「自分に必要な嫉妬」を見極める
「あの子ばっかりずるい!」
「どうしてあの人がチヤホヤされるんだ!」
「あいつより自分の方が優れてるのに!」
いつの時代も、どこの世界も、世の中は嫉妬であふれている。
かくいう僕も、それはそれは嫉妬の鬼だ。好きなスーパー戦隊のロボットおもちゃが友達の家にあれば嫉妬、気になるあの娘がほかの男子と話していれば嫉妬、「コンテストで賞をいただきました!」の報告を読んでは嫉妬、である。
嫉妬は怖い。多少なり人を狂わせるからだ。嫉妬に駆られた人間は、正気を失い、常軌を逸脱し、発狂しながら部屋中を暴れまわりかねない。その姿たるや、満月を見て大猿になったサイヤ人の如しである。
なぜ、嫉妬するのか。それは、不満だからだと思う。
嫉妬心とは他者との比較によって芽生える(あるいは燃え上がる)ものだとしても、その根底には「満たされないこと」がある。そのおもちゃを持っていないから、あの娘と話せないから、コンテストで受賞していないから、嫉妬するのだろう。
逆にいえば、自分が現状に満足していれば嫉妬はしないともいえる。
そう考えると、嫉妬自体は大切なものではないか。「現状に満足している」ということは、いいかえれば「向上心がない」のである。嫉妬心の存在がある意味で自分を鼓舞していると考えれば、嫉妬は決して悪いものではないように思う。
しかしながら、ですよ。ゆーてそんな簡単にコントロールできるものじゃないですよと。
たしかにそうかもしれない。でも、すべての嫉妬を操ることはできなくても、ある程度の制御ができるようになったら、自分の心の平穏を保つことができる。
ならば、自分に必要な嫉妬だけを取り入れ、いらない嫉妬はスルーできないだろうか?
そんな方法があるなら、ぜひやってみたい。少し考えてみた。
ひとつ僕が思いついたのは、嫉妬対象の解像度を上げることだ。
たとえば、Xで「本を出版することになりました!」というポストを見かけたとしよう。本の出版は、物書きとしてひとつの目標だ。特級嫉妬案件である。ぐぎぎ。
しかし、ここでちょっとだけ立ち止まって、冷静になって考えてみる。「出版したのは、どんな本なのか?」ということを。ここでは仮にホラー小説だとしよう。
僕がいずれ出したいと思っている本は、エッセイだ。小説でもなく、ビジネス書でもない。
だから、「本を出版することになりました!」という広い意味でとらえるのではなく、「ホラー小説を出版することになりました!」と解像度を上げてキャッチすると、あら不思議、嫉妬はなくなる。ホラー全般が苦手な僕に、ホラー小説なんて書けない(書きたくない)から、うらやましがることはない。
では、これがエッセイなら。この嫉妬はきっと、自分に必要な嫉妬なのではないだろうか。
その嫉妬心を犯罪や不適切な行動に使ってはいけないが、「自分も本を出してやる」というエネルギーに変換すれば、「向上心」と呼べるようになる。「執念」といういい方もできるけれど、それはそれで莫大なエネルギーだ。
嫉妬も、人も、付き合い方なのかもしれない。嫌いな人間のまったくいない世界なんてないように、嫉妬もすべて断絶することはできないだろう。だからこそ、嫉妬と上手に付き合っていくことが大切なのだと思う。
ゆーて渾身の作品が評価されず「これはイマイチだな」と思った違うだれかの作品が評価されたら、ベジータのように怒り狂いますよと。
(おしまい)
本記事は、企画「#嫉妬祭り」への参加作品です。
我が推し・斉藤ナミさんの新連載がスタートしたということで、これに伴い開催されたこの企画。
テーマは「嫉妬」。なんとも奥の深そうなテーマだ……。上手く書けたかどうかはわかりません。「なーんだ、そんなことか」と、読んでくださった人をガッカリさせてしまったかもしれません。
でも、自分としては一生懸命書きました。というわけで、池松さん、フィードバック希望します。よろしくお願いいたします。
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