱だった。
築100年はゆうに超えていた学校の建物。私が飲んでいた蛇口の水が、本当に飲用可能だったのかは正直怪しい。むしろ、洗面所の水は「飲んではいけない」と言われていた気もする。
でも、あの頃の私はそんなことを考えもしなかった。ただ喉が渇いていたのだ。
さらにもう一つ、大きな難関があった。
夕食をサーブする係だ。
日本でいうお誕生日席に座る人が当番になり、同じテーブルの全員の注文を聞いて料理を取りに行く。
一人ずつ聞いていたら間に合わない。
二人、三人分をまとめて覚えなければならない。
What would you like?
と聞いて、
Beef, mashed potatoes, gravy, no carrots, please.
などと言われた内容を記憶する。
そして配膳カウンターへ行き、料理を盛りつけ、テーブルまで運んでくるのだ。
もちろん間違えれば、
「にんじん抜きって言ったのに!」
という顔をされる。
英語力ゼロの私には、かなり難易度が高かった。
当時の私は、自分の希望を伝えることすらできず、
アイ、ドント、ノー
と答えるのが精一杯だった。
そのため、私の皿にはサーブ係の気分で選ばれた料理が乗せられていた。
肉が山盛りの日もあれば、苦手な野菜だらけの日もある。
選択権はなかった。
こうして私は、魔法学校のような長いテーブルで毎晩緊張しながらSupperを乗り切っていた。

私は、何度も注文を聞き間違え、ため息をつかれ、ときには怒られながら、同じテーブルの子たちの犠牲の上にイギリス料理を覚えていった。
次回、私の肌はToffee(キャラメル)色?
アメリカ英語が通じない!役に立たない和英辞典
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