見出し画像

売って稼ぐAIエージェントの到来:Sierraの歩合報酬モデル

  • Sierraは、「仕事完了」での成果報酬型AIエージェントを売っている

  • SaaSの置換ではなく、人件費・業務委託費の置換でありTAMが別物

  • SaaS is Deadの本質は、課金方式ではなく、完了責任をAIが持つこと

昨年後半辺りからAIエージェントが非常に盛り上がってきています。

その中でも米Sierra(シエラ)が提供するAIエージェントは、タスク完了成果課金で、人間へのエスカレーションが発生した場合は基本的に課金しないという驚愕のビジネスモデルを構築しています。

SierraAIの公開事例で、OluKaiというビーチサンダルブランドのカスタマーサポートでは、エージェントの問い合わせタスク解決率が70%に達しています。これは、現時点ですでに人間がやっていたCS作業の70%をAIエージェントが代替しているということを意味しています。そして、この率は今後さらに向上していくのです。

しかもAIエージェントなら24時間対応、電話の待ち時間無しなど、よりよいサポート体験の提供が可能になります。

ここで起きている事は「ソフトウェア導入」 ではなく 「業務の外注先がAIに置き換わっている」 という、とてつもなく大きな構造変化です。

まだAIをチャットベースでしか体感できてない人が多くいますが、「AIエージェントが現在どうなっているか」、「SaaS is Deadの本質はどこにあるのか」をSierraの事例をベースに論考していきたいと思います。

このブログが良いなと思ったら、noteXをフォローしてくれると嬉しいです。


■Sierraとは

Sierraは顧客企業に対して、自社ブランドの「顧客向けAIエージェント」を作り、カスタマーサービスからコマースまで、顧客とのやり取りで使えるようにする企業です。

  • CS領域の会話UIではなく、問い合わせを完了させる業務代替AI

  • ツールではなく、自律行動主体(返品処理・退会防止・アップセル)

  • 席数課金ではなく、タスク成果課金(エスカレーションは無課金)

運営企業:Sierra Technologies, Inc.(アメリカ、2024年2月ローンチ)
共同創業者:Bret Taylor / Clay Bavor
サービス開始時期:2024年2月
従業員数:LinkedIn表示で “View all 572 employees”
ARR:2026/2時点:1.5億ドル(約237億円) ARR超 ※Sierra公式
評価額:100億ドル(約1兆5,800億円、2025年9月時点)※Sierra公式
※ 1ドル=158円換算。

出典元: SierraReuters

■課題:カスタマーサポートのコスト問題

Sierraが解決しようとしてる課題は次のようなものです。

  • 消費者ブランドでは、平均通話コストは12〜13ドル(1ドル158円換算だと約2,000円)程度と高い ※下記インタビュー記事より

  • 仮に顧客全員が電話をしてくるとビジネスとして成り立たなくなる

  • 結果、カスタマーサポートの電話は繋がりにくく体験品質が低く、多くの人はカスタマーサポート通話が好きではない

つまり消費者ブランド企業にとって、顧客との接点であるカスタマーサポートは重要ではあるものの、高コストで、体験が悪い。これをなんとかしたい、というのがSierraが解決しようとしている課題です。

そして「良い顧客体験を出そうとするとコストが跳ね上がる、という昔からのジレンマを、AIエージェントが崩せる」というのがSierraが出した解決策です。

■解決法:AIエージェントの進化

ラジオ修理、交換・返品処理などは、少なくとも満足できる形では、あるいは企業にとっての実ビジネス成果につながる形では、18か月前には不可能だった。

Sierraの共同創業者クレイ・バヴァー氏が語る、顧客対応AIエージェントの満足度向上策

上記は、名門VCのセコイア・キャピタルのインタビューの中でSierraの共同創業者Clay Bavor(クレイ・バヴァー)氏が語ったものです。インタビューは24年8月なので、18ヶ月前とは22年12月、つまりChatGPTの登場タイミング(正確には2022年11月30日)を指しています。

