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【日本酒学】#80 清酒濾過の科学

前回は,清酒の後処理工程の中でも「活性炭処理」に焦点を当て,その本質が濾過ではなく吸着であることを整理しました.

実務上は「(活性炭)濾過」と呼ばれることもありますが,実態は清酒中に溶けている着色成分や香味成分を活性炭表面に取り込む吸着操作です.
一方,「濾過」とは本来,液体中に分散した固体粒子を濾材によって捕捉し,液体と固体を分ける固液分離操作です.

今回は,この「濾過」そのものに焦点を当てます.
清酒濾過の目的やタイミング,濾過方式を整理した上で,化学工学における理論を踏まえて清酒の濾過を読み解いてみたいと思います.



1. 清酒における濾過工程

(1) 濾過の目的

「濾過」は単に酒を透明にするための工程ではなく,上槽後に残る滓や酵母,微細な粒子を取り除き,貯蔵や瓶詰後の安定性を高め,製品としての外観や香味を整えるための操作です.
その一方,化学工学的に見れば,濾過推進力,濾材抵抗,ケーク抵抗,液粘度,固形分濃度などが関与する典型的な単位操作です.

清酒濾過の目的は,大きく以下の4点です.

①外観の清澄化
上槽直後の清酒に残る懸濁物は時間とともに沈降して滓となりますが,沈降だけでは完全に除去できない微細な粒子も存在します.
濾過はこれらの懸濁物を取り除き,透明感のある清酒に仕上げるために行われます.

②品質安定性の向上
清酒中に微細な粒子やコロイド成分が残っていると貯蔵中や流通中に沈殿や濁りが生じる恐れがあり,特に瓶詰後に濁りや沈殿が生じると,たとえ飲用上の問題がなくても商品としての印象は大きく損なわれます.
したがって,濾過は流通中の外観変化を抑える工程でもあります.

③微生物管理
通常の粗い濾過では微生物を完全に除去することはできませんが,精密濾過や膜濾過を用いることで,酵母や火落菌などの乳酸菌を物理的に除去することができます.
特に生酒や低温流通を前提とした清酒では,火入れによる殺菌ではなく,精密濾過によって微生物による変質リスクを低減する考え方もあります.

④後工程の保護
清酒中に滓や微細粒子が多く残存していると,後段の精密フィルターや瓶詰機,プレート熱交換器を用いた火入れなどで目詰まりやトラブルが起きやすくなります.

これらを踏まえると,清酒の濾過は外観を整えるだけの操作ではなく,清澄性,品質安定性,微生物管理,トラブル防止を同時に担う,清酒製造において重要な後処理工程だと言えます

(2) 濾過操作のタイミング

清酒の濾過は一度だけ行われるとは限らず,目的に応じて複数の段階で異なる濾過が行われることがあります.
まず,上槽後から滓引き後の段階で,滓引きによって分けられた上澄みに対して粗めの濾過を行い,残存する微細な滓や酵母を除去します.
この段階での濾過は,清酒を貯蔵可能な状態へ整えるための前処理とも解釈できます.

次に行われるのは活性炭処理後の濾過であり,前回述べた通り,活性炭処理の本質は吸着ですが,処理後には分散した活性炭を取り除く必要があるため,活性炭処理には必ず固液分離としての濾過が伴います.

また,火入れによる固形物の焦げ付きや設備トラブルを回避するために,火入れ前に微細な滓や粒子を除く目的で濾過を行う場合があり,火入れ後や貯蔵後にも,操作中に生じた微細な沈殿や凝集物を除くために濾過が行われることがあります.
さらに,瓶詰前の最終濾過は清澄度を高めるだけでなく,瓶内での沈殿や再発酵,微生物汚染リスクを下げる目的として行われることがあります.

このように,濾過は実施されるタイミングによって目的が変わり,「いつ」「何を目的として」「どの程度まで濾過するか」を設計することが重要となります.


2. 濾過操作の分類

濾過操作を理解するには分離機構による整理が分かりやすいため,ここでは濾過方法と分離方式による分類で見ていきます.

(1) 濾過方法による分類

①デッドエンド濾過
「全量濾過」とも呼ばれ,液体を濾材に対して垂直方向に通す方式で,原液を全て濾材に透過させます.
設備が比較的シンプルで操作しやすく,清酒造りでも広く用いられている方式ですが,濾過の進行につれて固形分が濾材表面に蓄積してケーク層が成長するため,濾過抵抗が時間とともに増加し,濾過速度は徐々に低下します.
結果として,処理できる液量には限界があり,定期的な濾材交換や洗浄が必要になります.

