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「規則正しい」に縛られない自分リズム〜何に合わせて生きていますか?〜

その正しさは自分の感覚と一致しているのか

朝、まだ静かな時間にふと目が覚める。
本当はこのまま、少し考えごとをしたり、ゆっくり自分の時間を味わいたい。
でも気づけば「いつもの時間」に間に合わせるために、その感覚を脇に置いて動き出している。

「ちゃんとしなきゃ」
そう思って頑張ってきた人ほど、気づかないうちに、自分の感覚を後回しにしてしまうものです。

「規則正しい生活が大切です」
そう教えられてきた私たちは、いつの間にか“正しさに合わせること”に慣れてしまいました。
でも、その正しさは本当に、自分自身の感覚と一致しているのでしょうか。

速さを求めすぎて何を失っているのか

「それ、コスパいいの?」
「もっとタイパの良い方法はない?」

そんな言葉が、当たり前のように交わされる時代になりました。
効率よく、無駄なく、最短で結果を出すこと。
それ自体は決して悪いことではありません。

ところがその一方で「自分は納得して生きられているのか?」という問いが、どこか置き去りにされてはいないでしょうか。

私たちは小さな頃から「規則正しい生活」を良しと教えられてきました。
同じ時間に起き、同じ時間に働き、同じように日々を過ごすこと。

それは一見、心身の健康や社会の秩序を保つための大切な習慣のように見えます。
けれども、ふと立ち止まって考えてみたいのです。
その「規則」というのは、本当に自分にとってしっくりくるものなのでしょうか。

いつの間にか逆転しているもの

「規則」とは、本来、誰かがある目的のために設計した「手段」です。
しかし現代では、その手段がいつの間にか「正しさ」として扱われ「守ること自体が目的化」してしまっている場面が少なくありません。

企業では「効率化」が叫ばれ、教育では「結果」が重視され、日常では「コスパ」や「タイパ」が当たり前のように語られる。

企業だけでなく、私たちの身近な場面でも、同じことが起きています。

例えば教育の場でも、本来は「どんな人間に育つか」が目的であるはずが、いつの間にか「どの学校に進学するか」や「どんな結果を出すか」が目的のように扱われてしまう。

部活動でも同様に、その過程で何を学び、どんな自分になるかよりも「全国優勝」という目標そのものがゴールになってしまうことがある。

こうした例は、特別な話ではありません。
むしろ私たちの日常の中にある「目的よりも手段が前に出てしまう構造」を映し出しているに過ぎないのです。

あなたの人生は誰のリズムで動いているのか

本来、合理化とは「道理に合っているか」を問い続けること。
つまり、常に目的と照らし合わせながら歩むことのはずです。

しかしそれが、単なる効率化へとすり替わると、私たちは「早く・多く・無駄なく」に最適化される一方で、自分自身の感覚や納得感を置き去りにしてしまいます。
だからこそ今、問い直したいのです。

コスパやタイパを上げることよりも、自分が納得できる“ライフ・パフォーマンス”を上げてみませんか?

ライフ・パフォーマンスとは、自分の心身のリズムと納得感に基づいて、人生全体の充実度を高めていくこと。
リズムとは、外から与えられるものではなく、自分の内側から立ち上がるものです。

朝の静かな時間に思考が深まる人もいれば、夜にこそ創造性が高まる人もいる。
人と関わることでエネルギーが湧く人もいれば、一人の時間の中で整っていく人もいる。

そのどれもが「正しい・間違い」ではなく、ただの「違い」です。
つまり、リズムは人によって違っていいものなのです。

「正しさに合わせる」のではなく「しっくりで整える」。

効率よりも納得を探る。
近道よりも過程を深める。
成果よりも意味を見出す。

そしたことに向き合うことをそろそろ始めても良いのではないでしょうか。

それは“わがまま”なのか?

ここで一つ、誤解してほしくないことがあります。
この生き方は、決して「わがまま」ではありません。

わがままとは、自分の欲求だけを優先し、他者や関係性への影響を考えない在り方です。
一方で、自分らしく生きるとは、自分の感覚に誠実でありながら、他者との関係性の中で調和を探り続ける在り方です。

規則を守ることが目的なのではなく、本来守りたかったものは何なのか。
効率よくこなすことが価値なのではなく、その先にどんな意味を生み出したいのか。

もちろん、社会の中で生きる以上、すべてを自分のリズムだけで完結させることはできません。

だから大切なのは、規則を否定することではなく、それを無自覚に正義化ししてしまわないことなのです。
そして、必要な規則を「選び直し」、自分のリズムと接続し直していくことです。

遠回りの中でしか出会えない景色があります。
効率では測れない豊かさがあります。

そしてそれは、誰かに与えられるものではなく、日々の選択の中で、自分自身が育てていくものです。
人から見れば無駄なことでも、自分にとってはとても意味のあることだって、きっとあるはずです。

社会の大きな流れを変えるのは難しいかもしれません。
けれど、自分のリズムで生きる一人ひとりの存在が、少しずつ空気を変えていくことはできるはずです。

変えるのではなく思い出す

もしかすると、こう感じる方もいるかもしれません。

「自分のリズムで生きるなんて、現実的にできるのだろうか」
「今の生活を変えることで、これまで積み上げてきたものを失ってしまうのではないか」

そんな不安や怖さがよぎるのも、無理はありません。

けれど、それは何かを大きく変えることではなく、本来の自分の感覚を「思い出していく」ことでもあるのです。

今の生活をすべて否定する必要はありません。
これまでの自分を否定する必要もありません。

ただ、ほんの少しだけ。
「これは本当に自分にとってしっくりきているだろうか」と、自分に問いかける時間を持つこと。

その小さな積み重ねが、少しずつ、自分のリズムを取り戻していくことにつながっていきます。

大きく変えなくていい。
壊さなくていい。

ただ、自分の内側にある感覚に、静かに気づいていくこと…その先にきっと、あなたにとっての“心地よい生き方”が見えてくるはずです。

「規則正しい生活ではなく、リズム正しい生活へ」

その一歩は、自分にとっての「しっくり」に、静かに耳を澄ますことから始まります。

あなたのその選択は、本当に「あなたのリズム」に合っていますか?
規則正しさに合わせることを、目的にしていませんか?

Backstage,Inc.
文化形成デザイナー
河合 義徳

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