しかしその後AIエージェントを取り巻く技術やエコシステムは、LangChainの登場など大きく進化し、現在では実用レベルに達してきたのです。

従来の労働集約型のサポートで良い顧客体験を創ろうとすると、コストは跳ね上がってしまいます。しかしこれらの課題をAIエージェントが解決できるようになってきたのです。

  • 丁寧に対応
    従来:品質上げるには人件費の高い国内対応にするか教育コスト上げるか
    AI :同じ品質を保て、ユーザーの詳細な行動履歴ベースで回答できる

  • 素早く対応
    従来:いつでもつながるようにするためには余剰人員が必要
    AI :24時間対応、保留なく即時対応

  • 確実に解決
    従来:担当毎の専門性をもたせるなど教育と体制構築が必要
    AI :大量のデータ、様々なパターンベースに回答が可能

誰しも経験があると思いますが、カスタマーサポートに電話すると繋がらないか、繋がっても待ち受け音が流れ、数分〜数十分待たされます。これは人件費の問題から生まれています。

しかしAIエージェントの品質が高まり、音声対応、RAG、ルーティング、ガードレールなどが整ってくると、コストは劇的に下がります。

これにより、カスタマーサポートが24時間対応し、待たされることがなく、購入履歴を丁寧に把握したサポートが受けられる世界が生まれるのです。

■すでにエージェントは質の高い仕事ができる

AI は推論してプランを立て、意思決定し、行動し、言語を話し、疲れず、常に忍耐強く、最後まで仕事を完了させられるようになってきています。

Sierraの事例では、家具小売のカスタマーサポートにおいて、SierraのAIエージェントが対応した際に、家具配送にオプショナルの「プレミアム配送サービス」を付けられたら、Sierraがコミッション(歩合)で報酬を受け取るというところまで実現されています。

AIエージェントがクロスセル営業をおこない、販売量に応じて売上を立てている、ということが既に実現されているのには驚愕します。

更には、顧客が解約やダウングレードをしたいと電話してきたときに、「今どう使っているか? 別のプランはどうか?」と理解を促し、顧客の履歴や現プランに基づいて価値発見をうながしています。適切な順番でオファーを出し、解約を最小に留める、ということまでやっているのです。

コールセンターの急いだ担当者ができないフォローアップをするようになることで、より繊細に動機を理解し、その上で、その人に合うプランを提案できるようになっているのです。

■SaaS is Deadの本質

Sierraの凄いところは、これら仕事を「完了までやれたときにのみ課金」する成果報酬にしていることです。The Vergeというメディアの中で共同創業者のBret Taylor(ブレット・テイラー)は下記のように語っています。

Sierraが従来のソフトウェア企業と違う点の一つは、成果(アウトカム)に対してのみ課金することです。多くの顧客にとってこれは、AIエージェントが顧客の電話やチャットの案件を自律的に解決したときに料金が発生する、という意味です。AIエージェントが人間にエスカレーションした場合は無料です。

シエラCEOブレット・テイラー、AIバブルがドットコムブームに似ている理由を語る|The Verge

SaaS is Dead の文脈でよく、利用者数ベースの席数課金から、成果課金にきりかわるのでSaaSは終わるという話がよく出ますが、課金方式の変更はどちらかというと結果論です。

本質的には「仕事をやりきれる = 人の代替」が可能になった点にあります。人の代替が可能になると、マーケットサイズが格段に大きくなります。これをやるためには特定の領域において仕事を完遂できることが最も重要になります。

「仕事を完遂できる」とは、冒頭に上げたOluKaiの例だと次のようなことを指します。欠陥品の画像が送られてきたら、それを欠陥かどうか見て判断し、欠陥品であれば新品の配送手配をし、その旨連絡する、というところまでを人の手を一切返さずにAIエージェントが完了する事を言います。(既にこれはSierraのエージェントでは実現しています)

