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AIが賢くなるほど強くなる:Harveyに学ぶ「SaaS企業」の勝ち筋

【SaaSの死】とも言われるように、生成AIの登場で「機能」は急速にコモディティ化し、単機能SaaSは淘汰されやすくなっています。

ただし崩れるのはSaaSそのものではなく、資産が溜まらないSaaSです。逆に、AIが賢くなるほど強くなるSaaSもある。リーガルAIのHarvey(ハーヴィー)はその代表例です。

本稿の結論はシンプルで、勝ち筋は 「基盤モデルが構造的に持てない資産」を積むこと。Harveyをケースに、そのビジネスモデルを分解します。

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■GPTラッパーを超える価値はどこにあるのか?

昨今の生成AIの進化の速度は驚異的なものがあり、ChatGPT、Gemini等の基盤モデルは数カ月に一度バージョンがあがっています。

そしてバージョンが上がると、GPTラッパー系(ChatGPTに付加機能をつけただけ)のプロダクトは、その機能がそのまま基盤モデルに搭載されていて、一気にコモディティ化するという事象が起きます。

具体的な事例でいうと、議事録/要約/リライト等の単機能エージェント系はモデルの進化でどんどん喰われていっています。

「オープンデータ×汎用プロンプトで成立する価値」は、基盤モデル進化と統合で薄利化する戦略的に脆弱なポジションです。

基盤モデルの上に乗るAIアプリ層事業では「基盤モデルが構造的に取りにくい資産が溜まる場所」に張るのが競争戦略上もっとも重要です。逆に基盤モデルの成長の延長線上にある機能を作るのは得策ではありません。

GPTラッパーを超え、AIアプリ層で勝っているHarveyは、「基盤モデルが構造的に持たない資産が溜まる場所」で戦っており、「AI時代のアプリ層での勝ち筋」を学ぶのに非常に良い事例です。

□リーガルAI:Harveyとは

Harvey(ハーヴィー)は米Counsel AI が提供する、法律業界向け生成AIプラットフォームで、法律事務所や法務チーム向けのサービスです。

  • Harveyは法律事務所・企業法務向けのリーガルAI

  • 価値は【生成】ではなく、業務ワークフロー化と根拠提示

  • 大手ファーム中心に導入を広げた

運営企業:Counsel AI Corporation(米国、2022年設立)
CEO/創業者:Winston Weinberg(ウィンストン・ワインバーグ)
サービス開始時期:2022年11月
従業員数:500人超(2026年1月時点)
ARR:
1億ドル超(約158億円※1ドル158円換算、2025年8月・会社発表)
評価額(最新):評価額:80億ドル(約1兆2,640億円、2025年12月発表)

fnlondon.comwww.harvey.ai

■結論:AIアプリ層の勝ち筋は「3資産」の積み上げ

AI時代のアプリ層での勝ち筋は、基盤モデルが構造的に持たない下記3つの資産が溜まる場所で戦うことです。

AI時代に強くなるSaaSの持つべき3資産
  1. クローズドデータ資産:
    基盤モデルが持ち得ない非公開データを持つ

  2. プロセス資産:
    暗黙知になっているプロセスを形式知化し、ワークフロー化する

  3. 共進化資産:
    専門家を巻き込んだHITL(ヒューマン・イン・ザ・ループ)を作り、対象業界と共に進化(共進化)する構造的資産を積み上げる

補足)共進化と言っているのはHarveyの事例においては、法律事務所とともに進める下記のような内容を指しています。
 (a) ワークフロー設計(手順化・分解)
 (b) ルーティング・RAG・引用など周辺システム最適化
 (c) 人間のレビューを組み込んだ運用設計(HITL)

これら、基盤モデルが構造的に持たない3つの資産を積み上げていくにより、基盤モデルの進化が脅威になるのではなく、基盤モデルの進化が「新機能=TAM/工程の一部が開く」というように、プロダクトにプラスに働くようになります。

■Harveyは3つの資産をこう積んだ

□1.クローズドデータ資産:非公開データを持つ

法務(リーガル)の多くのデータは、基盤モデルが学んでいるようなWebに公開されているオープンデータにはほとんど存在しません。

例えば、M&A等における「取引における相場、マーケット水準や、条項ごとの普通の落としどころ」の非公開情報はRedditやQuora等にはころがっていません。

また特定のPEファンドにとってのLBO(レバレッジド・バイアウト)やM&A取引や覚書で慣れている条件と、PE業界全体に共通の条件、そして一般的なM&A条件などは全て異なるものですが、これらも同様に非公開の機密情報です。

