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【クイーン・オブ・エッセイ】斉藤ナミの沼に溺れた3つの理由

飛び出す絵本を開いたら、本物のパンチグローブが飛び出てきて、顔面をぶん殴られた。
そんな第一印象だった。


2023年、夏。エッセイを書くことに躍起になっていた僕は、とあるnoteコンテストに応募することにした。「#あの選択をしたから」投稿コンテストだ。

コンテストの詳細が書いてあるnote公式記事には、2人の審査員の参考作品が掲載されていた。

その審査員の一人、プロフィール画像の右半分に収まっている見た目麗しい女性が、斉藤ナミさんだった。


◆衝撃のエッセイに出会った瞬間

ナミさんの参考作品は「行き止まりのニュージーランド」というタイトル。さっそく読んでみた。




「なんじゃこりゃあああっ!!!!!」




心の中のジーパン刑事が叫んだ。いや、実際に声に出してたかもしれない。冒頭では「飛び出す絵本」などというファンシーなたとえを用いてしまったが、そんな生ぬるいものではない。ゼロ距離でかめはめ波をぶっ放されたくらいの衝撃だった。
要するに、めちゃくちゃ面白いエッセイだった。

「こんな面白いエッセイを書く人がいるなんて!」

あまりにも感動したので、その場でナミさんのnoteを読み漁った。コンテストのことはすこーんと抜けてしまっていた。

人を笑わせたい気持ちの話スーパーの入り口で知り合いに遭遇したときの話エッセイストがマッチングアプリでモテるかどうか検証してみた話
タイトルですでに心を掴まれているし、本文もちゃんと面白い。その手腕には頭が下がる。

中でも、陽キャ集団とキャンプに行く話には、喜怒哀楽のすべてを揺さぶられた。コミュ障と陰キャを自覚している僕はこのエッセイにかなりシンパシーを感じたし、言葉巧みに感情のジェットコースターを操るその文章力におったまげた。すごい。すごすぎるぞ、斉藤ナミ。頭が下がりすぎてもうほぼ前屈姿勢だ。

こんなに面白い文章を書く人がいる。このことをだれかに伝えたくて、いても立ってもいられず、紹介文を書いた。

僕は推しのnoteクリエイターさんに二つ名をつける癖があるのだが、ナミさんには【クイーン・オブ・エッセイ】という二つ名を贈らせていただいた。エッセイの女王。自分で言うのもなんだが、彼女にふさわしい二つ名はほかにないのではないか。本人は鼻の穴がふくらむほど喜んでくれた。


「この人に弟子入りしよう」と(勝手に)心に決めたその年の創作大賞で、ナミさんはエッセイ部門でメディア賞(幻冬舎賞)を受賞された。

いやすごいなこの人。本当に女王になっちゃったよ。紹介文に「文才に嫉妬した」とか身分をわきまえないタイトルをつけたのだれだよ(僕です)。弟子にしてもらおうと門を叩こうとしたが、あまりにもまぶしい威光にヒヨって右手を引っ込めてしまった。

受賞したエッセイは、間違いなく面白かった。料理が出てくるまでの間ずっとお品書きを読んでるくだりとか、「私グルメです。ごめんなさい。」とか、ワードセンスが光っている上に再現ドラマを観てるような臨場感がある。いやすごいなこの人!!!

もうダメだ。僕はもう斉藤ナミの沼にずぶずぶだ。



◆斉藤ナミの魅力を考察してみる

なぜ、僕はこれほどまでに斉藤ナミのエッセイが好きなのだろうか。
その理由を深掘りしてみたら、大きく3つあった。


1. 笑いを誘う軽妙な文体

「人を笑わせたい」と公言しているだけあって、彼女のエッセイの随所には小ボケが満載だ。

たとえば、
「この男のお玉をぶん取って頭かち割ってカレー作りをしたい」
のように負の感情をコミカルに表現したり、

「そうめんみたいな細い植物とナスやら大根やらデーツやらを混ぜたおしゃれなマリネ的なものに、つぶつぶした何かがまぶされていた」
のように飾らない語彙力で笑いのツボを刺激したり。

僕自身、コミカルなエッセイを書くのが好きなのだが、そのことに気づいたのは彼女の文章を読んだからかもしれない。コミカルなエッセイを書く上で、斉藤ナミ作品の軽快な文章は非常に参考になる。その影響で、読むたびに面白かった表現を自分のエッセイに取り入れようとするし、「こういうふうに書いたらウケるかな」と日々考えるようになった。

笑いへのハングリーさがひしひしと伝わってくるその軽妙な文体が、斉藤ナミの魅力の一つだ。


2. あけっぴろげなストーリー

自分のコンプレックス、恥ずかしいエピソード、人に見せるにはとても勇気のいるはずのものを大胆に解放させている。

レーザー脱毛(光脱毛)の話なんて最たる例だろう。こういう一見デリケートな話も、斉藤ナミの手にかかればおもしろエッセイになっちゃう。

もし今、強盗が入ってきたらどうしよう。

こんな姿を見られるくらいなら舌を噛み切って死のうか…

いや、そうするとそのあと警察に遺体が運ばれていろいろ調べられて、鑑識にまわされて、石原さとみみたいな人に「Iラインがちょっと腫れてる…?…この人きっと平日の昼間にレーザー脱…」ってバレるんだ…。
いや、サングラスに下半身まるだしの時点で鑑識まわさんでも発見時に秒で分かる。

自分でレーザー脱毛をして、目も当てられない恰好になった。』より引用

「天才か??」と思う。

自分自身のあられもない姿、あなたは晒し出せますか?