②クロスフロー濾過
液体を濾材に対して平行に流しながら,その一部だけを膜を通して取り出す方式です.
濾材面に沿った流れがせん断力を生み出して粒子の堆積を抑制するため,デッドエンド濾過に比べて目詰まりが起きにくい特徴があります.
同じ流量を長時間安定して処理できることが利点ですが,原液を常時通液するためのポンプ動力や設備コストが高くなる点が課題です.
清酒造りでの普及は限定的ですが,微細粒子を長時間安定して除去できる技術として,水処理や食品・医薬分野などで広く使用されています.

図80-1:デッドエンド濾過とクロスフロー濾過の比較

このように,両者の本質的な違いは原液を全量通すか一部だけを透過液として取り出すかにあります.
デッドエンド濾過はシンプルで扱いやすく,クロスフロー濾過は安定性と連続処理性に優れています.
清酒の通常の後処理では,設備の扱いやすさや回収率からデッドエンド濾過が広く用いられますが,求める清澄度や設備規模,コスト等を総合的に考えて選択することになります.

(2) 分離方式による分類

①ケーク濾過
濾材表面に形成される固体粒子の層,すなわちケーク層によって粒子を捕捉する固液分離操作です.
濾過の開始直後は濾布や濾紙などの濾材が粒子を捕捉しますが,濾過の進行につれて捕捉された粒子が濾材表面に堆積してケーク層を形成し,このケーク層自体が新たな濾材として働くことで,さらに微細な粒子を捕捉することができます.

図80-2:ケーク濾過の模式図

清酒の濾過では珪藻土やパーライト,セルロースなどの濾過助剤を用いることがあり,濾材表面に予め層を形成したり,濾過中にケーク層の構造を維持したりすることで,濾液側への微粒子の目漏れを防ぎ,濾過性能を高めるために使われます.
特にフィルタープレスやリーフフィルターは,このケーク濾過が主要な分離機構となる設備です.
ケーク濾過では濾過が進むほどケーク層が厚くなり,濾過抵抗が増加するため,時間が経つほど濾過速度が遅くなります.
この点が,後述する濾過理論の中心になります.

②深層濾過
濾材の表面だけでなく厚みを持った濾材内部で粒子を捕捉する方式であり,濾過シートやデプスフィルターなどが該当します.
フィルター材料としてセルロースやガラス繊維などを用い,濾材内部の複雑な空隙構造に粒子を捕捉していくため,表面濾過よりも捕捉した粒子を保持しやすい特徴があります.
粗い濾過と精密濾過の中間的な位置づけとして,清酒の仕上げ濾過や前処理に用いられることがあります.

ただし,深層濾過でも固形分が蓄積すれば目詰まりは起こるため,滓の多い酒をいきなり細かいフィルターに通すことは避け,前段で滓引きや粗濾過を行い,後段で細かい濾過を行うという段階的な設計が重要になります.

③表面濾過
濾材の細孔径より大きな粒子を物理的に捕捉する方式であり,カートリッジフィルターやメンブレンフィルターが代表例です.
比較的大きな粒子を取り除く際に用いられることが多いですが,孔径を細かく設定したメンブレンフィルターや中空糸膜を用いた精密濾過では,酵母や乳酸菌(火落菌)などを除去することも可能です.
この方式は瓶詰前の最終濾過や生酒の微生物管理において重要な役割を果たします.

一方,孔径が小さいほど目詰まりしやすくなるため,精密濾過を行う場合には前段で滓や大きな粒子を十分に除いておくことが不可欠です.
濾過は一つのフィルターだけで完結するものではなく,粗い濾過から細かい濾過へと段階的に設計することで,生産性と清澄度のバランスを取ることが必要です.

④膜濾過
マイクロからナノレベルの細孔を有する膜によって固形分を選別する方式であり,孔のサイズや分離対象によって精密濾過(MF:Micro-Filtration),限外濾過(UF:Ultra-Filtration),ナノ濾過(NF:Nano-Filtration),逆浸透(RO:Reverse Osmosis)などに分類されます.
限外濾過より細かい領域ではタンパク質など,分子量が数万程度の高分子化合物まで分離対象となり,生酒中に存在する一部の酵素を分離・除去し,火入れを行わずに酒質変化を抑える技術として利用されることがあります.

(3) 濾材と濾過助剤

濾過を成立させるためには濾材と濾過助剤の理解が欠かせません.
濾材は液体を通過させながら固形分を捕捉する材料であり,代表的には濾布,濾紙,濾過シート,カートリッジフィルター,メンブレンフィルターなどがあります.
濾材の目の細かさや空隙構造,厚み,材質によって捕捉できる粒子の大きさや濾過抵抗が変わります.