基盤モデルは基本的にはWeb上などで公開されているデータから学習しており、企業内で閉じられたデータや、こうした機密データを生成AIの学習に使うことは構造上出来ません。つまりこの領域は基盤モデルは構造的にアクセスしづらい・集まりづらいのです。

このようなデータは顧客・専門家から得るしかなく、法律事務所やリーガル特化のサービスに地の利があります。
※一方でHarveyはこういったデータを基盤となるモデルのトレーニングには使用しませんとも言っています。次に上げるプロセスの形式知化のほうが本質だと思われます。

□2.プロセス資産:プロセスを形式知化=ワークフロー化する

「法的文書を全部集めてモデルを学習させれば、法律ができるようになる」という発想はリーガルの領域にも元々強くあったと創業者のウィンストン氏は語っています。

しかし人間でもロースクールの教科書と判例集を全部読ませて、いきなり実務に放り込めば仕事ができるようになるかというと、そんな事はありません。実際にはリーガル領域はとにかく複雑で、様々なプロセスとタスクがあり、その各ステップのやり方をきちんと学ぶ必要があります。

しかしタスクを進めるのに必要な「プロセスデータ」もまたインターネット上に存在しません。例えば「M&Aにおける開示スケジュール」をどう作るかなどは一般的なものしか存在せず、適切なものは見つかりません。

M&Aの開示スケジュールは、会社の実態を網羅的に集め、条項ごとに整理し、どこまで書けば免責になるかの判断が必要で、買い手の指摘で差し戻し→更新が走るもので、プロセス知(手順)と専門家レビューの塊になりやすい領域です。こういった情報はネットにはころがっていません。

そこでHarveyは、そのドメインの専門家を雇い、「自分ならこういうステップを踏む」と整理・分解して、各ステップ毎にLLMを呼び出して処理し、次のステップへ渡すエージェントを組んでいます。またその際にLLMの性能が足りなければ、顧客の法務情報に依存しないタスク特化の事後学習をおこない、各プロセス事にLLMを最適化する、ということもしています。

また、各ステップに必要な個別の特化機能(判例リサーチ、規制リサーチ、条項抽出等)を作る事もやっています。リーガル業界で必要な行為の型が15種類あるなどとAIのパターンを定め、それをプロダクト側は作り、各プロセスに組込んでいるのです。

□3.共進化資産:専門家を巻き込んだHITLを作り、積み上げる

リーガル領域はとても複雑で、意思決定も多段階で発生するため、全部のプロセスを勝手にAIには任せられず、AIを導入するとしても、プロセスに人が入る状況(HITL=ヒューマンインザ・ループ)になります。

そのためリーガルの仕事をAIで置き換える、という発想ではなく、人間に「超能力」を与えるという発想で、法律事務所や企業内法務と共に進化をしていく共進化の方向をHarveyは取っています。

複雑なプロセスを紐解き、AIで対応できる部分をモデル進化&プロダクト進化とともに増やしていき、単純なプロセスは最初から最後まで任せられるようにすることを、法律事務所等といっしょに進めていく形です。

こうすると基盤モデルの進化によって、少し先のロードマップにあった機能を思ったより早く実装できるようになる、ということがおきます。モデルの進化が驚異ではなく、任せられる領域が増えマーケットが広がる方向に効くのです。

また、法律事務所はもともとジュニア→ミドル、といった階層レビューがあるため、導入初期の品質ハードルを階層レビューで吸収できた、とウィンストン氏は語っています。モデル進化&プロダクト進化で精度が上がれば徐々に階層レビューの一部を置き換え得るわけです。

そしてそれが進んでいくと、付加価値は低いが専門家として一定時間が取られる作業(特定条項が発動したかどうかの確認など)を段階的にAIにまかせていくことができるようになります。

そして専門家はより高度な付加価値の高い仕事(例えば「この事業を買うべきか、どう買うべきか」「組織のこの部分をどう再編すべきか」など)に時間を避けるような、弁護士とAIが共進化する世界観を描いています。

■Harveyの市場参入戦略:信頼を獲る設計

「次世代モデルではできないシステム」から作る
次世代の基盤モデルがやれるようなことをやっていては付加価値も低く、簡単置き換えられてしまいます。そうではなく「国際的大型M&A」のような極めて複雑な仕事をサポートできるシステムを作るところから始めています。

特定のユースケースだと幅広いユーザー向け利用者課金モデルには向きませんが、付加価値が高く、基盤モデルが不得意な大量のデータがない領域に絞り、基盤モデルがやれない領域から勝負をしています。