自分のことを赤裸々に書くのは、決して簡単ではない。けれど、尊敬するエッセイストの斉藤ナミさんがここまで書いてるんだから、恥ずかしいことなんかなにもないじゃないか!
そう思えるようになってからは、自分の器や肝っ玉の小ささなんか気にせず、むしろ「笑うがいい、この私を」くらいの精神で書けるようになった。

きれいすぎる文章は、面白くない。
彼女の文章には抜け感があり、いい意味で庶民的。だけれど、ほかの人が見せたがらない部分をオープンにしているから、唯一無二の存在感を放っている。

お高くとまらないし、かといって無難でもない。だから斉藤ナミの文章は面白いんだ。


3. 他人事に思えない核心の突き方

丁寧な暮らしの話も、ゲイバーに行った話も、笑えて楽しく読めるのだが、どこか自分のことのように考えてしまうところがある。

エッセイって、エピソード自体は斬新な方が読まれやすいけれど、話の核心は共感しやすい方が満足感が高いと思う。
下心も羞恥心も、表に出さないだけでだれもが持っている。斉藤ナミ作品は、その隠れた感情をあらわにすることで、共感をうまいこと引き出しているのだ。

前述の陽キャ集団とキャンプに行く話なんて、まさにこれだ。ナミさんが「コミュ障」や「陰キャ」といった属性をさらけ出したことで、同じ属性を持つ僕はシンパシーを強く感じている。斉藤ナミ作品を読むと、読み手自身が孕んでいるドロドロした感情に気づかされるのだ。

すると、自分の感情と答え合わせしたように、そのドロドロしたものを受け入れられるようになる。自分の嫌いな自分を、認められるようになる。彼女のエッセイで心が軽くなった人は、僕以外にもたくさんいるはずだ。

一見するとオリジナリティーが高そうでも、「自分もそういうところあるよなぁ」と思わせる共感性が強い。これが斉藤ナミ作品の魅力の一つだと僕は感じている。


まとめると、

軽妙な文体で笑いを誘い(1.)、
独自性の高いあけっぴろげなストーリーを展開し(2.)、
それでいて強いシンパシーがある(3.)。

まさに【クイーン・オブ・エッセイ】と呼ぶにふさわしいエッセイストではないだろうか。



◆斉藤ナミ作品との出会いが変えたもの

斉藤ナミ作品に出会ってよかったのは、ただ面白いエッセイを読めることだけではない。僕自身がエッセイを書くにあたり、とても影響を受けた部分がある。


まず、苦い経験はおいしいエッセイに変換できるということを学んだ。

失敗談や黒歴史、なかなか人には話せないことがたくさんある。でもそれらは、エッセイの絶好の材料になる。

もっと言うと、自分だけの経験は、ほかのだれにも用意できない激レア素材だ。寒空の下で大量の牛乳を売ったことも、振り込め詐欺に遭ったことも、感情に任せて話せばただの悲劇だが、エッセイに落とし込むことで自分だけの喜劇になる。

今までの残念な経験が、人を楽しませるためのエネルギーに変わる。なんてすばらしいんだろう。こんなにサステナブルなエネルギーがほかにあるだろうか。いや、ない。
このことに気づいたとき、目の前に立ち込めた霧がサアッと晴れて日差しが差し込んできたような、清々しい気持ちになった。


あとは、どんなこともエッセイにできるとわかってから、挑戦することを恐れなくなった

行ったことない場所に行ってみたり、新しいことを始めてみたり、普段は頼まないようなメニューを注文してみたり。

「失敗してもエッセイにすればいいや」と思えるようになったので、以前よりも積極的にアクションを起こすようにになった。
なんなら「失敗したらおいしい」くらいのお笑い芸人根性が芽生えた節まである。

このように、斉藤ナミのエッセイには、人を勇気づけ、前向きな気持ちにさせる力がある。僕は間違いなくその恩恵を受けている、と断言しよう。



◆著書にもあらわれる斉藤ナミワールド

そんなエッセイの女王であるナミさんが、昨年出版した本がある。

その名も『褒めてくれてもいいんですよ?』
タイトルからして斉藤ナミ感がビッシビシだ。

サイン(見えないけど)とステッカー付き

基本笑えて時々泣ける、他人事だけれど他人事じゃない、珠玉のエッセイ本。

毎日少しずつ楽しもうと思っていたのだが、面白すぎてページをめくる指が止まらなかった。「だれかオレを止めてくれ……ッ!」と、暴走する魔力によって己の体が制御不能となった熱血系勇者キャラみたいになってしまった。

この感動をすぐにでも書きたかったのだが、思うように表現できなくて、11月に読んだのに気がつけば年を越して3月になっていた。

今回、斉藤ナミ沼に溺れた話を書くにあたり、ようやく言語化するに至った。先に紹介した斉藤ナミ作品の中にいくつか『褒めてくれてもいいんですよ?』に収録されているものもあるので、本記事をもってその感想文とさせていただきたい。


あなたも一緒に、女王の沼に溺れてくれてもいいんですよ?


(おしまい)


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