従来のSaaSはソフトウェア費用の奪い合いでしたが、仕事を完遂できるエージェントは、人件費や業務委託費という、ソフトウェア費用より10倍大きい費用科目を取りにいっています。これは全く次元の違うゲームです。
・米国の賃金・給与(wages and salaries)は 2024年:11.7兆ドル
・米国の「情報処理機器+ソフトウェア」は 2024年:1.19兆ドル
FRED:総賃金・給与、BLS
FRED:民間固定投資:情報処理機器およびソフトウェアへの民間固定投資

SaaSとAIエージェントの比較図

では SaaS is Dead と言われるのは何なのでしょうか?
Sierraの事例を踏まえてステップでまとめると下記のようになります。

  1. AIエージェントがSaaSの顧客情報にアクセスするようになる

  2. AIエージェントがSaaSを使うので席数的なカウントではなくなり、APIの従量課金的にせざるを得ない

  3. データ保持以外の部分はAIエージェントが仕事し価値を出すようになる

  4. SaaSは生産性向上ツールではなく、AIフレンドリーなDB的になっていく

  5. 価値が「便利ツール → 業務完了」に移る
    価値提供できなくても課金 → 業務完了のみ課金 に転換する

  6. SaaSはDB的な価値のみに収斂するため、今までのような課金は望めず
    価値創出はAIエージェント側に移る

  7. 対象となる費用科目がソフトウェア費から人件費・業務委託費の領域にむかい市場も大きく拡大する

  8. SaaSの将来価値的な魅力が薄れ、投資家もAIエージェントに投資する

AIエージェントの成果報酬型のビジネスモデルが良い点は、インセンティブが顧客と深く整合することです。

顧客はSierraのエージェントを可能な限り使うほうが顧客体験が良くなり、コストも下がる。それがSierraにも高性能・高能力なエージェントを作り、アップデートするインセンティブにもなる。これはリーガル領域のHarveyでも全く同じ構図でした。(Harveyの分析記事はこちら

単なるベンダーと顧客ではなく、「最高のエージェントを一緒に作り、体験を上げ、コストを下げる」という、共進化するパートナー関係になっているのです。とてもエレガントなビジネスモデルです。

SaaSは多少使ってないユーザーがいても席数で課金されますが、Sierraは価値を出したときにしか課金しません。事業運営費用を明確に削減し、時には売上もあげ、そこに顧客もSierraもコミットするビジネスモデルになっています。

こうなると、SaaSの売上のなかで本質的な価値を出せていなかった部分(=価値創出課金ではなく席数課金で作られた売上)は、市場競争の中で必然的に削られていきます。

これこそがSaaS is Dead の本質的な意味です。

このようにみてみると、「Claude Codeが使いやすくなったのでSaaSのシステムを内製できるのでは?」という文脈で SaaS is Dead を語るのは、かなり的外れな議論であることがわかります。重要なのはそこではありません。

■顧客接点の品質を保てる

Sierraも当初は最初は比較的簡単なサポート業務から始めたものの、商品ページに置いて製品質問に答えさせたい、などのニーズが発生し領域を拡大していきました。

その結果、返品の相談から、別モデルや別サイズの提案や、購入前の検討、適切な商品選定、セットアップ支援、活用支援、そして問題が起きたときの支援まで、チャットでも電話でもジャーニーの全体にエージェントが同行するようになったのです。

この顧客体験は、小売企業にもエンドユーザーにとっても非常に良いものです。企業はより少ないコストでより良い品質ブランド体験を提供でき、エンドユーザーは素晴らしい体験をジャーニーの各所で受けることが出来ます。

CMOや広報責任者がこれまでさんざん苦労してきた「我々はこう話す。こういう価値観。こういう雰囲気。」と定義したブランド体験品質を、すべてのデジタル接点で統一できる時代に近づいたことを意味します。

1万人のカスタマーサポート人員がいた場合にこれを達成するのは容易なことではありません。AIエージェントは、全てのデータから学習したことを全てのエージェントに適用ができます。人間の学びが個人に閉じているのとは対照的です。

■多くのタスクに「万能の1モデル」はない

Sierraのような事例を話していると必ずでてくるのが、ChatGPTやGeminiのような基盤モデルがそれらをできるようになってしまうのではないか?という疑問です。