濾過助剤は,濾材そのものではなく,濾過を助けるために使われる固体材料であり,代表的なものに珪藻土,パーライト,セルロースがあります.
珪藻土は珪藻という微細藻類の殻が化石化した多孔質の粉体,パーライトは火山岩である真珠岩を高温で膨張させた多孔質材料,セルロースは木材などに由来する繊維状材料です.
いずれも多孔質なケーク層を形成して濾過時の流路を確保し,濾材の目詰まりを防ぐことで,濾過を安定させる役割を持ちます.

濾過助剤の使い方には,活性炭処理にて述べた方法と同様に,プレコート法とボディーフィード法があります.
プレコート法は濾過を始める前に濾材表面へ濾過助剤の層(プレコート層)を作ることで,プレコート層が初期の濾材として働き,濾布や濾紙への直接的な目詰まりを防ぐため,濾過開始直後から安定した清澄度を得やすくなります.
一方,ボディーフィードは濾過する原液に濾過助剤を予め混合しておく方法であり,濾過中に濾過助剤と固形分が混在したケーク層が形成されることで,圧密しにくいケーク層構造を保ち,濾過の進行に伴う濾過抵抗の増大を抑えることができます.


3. ケーク濾過の理論解析

次に,濾過を化学工学的に整理してみます.
濾過の基本は液体が多孔質層を通過する流れであり,この流れは以下のDarcy則を基礎として考えることができます.
これによると,濾過速度は濾過面積と圧力差に比例し,液粘度と濾過抵抗に反比例します.

図80-3:Darcy則の基本式

この式から分かることは非常に直感的であり,濾過面積が大きく,圧力差が大きいほど濾過は速く進み,液体の粘度が高く,濾過抵抗が大きいほど濾過は遅くなることがわかります.

しかし,実際のケーク濾過においては濾過抵抗は一定ではありません.

濾過が進むにつれて濾材表面に粒子が堆積し,ケーク層が成長するため,全体の濾過抵抗は濾材の抵抗とケーク層の抵抗に分けて考える必要があります.

図80-4:ケーク部と濾材部の総括濾過速度

濾過開始直後は濾材抵抗の影響が大きく,濾過が進むにつれてケーク抵抗が支配的になります.
ケーク抵抗は捕捉された固形分量に応じて増加するため,濾液量が増えるほどケーク層が厚くなり,濾過抵抗が増加し,それに伴い濾過速度は低下します.

このケーク層の堆積と成長を組み込んで定圧濾過を整理したものが,Ruthの濾過理論です.
圧力差を一定にして行う定圧濾過では,圧力差が一定でも濾過抵抗が増えることによって濾過速度が時間とともに低下します.

これらの関係を整理すると,ケーク濾過の基本式とも言えるRuthの濾過式が得られます.

図80-5:Ruthの濾過式

この関係式を基に,横軸にろ液量$${V}$$,縦軸に$${t/V}$$をプロットしたものをRuthプロットと呼び,傾きと切片から濾過比抵抗$${α}$$と濾材抵抗$${R_m}$$を求めることができます.

図80-6:Ruthプロットによる濾過比抵抗の解析

この関係式から,濾液量が増えるほど,単位量あたりの濾過に必要な時間が増加し,全体として非線形に時間がかかることがわかります.
これは清酒の濾過に置き換えても同じであり,濾過の開始直後は比較的スムーズに流れていても,滓や微細粒子が濾材表面に堆積するにつれて流れが悪くなります.

さらに,ケークが圧縮性を持つ場合,圧力を上げれば必ず濾過が速くなるとは限らず,圧力を上げることでケークが押し固められると,空隙が小さくなって濾過抵抗が顕著に増大する場合があります.

図80-7:濾過比抵抗の圧力依存性

Ruthの濾過理論から考えると,濾過比抵抗$${α}$$が一定であれば,濾過圧力$${ΔP}$$を2倍にすると濾過時間は1/2倍になるはずです.
しかし,濾過比抵抗の圧縮性指数$${n}$$が1より大きい圧縮性ケークでは,濾過圧力の増大に伴う濾過時間の短縮以上に濾過比抵抗$${α}$$が増大し,結果的に濾過が大きく遅延することがあります.
このため,圧力を上げれば必ず処理能力が上がるわけではなく,ケークの性状に応じた適切な条件設定が必要です.

この視点は清酒の濾過でも重要であり,特に滓が多い場合は濾過負荷が大きくなりやすく,無理に圧力をかけると目詰まりや濾過不良を引き起こす恐れがあるため,濾過助剤や前処理,濾過面積,圧力条件を含めた設計が重要になります.


