選択とパラドックス🙃
【注意】少し詳しく書いたので長~い記事です。
本記事について
✨Inspired by the following article by Kei様⬇️
但し、#選択のパラドックス ではなくて『選択とパラドックス』です😎
結論を急ぐと Banach-Tarski Paradox のことです。
極めて有名なのでご存知の方も多いと思われます。
これは Russell's paradox とは異なって証明された数学の定理です。
その意味では paradox ではありません。にもかかわらず
主張が直感と大きく異なること (counterintuitive)
証明の過程で「平行線公準以来、もっとも議論された公理」と言われる『選択公理』を用いる
故に paradox と呼ばれています。平行線公準のことは説明不要と思いますが、非ユークリッド幾何学が存在する所以でもあります。
以下の YouTube video には数学の欠片もありませんが、84秒と短いので気楽に楽しめます:

原論文

主張
上記の YouTube video で説明されている通りです。定理として述べると:
定理:「球は、それ自身と同じ球二つと分割合同である。」

【英】

【仏】(原論文より)

この主張を一度聞いて不思議に感じない人がもし居たら、直接感想を聞いてみたいところです🤔
「直感に勝るものなし」と主張される方の解釈も知りたいところです。
選択公理 Axiom of Choice (AC)
とても重要なので、簡単に紹介します:
公理 ― 任意の集合 X について、非空集合のみが X の元であるとき、ある関数 f が存在し、f は X を定義域とし、X の任意の元 A について、f(A) は A の元である。
Axiom of Choice. Let C be a collection of nonempty sets. Then we can choose a member from each set in that collection. In other words, there exists a function f defined on C with the property that, for each set S in the collection, f(S) is a member of S.
論理式で表すと:

これは全く自明ではありません:

因みに Gödel's incompleteness theorems で知られる Kurt Gödel はこの選択公理に関しても研究しています。詳細は以下をご参照下さい🙏
Stanford Encyclopedia of Philosophy - The Axiom of Choice
以下の YouTube video でも説明されています:

尚、この議論において「意識」や「情緒」は全く無関係です❌
証明の概要
Wikipedia によると証明を以下の四段階で記述しています:
Find a paradoxical decomposition of the free group in two generators.
Find a group of rotations in 3-d space isomorphic to the free group in two generators.
Use the paradoxical decomposition of that group and the axiom of choice to produce a paradoxical decomposition of the hollow unit sphere.
Extend this decomposition of the sphere to a decomposition of the solid unit ball.
以下では上記のステップの順で重要な点に絞って説明します。
1. Paradoxical decomposition (直訳:逆説的分解)
群の定義を始めると長くなるので、流石にこれは前提とします。
例えば対称群 S₄ が四文字からなる集合 {a, b, c, d} に文字の入れ替えとして作用する、という恐らく一番簡単な例を一般化して、群 G が集合 X に作用していること想定します。
X の部分集合 E が G-paradoxical であるということを以下の性質を持つことと定義します:
或る正の整数 m, n、及びペア毎に disjoint、つまり共通部分が空集合である E の部分集合 A₁, ..., Aₙ, B₁, ..., Bₘ と G の元 g₁, ..., gₙ, h₁, ..., hₘ が存在し、以下が成立する:

2. Free group of rank 2 (F₂)
S を集合とします。例えば
S = {transcendental numbers} ⊂ R
S = {Ruthenium, Rhodium, Palladium, Osmium, Iridium, Platinum}
S = {prime ideals of a commutative ring R} =: Spec(R)
…
Free Group を定義する為の例として S = {t, u, v, w, x, y, z} を考えます。
S により生成される Free Group (自由群) とは {s, s⁻¹| s ∊ S} という文字から出来る ztw⁻¹yyz⁻¹uvux⁻¹y⁻¹tvvwx のような被約な語 (つまり ss⁻¹ 及び s⁻¹s という語を含まない) 文字列、からなる群とします。
【注意】「被約」は、英語の "reduced"の訳語です。主に数学の可換環論や代数幾何学における専門用語で、数学では基本的な考えです。
群としての binary operation (例えば加法群 Z であれば "+") × は語の連結 (concatenation) を被約、つまり ss⁻¹ 及び s⁻¹s を除去したもの、とします。
例:tux × zyv = tuxzyv, wvvu × u⁻¹v⁻¹z = wvz
群 (group) の ランク (rank) とはその群を生成する集合の大きさとします。
例えば有理数体 Q を加法群と考えるとそのランクは ∞ です。
一方、以下の記事中で紹介している有限体上の射影特殊線型群 PSL₂(Fₚ) のランクは 2 です:
一番最初の重要な定理を述べます:
Theorem 1. ランク 2 の Free Group F₂ は F₂-paradoxical である。
意味不明に聞こえるかもしれませんが、かなり重要です。極論すると、Banach-Tarski Paradox が成立するのは、3次元特殊直交群(回転群) SO₃ が F₂ を含むことに依ると言っても差支えありません。一方 2次元特殊直交群 SO₂ はアーベル群なので、非アーベル群の F₂ を含むことが出来ません。
証明は難しくなく、Wikipedia にある通り Cayley graph を用いると視覚的に理解出来ます。具体的には、F₂ を {a, b} から生成される Free Group として ρ (rho) ∊ {a, a⁻¹, b, b⁻¹} に対して Ψ(ρ) を ρ から始まる元 (語) からなる F₂ の部分集合と定義します。

3. Equidecomposability
先ず最初に集合 X の部分集合 A 及び B が G-congruent (合同) であるとは、
或る g ∊ G が存在して、 g・A = B になる
と定義します。次に部分集合 A、B に G が作用すると想定して、A と B が G-equidecomposable であるとは、

次の簡単な補題が証明の途中に何度も使われます:
Lemma 2. G が集合 X 及び部分集合 E に作用していると仮定し、更に E のdisjoint な二つの部分集合 A、B が
A は E と G-equidecomposable 且つ、B は E と G-equidecomposable
を満たす時、E は G-paradoxical である。
視覚的には

4. Banach-Schröder-Bernstein Theorem
Schröder-Bernstein Theorem は19世紀末、Banach-Tarski Paradox が発表される 20+ 年前に証明された集合論の定理です:
Schröder-Bernstein Theorem : 集合 A から集合 B に単射 があり、更に集合 B から集合 A へも単射があれば、集合 A から集合 B への全単射がある。
集合の濃度 Cardinalityで表現すると、|A| ≤ |B| 且つ |B| ≤ |A| ならば |A| = |B| である。
極めて当然のように聞こえますが無限集合に対しては自明ではありません。
Cantor カントール がこの定理を証明した際には Axiom of Choice 選択公理を用いたのですが、後にその公理に依存しない証明が発表されました。
Banach-Tarski Paradox の視点でこの定理を一般化したのが⬇️
Theorem 3 (Banach-Schröder-Bernstein Theorem). G が X 及びその部分集合 A、B に作用しているものと想定する。もし、A が B の或る部分集合と G-equidecomposable で、B が A の或る部分集合と G-equidecomposable であるなら、A は B と G-equidecomposable である。
視覚的には

証明の為には A の部分集合 C を以下のように帰納的に定義します:

そして以下を示すことから証明することが出来ます:

簡単な例を挙げると、
G を有理数体 Q の集合としての全単射の群とする。
N を自然数の集合とする。
➡️ N ∪ {0} と Z (整数環)は G-equidecomposable である。

そして以下の二つから Banach-Tarski Paradox の証明に近づきます:
Theorem 4-1. S¹ (原点を中心とした半径 1 の 円周) は S¹\{0} と SO₂-equidecomposable である。但し SO₂ は2次元特殊直交群である。
Theorem 4-2. B³ (原点を中心とした半径 1 の 3次元球体) は B³\{0} と SO₃-equidecomposable である。但し SO₃ は3次元特殊直交群である。
5. 証明の為の準備:SO₃ の中の F₂
ここで少し計算をします。
Theorem 5. SO₃ は ランク 2 の free subgroup F₂ を含む。
証明の為には具体的に σ (sigma)、τ (tau) を以下のように定義します。この部分はこれ迄のステップとは異なりやや計算が必要になります。初等的な 3×3 の行列の計算を行うだけなのですが、このような部分群の存在が非常に重要な役割を果たします。

