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ぼくのSRYと、鍵のかかった初恋 〈15.ポラリスの王国〉

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十五、ポラリスの王国

闇の中から這い出でる声。無数の声。
次の瞬間、劇場の天井に夜空の星が散りばめられた。

——プラネタリウムみたい。

『将軍様! 先王の子ミリムがおりません!』
『南へ逃げたぞ! 追え!』

舞台の背景に蠢く黒い腕たちから逃れ、駆けるのは、白い衣を身に纏った、金髪の王子。

彗の瞳孔が、大きく開かれた。

——創だ。

創が演じるミリム王子は、星空の下、息を切らし走り続ける。女声の合唱がストーリーを歌いあげる。

〖現王様はもういない 野蛮な賊と刺し違えた 可哀想な王妃様 現王様を貫いたその剣を 首にあてて引き切った お腹の中に 今にも生まれる赤子を残して〗

『母上……。どうして、どうして! 僕の兄弟はまだ生きているんだ。あの子だけでも!』

息を切らし、ミリムが辿り着いたのは、深い森の中に佇む、この世とあの世の境の、古びた一軒家。

『デラ様! ミリムにございます!』
『おや、ミリムかい? 十年ぶりじゃないか』

灰色の長い衣を纏った老婆は、魔女であり、産婆だ。

『世を捨てた私に、今更何の用だい?』
『お願いです。デラ様。自害しそこなった母上の胎内に、月が満ちたわが兄弟が』

デラは、血相を変えて道具をそろえ始める。

『ミリム。その子の無事は、夜明けまでが限度だ』

デラが馬車に乗り、隣にミリムが乗り込む。

『赤子がたとえ怪獣でも、悪魔だったとしても、僕は兄弟のためにわが身を賭す覚悟です』

創の台詞が、彗を貫いた。

——王子は、創は、無条件に星南ちゃんを愛しているんだ。

デラの魔法の馬車は空を駆ける。北極星が照らす、『ポラリスの王国』へ向かって。

『ミリム。歌うんだ。お前の声で、森中の精霊たちを呼び覚ますのさ。精霊たちの力で、王妃様を一秒でも長くこの世に繋ぎとめるんだよ』

創の声が劇場全体に響く。金色の、光そのもののような声。あの日、初めて創の歌を聴いた時と同じように、彗の肌が粟立っていく。

——創の歌だ。

彗は、心地よく目を閉じた。まぶたが温かい。いつまでも創の歌に浸っていたかった。

城近くに辿り着いたミリムとデラは、愕然とする。城は敵軍に包囲されていた。なんとか中に入る手立てはないか。

〖将軍様が勝てぬのは イータという名の私だけ〗

艶めかしい歌声がして、ミリムは城の裏門を睨む。赤い軽やかな衣を身に纏った、若く妖艶な女が現れた。ミリムは金色の髪を布で包み隠し、物売りの子供に扮してイータに近づく。

『ねえ、あなたは将軍様の奥方様なの?』
『馬鹿言うんじゃないよ。このクソガキが。この私が不細工な奥方なわけないだろ! それに、あの女みたいな窮屈な生き方なんてしたくないね。私は、将軍様の愛妾なのさ』
『あいしょう?』

油断したイータを、ミリムは懐剣で殺めた。イータの着ていた服をはぎ取って纏い、顔をイータのスカーフで覆ったミリムは、敵の陣中へとたった一人で乗り込む。

〖ミリム王子様は修羅となった 先王様のような 残酷な修羅に〗

劇場全体を震わす合唱が、彗の脳をも揺さぶる。

——ミュージカルは「観る」ものじゃない。「体感する」ものなんだ。

城の外、敵軍の本営で、ミリムはイータに扮し、悩ましい声で歌い、踊る。

『イータ。可愛い奴よ』

——嘘の恋人。

創の声が、ダンスが、彗の胸をえぐる。嘘で固めた関係は、もろく危ういと思い知る。

油断した将軍の目の前まで近づき、ミリムは舞いながら将軍を刺す。本営は大混乱に陥る。その隙をついて、ミリムはデラを連れて城の中へと入る。

『城の中にも、敵兵がいるだろう?』
『ここに、秘密の通路がございます』

城の中の暗い隠し通路を進む二人。
焦燥感のある混声合唱が、疾走するようなメロディーを歌う。

『母上は、寝室の扉に鍵をかけています』
『じゃあ、どうやって入るんだい?』
『ご安心を、デラ様。この通路は、母上の寝室の床に繋がっているのです』

ついに、ミリムの母、王妃ラナの寝室に辿り着いたデラとミリム。
ミリムの顔を見たラナは、微笑みながら静かに息を引き取る。
ミリムは、母の亡骸に近づき、跪く。

『母上。どうか、どうか、ゆっくりとお休み下さい』

雲間から光が射すような、高音の讃美歌の合唱が、王妃ラナの死を悼んでいる。

デラが、慌てて大きな鞄を漁り始める。

『お腹に耳を当ててみよう。ほう。ほう。赤子の心臓の音が聞こえるわい。赤子はまだ無事だ。けれど時間がない。一刻も早く、取り上げなきゃならん』
『デラ様! 何卒!』

創があんまり切実な声を出すので、彗は圧倒された。創が、星南を呼ぶように歌っている。

——創と星南ちゃんの世界に、ぼくが入り込む余地はないんだ。

『デラ様。早く!』

デラが王妃ラナの体を裂き、赤子を救い出す処置を始めた。
その時、寝室のドアが破壊され、激怒した兵士たちが寝室になだれ込んできた。

『汚らわしい魔女め! 現王の子を生かしておくわけにはいかぬ!』

ミリムは、刀を抜き、応戦する。

『ミリム! 死ぬんじゃないよ!』

夥しい数の兵。しかしミリムの太刀筋に無駄はない。ミリムは踊るように敵をなぎ倒す。

彗は舞台の上の創に再び恋をした。創は、闘いながら笑っていた。あんまり嬉しそうに敵の刀をかわすので、まるで創は、ミリムは、遊んでいるようだった。ライトの点滅が激しくなる。時折、客席までライトが届く。彗は、座席の右側を見つめた。車いす席の星南が、両手を組み、きらきらとした瞳で創を追っていた。強烈な恋心だ。彗には、どうしようもない。

ついに最後の兵を切り捨てた瞬間、デラが赤子を取り上げた。
赤子の張り裂けそうな泣き声が劇場に響く。

『王女様だ! ミリム』

ミリムは、おそるおそる王女を抱く。

『王女様。先王の子ミリムと申します。同じ母上から生まれた、あなた様の兄でございます』

夜が終わる。劇場の天井から、星が消えていく。やがて、日の出を迎えた。

『王女様。夜明けにございます!』

ミリムは、赤子を高く掲げながら、涙を流した。

再び暗転した劇場内で、感動に押しつぶされた胸から、彗は静かに息を吐いた。

『兄さま!』

少女が一人、草原を駆ける。

『どこに行っていたの? 兄さま。今日は私の即位の儀なのに』
『女王陛下。申し訳ございません』
『陛下なんていいわ。ナディと呼んで!』
『ではナディ、これを』

青年になったミリムが取り出したのは、色とりどりの花を編んだ、花冠だった。ミリムが、花冠をナディの金色の髪に乗せる。

『ナディ。平和が来たのです』
『いい国にしましょう。私たちの、ポラリスの王国を』
『ミリムはずっと、お傍であなた様をお守りいたします』

ミリムの最後の台詞が、彗の胸を焼く。手を取り合ったミリムとナディは——創と星南は、空を見上げて笑っていた。

舞台の幕が、下りる。

>>第十六話


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