4. 上槽における濾過操作と品質

(1) 上槽の主力設備

現代の清酒製造における上槽では,自動圧搾機が広く用いられています.
代表的設備である薮田式自動醪搾機は全国の約8割もの酒造メーカーが使用していると言われていますが,化学工学的にはフィルタープレスの一種であり,ケーク濾過の原理を醪の固液分離に応用したものです.

図80-8:上槽に用いられる代表的な自動圧搾機

薮田式自動醪搾機は多数の濾板が交互に並んだ構造を持ち,濾板の間に形成される濾室へ醪を送り込みます.
濾板の表面には濾布が張られており,醪中の液相が濾布を透過して外部へ排出され,米や麹の残渣などの固形分が濾布上に捕捉されてケークを形成します.

(2) 濾過と香味のトレードオフ

濾過は清酒の外観や安定性を高める一方で,香味にも影響します.
濾過によって滓や酵母,微細粒子をしっかりと除去すれば,得られる清酒は見た目にも味わいにもクリアになります.
一方で,微細な成分やコロイド状成分の一部は,味わいの厚みや余韻に関わっている可能性があり,過度に濾過すると味わいが細くなったり,香味の立体感が失われたりする恐れもあります.
この点は活性炭処理とよく似ており,濾過もまた,微粒子やコロイドを除くことで清澄性を高める一方,酒の個性を削る可能性があるため,どこまで清澄化し,どこから先はあえて残すのかという判断が問われる酒質設計の工程と言えるでしょう.

(3) あらばしり/中取り/せめ

醪の搾りでは,採取されるタイミングによって「あらばしり」「中取り(中汲み)」「せめ」といった異なる名称と特徴を持つ清酒が得られます.
これらの違いは,ケーク濾過の進行に伴う濾液の状態変化を反映したものとして捉えることもできます.

①あらばしり
醪を濾室に送り込んだ直後,ほとんど加圧しない状態から最初に流れ出てくる液体部分を指します.
この段階では,濾布上にケーク層がまだほぼ形成されておらず,濾過抵抗は主に濾材抵抗$${R_m}$$​に支配されるため,低い圧力でも濾液が比較的スムーズに流れ出てきます.

一方で,ケーク層が十分に形成されていないため,微細な粒子を捕捉するフィルタリング機能はまだ安定しておらず,微粒子や一部の懸濁物が濾液中に混入しやすく,やや濁りを伴うこともあります.
酵母が働いている醪から自然に流れ出てくる部分であるため,揮発性の高い香気成分が豊富に残り,フレッシュで力強い香りを持つ一方,微粒子の存在による独特の荒々しさや複雑さを感じることがあります.

②中取り
あらばしりに続いて,濾過圧力を徐々に高めながら搾り出される中間部の濾液部分を指します.
あらばしりの段階を経て醪の固形分が濾布表面に堆積して形成されたケーク層を通るため,ケーク層自体がフィルターとして機能し,微細な粒子も捕捉することができます
その結果,あらばしりで目漏れしていた微粒子や懸濁物がケーク層に捕捉され,より清澄な清酒が得られます.
また,圧力条件も比較的安定しやすいため,得られる清酒の品質が最も均質に揃いやすい段階です.

中取りは,香味のバランスが良く,清澄感にも優れることから,一般に最も品質が安定している部分とされ,ケーク層の形成によって香味成分のバランスを大きく崩すことなく,不要な懸濁物を自然に除くことができます.

③せめ
搾りの最終段階で,高い圧力をかけてケーク層に残留する液体分を絞り出した部分を指します.
中取りが終わると濾室内の醪から自由に流れ出る液体分は少なくなり,ケーク層内の空隙に保持された液体を押し出す段階になります.
この操作ではケーク層がより強く圧縮されることにより,ケーク層内に保持されていた米や麹由来の未分解タンパク質のペプチドやアミノ酸,色素成分,脂質成分などが濾液中に混入しやすくなります
そのため,深みや複雑さが出やすい一方で,雑味や苦味を感じやすくなる場合があります.


5. おわりに

酒造りにおける濾過は,単にフィルターを通して透明にするだけの工程ではなく,滓や酵母,微細粒子を取り除き,貯蔵や流通中の安定性を高め,瓶詰後の製品品質を支える重要な工程です.
しかし,濾過を強めれば強めるほどよいわけではなく,清澄性が高まる一方で香味の厚みや個性が失われる可能性もあり,濾過は安定性と香味保持のトレードオフの上に成り立っています.
したがって,濾過は活性炭処理と同様に清酒の輪郭を整える工程であり,その設計の妙こそが,日本酒の安定性と多様性を支えているのだと考えます.

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