言葉で表現すると、
σ は z-軸の周りを半時計周りに角度 θ = cos⁻¹(3/5) の回転
τ は x-軸の周りを半時計周りに同じ角度 θ の回転
この σ と τ で生成される SO₃ の部分群を F₂ と記します。つまり一般的な ランク 2 の Free Group ではなく、SO₃ の具体的な部分群を指します。
Lemma 6. 2次元球面 S² の部分集合 D を以下のように定義する:
D := {x ∊ S² | x は 単位元以外の F₂ の或る元にて固定される (不動である)}
すると、D は可算集合で、S² と S²\D は SO₃-decomposable である。
💥この部分の証明が一番込み入っています💥
D が可算集合であることは、Dₙ を長さ n の F₂\{e} の元によって固定される S² の点の集合とすると。σ と τ による固定点(不動点)が 2個ずつであることが計算で直ぐに判るので、帰納法を用いて |Dₙ| = 4 × 3^(n−1) が示されます。
よって有限集合 Dₙ の無限和である D は可算集合であることが判ります。
D が可算集合なので、S² の対蹠点 (antipodal points) を一組選び、どちらも D に含まれないように出来ることがとても重要です。その二点を結ぶ原点を通る直線 ℓ を軸とした回転 μ を上手く選んで
A₁ := D ∪ μD ∪ μ²D ∪ μ³D∪... )、A₂ := S²\A₁
と定義し、Lemma 6 を証明出来ます。
【参考】Flat Earthers の皆様は読んでいないと思いますが、対蹠点 のとても判り易い例 (by Tim Simmons) です😎
http://www.timsimmons.co.uk/antipodes/

6. Proof of Banach-Tarski Paradox
最終ステップです。先ず F₂-orbit (軌道) を定義します。具体的には
x ∊ S²\D に対して、x の軌道を F₂x = {fx | f ∊ F₂} と定義します。
ここで重要なことは S²\D がこのような F₂-orbit の和集合であることです。
🪷ここで AC (Axiom of Choice) を用います🪷
S²\D が F₂-orbit の和集合であることから、各 F₂-orbit から一つずつ S²\D の元を選び出すことで集合 M が出来ます。⬅️ AC
つまり S²\D の任意の点 x は、或る f ∊ F₂ 及び m ∊ M を用いて x = fm と書けることが判ります。
そして
Lemma 7. F₂ の部分集合 (部分群ではない❗) P₁ と P₂ が存在して、 P₁ は F₂ と F₂-equidecomposable、且つ P₂ は F₂ と F₂-equidecomposable で、 更に P₁、P₂ は F₂ を分割する、つまり P₁∪P₂ = F₂、P₁ ∩ P₂ = ∅。
証明は Theorem 1 と同様に出来ます。
この証明に使う分割を後で使うので、少し説明を加えます。
Ψ は Theorem 1 で用いた記号です。
A₁ = Ψ(a⁻¹) ∪ {e} ∪ {a} ∪ {a²} ∪ {a³}...
A₂ = Ψ(a)\({e} ∪ {a} ∪ {a²} ∪ {a³}...)
B₁ = Ψ(b⁻¹)
B₂ = Ψ(b)
P₁ = A₁∪A₂
P₂ = B₁∪B₂
次に球体に関する定理の一歩手前の球面に関する SO₃-equidecomposability を示します。
Theorem 8 (Banach-Tarski Paradox with spheres).
S² の部分集合 S₁ と S₂ が存在して、S₁ は S² と SO₃-equidecomposable、且つ S₂ は S² と SO₃-equidecomposable。
証明においては Lemma 7 の前で存在が示された集合 M ⊂ S²\D と、Lemma 7 の P₁、P₂ を用います。
先ず、P₁M が F₂M と SO₃-equidecomposable であること、 P₂M が F₂M と SO₃-equidecomposable であること、更にP₁M と P₂M が S²\D を分割するを示すことが出来ます。
そこで S₁ := P₁M ∪ D、S₂ := P₂M とおくと、S₁∪S₂ = S²、S₁ ∩ S₂ = ∅。
そして Lemma 6 等から Theorem 8 の主張が示されます。
球面 S² の部分集合の集まりから球体 B³ を構成する方法は、積分をイメージするとヒントになります:
🪭円周の一部 (円弧) が決まると扇形が決まる💡
💪以上で全ての準備が整いました💪
Theorem 9 (Banach-Tarski Paradox).
B³ の部分集合 V₁ と V₂ が存在して、V₁ は B³ と SO₃-equidecomposable、且つ V₂ は B³ と SO₃-equidecomposable、更に V₁ と V₂ は B³ を分割する。
結論から言うと puzzle の piece は次の五つです:
A₁M, A₂M, B₁M, B₂M, D.
これらの構成方法を辿ると、S₁ = A₁M ∪ A₂M ∪ D、S₂ = B₁M ∪ B₂M です。
0 < r ≤ 1 を固定して rSₖ = {rx | x ∊ Sₖ} (k = 1, 2) と定義し、続いて B³ の部分集合 V₁、V₂ を以下のように定義します:

S₁ と S₂ が disjoint なので、定義から V₁ と V₂ も disjoint になります。
そして V₁ ∪ V₂ = B³\{0} は定義から明らか。
ここに Theorem 4-2 を適用して、Theorem 9 の証明が完成します😸

証明が非常に面白いので記事にした次第ですが、詳細を省いてもこのように長くなってしまいます🙇

反論
この主張は物理的直感に著しく反しています。従って
✅この主張は間違っている。
⬇️
✅その誤謬は選択公理に起因する。
⬇️
✅故に選択公理を認めるのは誤りである。
と結論する方が居られても不思議はありません🙃
但し注意して頂きたいのは、この定理は「測度を保って合同」とは主張していません。或る意味で病的な状況を作っています。
事実この証明で球体を分割する際に登場する集合には Lebesgue measure (ルベーグ測度) を持たないものがあります。
実際 D と M という集合は明らかに「論理的には存在するが可視化が極めて難しい」集合です。
その後の発展
Banach-Tarski Paradox は決して孤立した異形の存在ではありません。
要約すると:
① Banach-Tarski Paradox (1924) が発表される。
② John von Neumann は paradoxical decomposition に注目し、そのような逆説的分解が起こらないような群を amenable group と定義する (1929)。
③ Amenable group の研究を通して、1980年代の Mikhail Gromov による
Geometric Group Theory 幾何学的群論 の研究の道が整地される。
④ Amenable group の研究の成果の延長として、1980年代の終わりに Alexander Yu. Olshanskii (Александр Юрьевич Ольшанский) が所謂 Burnside 問題への反例として Tarski Monster Group を発見する。
尚、上の歴史に登場した amenable group (日本語訳では従順群) に関して、日本語版 Wikipedia には以下の説明は一切ありません:
1929年に John von Neumann がこの特性を定義した際は Banach–Tarski paradox に呼応すべくドイツ語で "messbar" (英語で "measurable" 可測な) と呼んでいましたが、現代のドイツの数学者の間では "Mittelbare Gruppe" と呼ばれています。
1949年に Mahlon M. Day が英語訳として "amenable" を用いましたが mean の駄洒落 (pun) であることは明らかです。
幾何学的群論
最後に二冊の本を紹介します:

「私の個人的な信念の一つは、対称性と群に魅了されることは、人間の限界への不満に対処する一つの方法であるということです。我々は、対称性を認識することを好みます。対称性は我々が見ることのできることよりも多くを認識させてくれます…」

目次を一瞥しただけで、『群論』というタイトルから想像される内容からは大きく異なっていることが判ります。
専門的に勉強した訳ではありませんがとても興味を惹く内容です🪄✨
N.B. 1972年の映画 "Solaris" (Солярис) 『惑星ソラリス』の監督である Andrei Arsenyevich Tarkovsky (Андрей Арсеньевич Тарковский) と Alfred Tarski は全くの別人です。
[Header Image Credit] Cell Division 細胞分裂 (via Pinterest)
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