多くの海外AIアプリケーションレイヤーのプレイヤーは既に、「基盤モデルは汎用領域を担当し、アプリケーションレイヤーや事業会社は非汎用領域を担当する」と予測しており、実際にその動きが加速しています。

冒頭でも紹介したセコイア・キャピタルのインタビューで共同創業者のBret Taylor(ブレット・テイラー)氏は次のように語っています。

たとえば Clay と僕は「低遅延の電話会話」をどう作るか話すけど、電話では レイテンシ(応答遅延)が極めて重要。知性とは別の品質指標だ。電話で30秒考えてから返事されたら成立しないかもしれない。
あるいは、オフショアのコンタクトセンターが安い企業なら、AI のコストはそれより安くないといけない。1通話 $2000 かかったらビジネスにならない。
つまり答えは一つじゃない。誰に売るか、何を最適化するかで変わる。これは良いことでもある。創薬なら最も知的なモデルが欲しい。低遅延の電話なら遅延とコストが重要。

大手基盤モデル企業は、製品ポートフォリオを持てる市場になる。

Sierraの共同創業者クレイ・バヴァー氏が語る、顧客対応AIエージェントの満足度向上策

ユースケースによって、コストと品質、応答速度等、求めるものは異なります。またAIエージェントの中で動く複数のエージェントも、プランニングや音声応答やチェックなど、役割によって求めるものが異なります。

一つの汎用モデルが全てをカバーするのではなく、基盤モデルも多数であり、非汎用領域をカバーするエージェントも、ユースケースごとに作られ、多数のエージェントと、その中で多数の基盤モデルが動くようになる、ということです。

各産業の各領域の非汎用的なタスクは無数にあり、そこにたいして基盤モデルが最適化するのは事実上困難です。

Sierraでは、製品をポンと入れるのではなく、現場に入り込み、例えば、30日返品ポリシーについて、実は場合によっては「過去に購入歴があるなら45日でもOK」というような運用まで把握したうえでAIエージェントに落とし込んでいるのです。

流石にこの領域までは基盤モデルは入り込むことは出来ません。ここにアプリケーションレイヤの勝ち筋があるのです。

■今後AIエージェントはどうなっていくか

今後AIエージェントは各領域に特化したものがでてくるのではないかと考えられます。リーガルではHarvey、小売のカスタマーサポートではSierra、というように、SaaSのバーティカル化と同様に、バーティカルなAIエージェントが今後生まれてくると考えられます。

一方で、この変化は多くの人の仕事のあり方を変える内容にもなります。定型的なホワイトカラー全般に影響する可能性があります。日本だと解雇規制があるため、今いる人達の行き場所がなく、抵抗勢力が強くなり、大手では導入が遅々として進まない可能性もあります。

そうした場合、アプリケーションレイヤーだけでなく、事業サイドのスタートアップにも勝機がでてくることになります。

スタートアップは大企業のようにしがらみなく組織を極力AIエージェント化し、そこで生み出された利益で大手には出来ない価格でより良い商品、よりよいサービスを武器に市場をディスラプトする可能性があります。

■まとめ

20年前、本屋はEC(おもにAmazon)の波にさらされ、20年かけてその店舗数は半分になっています20年前の本屋と同様に、定型業務のホワイトカラー職は現在AIの波にさらされていると言えます。

AIはコスト削減だけではなく売上も作る時代になりつつあり、この波は確実に広がっていきます。いま海外のAIアプリケーションレイヤーがターゲットにしているのはソフトウェア費用ではなく人件費と業務委託費です。

これを書いている筆者を含めたホワイトカラー職は、今後10年で仕事内容をより高度化するか、身体性を伴う業務にシフトせざるをえないのではないか、そんなことをSierraの事例を分析していて感じました。

あなたの仕事は今後どうなっていくと考えますか? ぜひコメント欄で教えてください。いただいた情報をもとに海外の事例調査をしてみたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。この記事が良いなと思ったら、ぜひnoteXをフォローしてください。

いいなと思ったら応援しよう!