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きみは悪口をいわない 真下みこと

児童書よりの平易な短編集。クラスメイトたちの家庭環境やそのいざこざと乗り越え方が物語文として記載されているが、ケーススタディかな?という感想。幼き頃の嫌な思い出を掘り起こされて個人的にはとても辛くて最後まで読めなかった。生まれて来たことを後悔する。(多分そういう話じゃないけれど)

まだ自分以外の家庭に関する解像度が低い小学生などには、「こういうお家もあってみんな大変なんだよ」、という道徳教育をするために読ませるといいのかもしれない。部落問題のように、教えられるから差別が存在する、みたいなことが起こらなければ良いなと思う。

以下、本書の感想ではないが⋯
生まれが不遇な子たちが強く生きたりする本を避けたい。
52ヘルツのクジラたち・黄色い家を立て続けに読んで以来、メンタルが落ちている。
生まれてこないほうが幸せじゃんとなるため。

大人の暇つぶしのために、つらい思いをする人間をこの世に増やしてよいものか?自分とは違う価値観の人がいるのも、多様性として尊重できるけれど(無関心なだけ)、自分はそんな残酷で無責任なことはしたくない。生まれてきて良かったと思った回数より、生まれてこなければよかったと思うほうが多い人生だったし、親に感謝したことよりも恨んだことのほうが多いから。

「生まれてこなければこんな楽しい思いや素敵な思い出は作れなかったでしょう!」、という論も理解できるが同意はできない。簡単な足し算や引き算で人生はできていない。辛かったことは、楽しいことを経験することでなかったことにはならない。さして深い意味も持たない自分の生ならば、最初からなかったほうが良かった。酸素の無駄遣いだ。地球を温暖化させてごめんなさい。ただ、今となっては死ぬことですら他人に手間をかけさせる。私のサブスクの解約とか、職場のデスクの片付けとか、火葬とか、誰かにやってもらわなければならない。黙って一人で土に還ることはできないことが、残念でならない。

明日が当たり前のようにやってくることが許せない。
その明日を前提とした今日を生きなければならないことも腹立たしい。
明日は来ない前提で生きる勇気もなく、なんとなく月に10万円NISAをつみたてる。矛盾した行動を取る自分が嫌いで、好きで、胃が痛む。

あまり人の気持ちがわからず、幼少期には友達とうまくやれずに苦労した。
幸い短期記憶が得意なせいで、「こういうシチュエーションのとき人はこういうふうに立ち居振る舞えばいい」という1問1答形式で人生をやってきてしまった。自分のためだけに自分が存在しているとしか思えない悲しきモンスターとして生まれてしまったことは親のせいではないが、少なくとも今ここに私が存在しているのは絶対に親のせいなのである。恨めしいというか、やるせない。せっかくもらった命を、こんなふうにしか使えなくて申し訳ない。

病んでるみたいだが希死念慮はない。最初から存在しなかったことにならないですかね?と毎日思っているだけだ。どうせ生まれてしまったんだから、と諦め、楽しんで過ごせるくらいの図太さ無頓着さ無責任さを手に入れるには、まだもう少し時間が掛かりそうだ。



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