大手法律事務所→波及をねらう
ユーザーの開拓も上記同様に、数の多いエンタープライズ企業(企業法務)からスタートするのではなく、大手法律事務所や監査法人などの専門職サービス企業から顧客開拓はスタートしています。

専門サービスは信頼が最重要なので、スタート時点では信頼がなく、エンタープライズ企業がHarveyを選ぶ理由がありません。そこで特定のユースケース(国際的な大型M&A等)に特化し大手ファームから参入していく戦略を取っています。これは創業者のウィンストン氏が弁護士出身というのも関係していると思われます。

大手と一緒に事業開発xプロダクト探索をおこなう
PMFを探るための事業開発×プロダクト探索は、大企業とその法律事務所と共同プロジェクトを行い、下記3点を検証しながら進めたとのことです。

  1. 再現可能か

  2. 技術的に実行できるか

  3. 需要があるか

なかでも特に需要は重要で、企業内法務チームがそのユースケースをAIにやらせることを受け入れられるか、を確認するのは重要です。良いものを作っても受けいられられなければ始まらないからです。

■Harveyのビジネスモデル展開

Harveyは特定のユースケースに対応し、大手法律事務所を顧客にスタートしていますが、今後はどのような展開を考えいるのでしょうか。

□リーガルSaaSを売る会社 → AI弁護士を売る会社へ

最初は利用人数制のリーガルSaaSから入っていき、ユースケースを増やしながら、特定のワークフローでは最初から最後までAIに任せられるAI弁護士を売る、という方向に展開を考えているようです。

  • リーガルSaaS

    • 常に弁護士がプロセスのループに入る

    • ROIも大きく、週あたり何時間も節約

  • AI弁護士

    • 特定ワークフローの一部を最初から最後までやる

    • 法律事務所とレベニューシェアし、彼らのビジネス獲得を増やす

    • ドメイン知識とHarveyの技術を組み合わせる

□リーガル業界の未来

AI弁護士のように特定ワークフローの自動化が進むと、リーガル業界はどうなっていくのでしょうか?業務は減るのでしょうか?ジュニアの仕事はどうなるのでしょうか?

  1. AIでコストが下がる → 赤字領域が商品化(固定料金化)
    PE案件を獲得するために、サイドレターのコンプライアンスなど低単価の仕事を赤字で”引き受け、いずれLBOや大型M&Aの本丸案件で回収する案件の固定料金化、収益化。

  2. ジュニアのしごとは減るが、価値の高い育成にシフト
    ジュニアは調査やドキュメントラベリングなどに時間を割き、たまに一度裁判に出るのではなく、手触りのある戦略経験を積むことでよりはやくスキルをあげ、経験を積むことができる

  3. 人間は戦略助言へ → 単価が上がる
    時間とともに、低単価・低付加価値の仕事はコモディティ化して自動化される一方で、高度で戦略的な仕事はより価値が上がる。アドバイザーとして、先回りしてリスクを見る、違う角度の助言をする方に時間を割くようになっていく。

  4. コスト低減でリーガルへのアクセス拡大 → 市場が広がる
    米国で弁護士の平均単価は1時間352ドル(約5.6万円)で、簡単に弁護士に助けを求めることができる金額ではありません。AIによってコストを低減することができるのであれば市場は格段に拡大する可能性があります。

■まとめ

Harveyの事例は、ドメイン特化で「基盤モデルが構造的に持てない資産」を積み、アプリケーションレイヤーでも基盤モデルには出せない付加価値を作れる好事例です。

最後にまとめとして、Harveyの事例の一般化と、チェックポイントをつけました。参考になれば幸いです。

□基盤モデルが構造的に出来ない・難しいポイントの一般化

  • 基盤モデルは汎用 → ドメイン特化、特定領域の資産化

  • 基盤モデルはオープンデータ → クローズドデータの資産化

  • 共進化の資産化(専門家を巻き込んだHITLの資産化)

□チェックポイント

①あなたの領域に クローズド資産 はあるか?
 (誰の非公開データ/慣行か)
②それを プロセス資産(手順+特化機能)に変換できているか?
③評価資産(専門家レビュー/検証ループ/定型作業の低価格化)を
 設計できているか?

これらが揃う領域は、基盤モデル進化を事業進化のプラス材料として捉えられる可能性が高いはずです。(※今回セコイア・キャピタルのHarveyの創業者インタビューを中心に考察しています。)

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