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行動をグズグズ先延ばしにする信条

 少し前の記事でアルバート・エリスを取り上げた際に、Irrational Belief(不合理な信条)が不健全な感情や行動をもたらすことを触れました。

 この記事では、どんな信条が行動をグズグズ先延ばしするのかを見ていきます。参考にした書籍は「なぜあなたはその仕事を先送りしてしまうのか?(笹氣健司)」で、アルバート・エリスの系譜の論理療法がベースになっています。


行動をグズグズ先延ばしにしてしまう信条

 「あの仕事やらなければ。でも取り組むのが・・・」ということは誰にしもあるもの。その背景にある不都合な信条には以下のようなものがあります。

  • 全か無か思考: ものごとを白か黒のどちらかで考え、少しでもミスがあれば完全な失敗だと考える。

  • 一般化のしすぎ: たったひとつのよくない出来事があると、世の中すべてそうだと考える。

  • 結論の飛躍: 根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。

  • 拡大解釈と過小評価: 自分の失敗を課題に考え、長所を過小評価する。逆に他人の成功を過大に評価し、他人の欠点を見逃す。

  • 個人化: 何かよくないことが起こったとき、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまう。

 そして、各信条がどのように行動の先延ばしに結び付くのかをAIに考えてもらいました。

全か無か思考の影響:
完璧主義的な考え方により、「100%うまくできないかもしれない」という不安から行動を始められなくなります。例えば、レポート作成で「完璧な出来栄えでないといけない」と考えすぎて、着手すること自体を避けてしまいます。

一般化のしすぎの影響:
過去の失敗体験を過度に一般化することで、新しい課題に対する意欲が削がれます。「前回うまくいかなかったから、今回も必ず失敗する」という思い込みが、行動の開始を妨げます。例えば、一度プレゼンがうまくいかなかった経験から、すべてのプレゼンを避けようとする傾向が生まれます。

結論の飛躍の影響:
根拠のない悲観的な予測が、行動を始める前から諦めてしまう原因となります。「やってもどうせうまくいかないだろう」という非合理的な結論が、行動の先延ばしを正当化してしまいます。

拡大解釈と過小評価の影響:
自分の能力を過小評価し、課題の困難さを過大評価することで、「自分にはできない」という思い込みが強化されます。これにより、課題に向き合うことを避け、先延ばしにしてしまいます。また、他人の成功を過大評価することで、自分との比較で無力感を感じ、さらに行動を躊躇してしまいます。

個人化の影響:
失敗を過度に自分の責任として捉えることで、新しい行動を起こすことへの恐れが強くなります。「何かうまくいかなかったら、それはすべて自分のせいだ」という考えが、行動を先延ばしにする防衛反応を引き起こします。

 ・・・なるほど。私はすべて思い当たりそうな気もします。

不合理な信条への取り組み方 ①

 まず、こういった不合理な信条を理解したのちに、①それって現実的なの?②例外は?の二つを問うていきます。例えば、「ものごとを白か黒のどちらかで考え、少しでもミスがあれば完全な失敗だと考えるべき」に対して、この二つの問いかけをするとどうなるのでしょう。

信条:ものごとを白か黒のどちらかで考え、少しでもミスがあれば完全な失敗だと考えるべき
現実的? エジソンは電球の開発で1000回以上の失敗を経験し、「失敗ではない。上手くいかない方法を1000個発見したのだ」と語った。つまり、失敗や間違いは成功への必要なステップであり、完璧な成功など現実には存在しない。
例外は? プレゼンテーションは、多少言い淀みがあっても、メッセージが伝わればOKである。

 このように考えると、「白か黒」ではなく、むしろ「及第点」や「十分な成功」という考え方の方が現実的で健全だと気づきます。そうすると、信条は次のようにバージョンアップできそうです。

元の信条:ものごとを白か黒のどちらかで考え、少しでもミスがあれば完全な失敗だと考えるべき。
新しい信条:完璧を目指すことは大切だが、小さなミスは学びの機会であり、総合的に目標が達成できていれば十分な成功と考えよう。

 そうすると、「最初は60点でいいから、後で改善していけばいい」 という考えで、行動の障壁が下がったり、「失敗は学びのプロセス」と思えて行動を先延ばしする必要が下がったり、完璧を求めすぎないことで準備に必要以上の時間をかけすぎないようになり、行動の先延ばしを減らせそうです。

不合理な信条への取り組み方 ②

 もう一つ、「何かよくないことが起こったとき、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまう。」も取り上げてみましょう。

信条:何かよくないことが起こったとき、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまう。
現実的? 例えば、プロジェクトの遅れを例にとると、外部からの急な仕様変更、他部署との調整、システムトラブルなど、組織的な要因が絡み合っており、個人に責任を帰属するのは現実的ではなさそうです。
例外は? 日常生活を見ても、悪天候、体調不良、交通事故渋滞など、個人の力ではどうしようもできない不確定要因で溢れています。

 このように考えると、何かよくない不都合なことが起こってしまったとしても、まずは、自分の責任とそうでないところを切り分けるのが健全といえそうです。

元の信条:何かよくないことが起こったとき、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまう。
新しい信条:問題が起きたときは、自分の責任範囲を冷静に見極め、改善できる部分に焦点を当てよう。すべてを自分の責任にする必要はない。

 そうすると、「まずは自分の担当部分に集中しよう」「自分の力が及ばないところは必要なサポートを得るようにしよう(他人の力を頼ってもいい)」「予測不可能なことも世の中にはたくさんあるから早めにできるところから着手しよう」と考えられるようになりそうです。

まとめ

 こういった形で書くと、不都合な信条があたかも100%悪いものかのような印象も持ってしまいますが、そういった信条があったからこそ、自身の成長に貢献したり、危険回避に役立ったりしたこともあったはずです。

 ですので、そういった信条に一旦感謝をしつつ、「違う見方をしたら、どうなるんだろう」という好奇心も持ちながら、信条のアップデートを考えていけばよいのではないか、と思います。

 他にもどんな記事があるのかな、と思っていただけた方は。


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